06
「護衛の一人もつけないとは、余たちも嘗められたものだ」
別室に移動し、席に着くとイシュが口を開いた。
「貴女たちが何か行動を起こせばすぐに外に待機させた者たちが入ってきますので。何より、私が死んだところでこの国は回る。私の生死などこの国の運営には、さして影響などないのですからね」
それは自虐も嘲笑も通り越した諦めの声だった。
「そ、そんなことございません! 王無くしてはこの国が回ることなどありません!」
国王の諦めの声にスィンが抗議の声を上げた。しかし、そんな声にもエンリルは溜息を返す。
「そうですね。王無くしてこの国は回らない。しかし、その王は私である必要はない。私のような無知で蒙昧な羊である必要などないのです」
「そ、そんな――――」
「――――見苦しいぞ。エンリルよ、お主腐ったな」
スィンの言葉をイシュが遮る。耳障りだと言わんばかりに表情を歪め、棘を露にする。この王はもうだめだと、そう言わんばかりだ。
「そうです。私はもとより腐り堕ちた者。無知で蒙昧な羊であり、王の器などではなかったのです。と、私の話などどうでもよいのです。推測とやらを聞かせていただきましょうか」
無理やり話を切って、イシュの推測へと話題を変えた。そんなやり方にイシュは彼を睨むことで応えた。
スィンは王の言葉を受け止められず、ただただ拳を握った。
「そうさな。お主の話などどうでもよい」
「では、お願いしますね」
「うむ。簡単な話だ。あ奴には滅ぼすべき相手がいる。それが誰かなど明確だ」
咲和や十一の獣たちが滅ぼすべき相手、それはマルドゥクに他ならない。しかし、そのマルドゥクは既にこの世界にはいない。ならば誰なのか。
「教皇ですか……」
「そうだ。我らが王はマルドゥクの根絶が目的である。しかし、そのマルドゥクは現在この「ウェールス・ムンドゥス」には存在しない。であれば、彼を呼び戻すことのできる者を屠ろうと考えても不思議ではない」
教皇は咲和たちにとって、マルドゥクを呼び戻す忌まわしき者。滅ぼすべき癌である。
「その為に、お主ら人類と和平を結びたいのだ」
「何故そこで和平につながる? 貴女方の力を以てすれば、我々など容易く滅ぼすことが可能でしょう。にも、拘わらず和平などと回りくどいことをするには何か別の理由があると考えられる。そこはどうですか?」
「それは教皇を滅ぼした後に繋がる。仮に教皇を滅ぼし、法国が堕ちたとしよう。そうなった場合、我らがそのまま「フィクティ・ムンドゥス」の常夜の世界に甘んじると? 否、我らは「ウェールス・ムンドゥス」へと移住することになる。陽の光の下で、穏やかに過ごすのだ。その為に、お主らとの和平、如いては穏やかな関係が必要不可欠なのだ」
イシュの推測にエンリルは表情を歪める。それは教皇の殺害を前提に話していることに対してではない。「フィクティ・ムンドゥス」の獣が「ウェールス・ムンドゥス」の地に居城を築こうとしていることに対してだ。彼にとっては、今自らの城に、国に「フィクティ・ムンドゥス」の獣がいること自体が許せないのだ。彼女たちに対する黒い感情が彼の根底にはあった。
「そうですか……そうでしたか……。陽の下で、穏やかに………。ふざけたことをぬかしてくれますね」
そこには明らかな怒気と侮蔑が含まれている。お前たちに穏やかな生活など許すわけがないと。
「そのような戯言を許すとでも? 人類とは友好関係を築きたい? 「ウェールス・ムンドゥス」で穏やかに過ごしたい? そんなこと許容できるはずがない! 世界が始まって以降、幾度となく貴様らは人類を脅かしてきた。それを何が今更和平だ! 遅い、遅すぎた……。貴様らの行動は遅すぎたのだ!」
拳を握り締める。爪が掌に食い込んでそこから出血した。イシュを睨むその目は、彼の憎悪を象徴している。
目の前にいるのは既に自分の知る皇帝ではなく、ただ一匹の憎むべき、滅ぼすべき獣であると。存在そのものが許されない世界の敵であると。エンリルは言葉の中に意味を込めた。
「つまり、お主は我らが王との和平を棄却すると?」
彼の憎悪を一身に受けてなお、イシュはその表情を崩すことなく言葉を返した。
「当然だ! 貴様らとの和平などもとより結べるはずもない!」
「であれば、キングゥにはその様に伝えよう。なに、伝える必要などないかもしれぬがな」
諦めとも取れる言葉と共にイシュは立ち上がる。すると、
「――――――なんだ!」
城を震わすほどの轟音が鳴り響いた。
音と呼ぶには余りにも強いその衝撃は、国そのものを震わせているかのようだ。
「やはりな……」
その言葉を最後に、イシュはシュガル、ネガル、スィンを連れて部屋を飛び出した。




