私、そんなの説明されてないです。
遂にアリサ様が見えなくなり、扉がパタンと閉められた。
すると途端に周りから歓声が上がった。なんと涙を流して手を取り合っている使用人達までいる。
「皆の者、ようやくこの時がきた!聖女アリサは去ったのだ!」
ハルト殿下が壇上に立ち言った。
「これは、マリー公爵令嬢の功績でもある。彼女に感謝するように!」
大勢の人から拍手が向けられる。
え?え?どういうことなの?
私1人だけが状況を把握していない。
「マリー様。少々よろしいでしょうか?」
後ろから声をかけられる。振り向くと見知らぬ男性が立っていた。少し伏し目がちで物静かな印象だ。
「私はイアン、この王宮で宰相をしている者です。ハルト様がマリー様にお話したいことがあるので執務室に来て欲しいと仰っておりました。
もしマリー様が話したくないのなら、断ってもかまわないとも」
「行きます。執務室へ案内して」
「かしこまりました」
正直あんまり話したくない。ハルト殿下へは先日の婚約破棄でしっかりと苦手意識がついてしまった。なんなら嫌いだ。
それでも、
してもないはずの婚約の破棄。
アリサ様があまりにあっさり捕らえられ、それに皆が歓声をあげたこと。
そして、『悪役令嬢マリー』『ルート』『原作』という、聞いたこともないはずなのにどこか引っかかる言葉。
私は知らないことが多すぎる。
それを知るためにハルト殿下の話を聞こうと決断した。
「どうぞ、こちらです」
イアンに案内されて着いたのは、王族が使うにしては少し狭い部屋だった。とはいえ、使い込まれた質のいい調度品が落ち着いた雰囲気を醸し出している。
まだハルト殿下は来ていなくて、少しほっとする。
「ここは今はハルト様が使われていますが、昔、王がまだ即位なさっていなかったころにお使いになられていた執務室なんです。その頃から国民のことを優先する王政について考えておられたそうですよ」
「そうなんですか…今でも国民に慕われている方ですからね」
何かと災害や疫病の多いこの国は不安定になりやすい。実際歴代の王の中ではそれをきっかけに支持を失った人もいたそうだが、そんな様子が全くない。
国民に寄り添って問題を解決するので多くの人から信頼されている。
「ええ…そして、ハルト殿下もまた同じです。」
「……。」
たしかに、普段の評判はとてもいい方だ。他のパーティーや茶会でも悪い噂を聞いたことがない。むしろ、今の人望ある国王様にも劣らない期待の次期国王だといわれていた。
それでも、私の中でハルト殿下への心象が低いことに変わりない。
何も言わない私に対してイアンがこう付け足した。
「今回の一連のことでハルト様に不信感を持たれたかもしれません。ですが…どうか、あの方を信じてあげてくれませんか」
大人しそうな彼の雰囲気とはギャップのある、とても真剣な目だった。
大切に思ってるんだなぁ、殿下のことを。
そんなイアンが微笑ましくて、思わず笑みがこぼれる。
「イアンはハルト殿下を信用しているのね」
「……。」
なぜか今度はイアンが黙り込む。
「あの、どうかしたの?」
「いっ、いえ…失礼しました。私はあの方に救われた1人ですし、それに…」
コンコンッ
「イアン、マリー嬢、いるか?」