第13羽 ゲーム通りにはさせない!
記憶を頼りにタイプライターがあった部屋に辿り着くと、室内に置かれた机の前にユリウスが座っていた。
やっぱり、この部屋は彼の部屋だったか。
何かを真剣に書いている彼の横にはタイプライターが鎮座していた。
別にユリウスがいる前で使っても良いけど、イタズラしていると思われちゃうかも。
ここにはユリウスがいない時を見計らってまた来よう。
そう思った時、部屋の扉を叩く音がした。
「どうぞ」
「失礼致します」
げっ、カーミラ!
カーミラがわざわざユリウスの部屋にやって来るなんて、何の用なの?
「カーミラさん? ロベルの授業はどうしたのですか?」
「今は自習中ですわ。それより、お話したいことがございます」
「もしや、ロベルが何かご迷惑を?」
「いいえ、ロベル様はとても良い生徒でございます。今回お話したいのは、アコナイト伯爵様に関することですわ」
「……父上に関すること?」
「はい。先日アコナイト伯爵様にお会いした時に思ったのですが、ユリウス様はもしや、アコナイト伯爵様に家庭教師のお話をされていなかったのではありませんか?」
「……ええ、まあ。その事で父上から何か言われましたか?」
「言われたわけではございませんが……あまり良い顔はされませんでしたわ。こう言っては失礼と思いますが、眉間にシワが寄っていらして少々怖かったですもの」
「申し訳ありません。こちらの不手際で不快な思いをさせてしまいました」
「ユリウス様が頭を下げられることはございませんわ。ですが、私はこのまま家庭教師を続けていてもよろしいのですか?」
「もちろんです。ロベルのために是非とも続けていただきたいです」
「そうですか。わかりましたわ」
そう言って、カーミラは部屋を出ようとする。
彼女は自分が家庭教師を続けられるかどうかを確認しに来ただけ?
私が警戒し過ぎだったのかな……?
しかし、カーミラは扉の前で立ち止まると、ユリウスの方を振り返った。
「そういえば……アコナイト伯爵様はロベル様のことをよく思っていないのですか?」
「え?」
「いえ。ロベル様のお名前を出した瞬間にどこか嫌そうな顔をされていましたから、そうなのかと思いまして」
良い顔をされなかったって……それ多分、ロベル君のことを想像して鼻血が出そうなのを堪えていただけなのでは?
お父さんの顔って元々仏頂面だから、堪えようとして更に険しい顔になったんじゃないかな。
でも、事情を知らない人には嫌そうな顔に見えたんだろうな。
本当は全然違うのに。
「そうなのですか?」
「ええ。私の気のせいかと思いましたけど、ユリウス様が今回の家庭教師の件をお話になられていないのはそれが理由なのかと思いまして」
「……」
ユリウスが黙り込んでしまった。
直接お父さんの口から「ロベルが嫌い」なんて聞いたわけじゃないから、カーミラに言うべきかどうか悩んでいるんだろう。
「……親が実の子を嫌っているなど、他人に話せるようなことではありませんわね。失礼なことを言ってしまって申し訳ございません」
「いえ、カーミラさんが謝ることではありません。謝るのはこちらの方です。我が家の事情に巻き込んでしまって……」
「お気になさらず。むしろ、私のことを頼ってくださっても構いませんよ?」
「そんな、ロベルのことも見てくださっているのに」
「可愛い弟弟子が悩んでいるのに静観なんてできませんわ。いつでも相談しに来てくださいませ」
「……御心遣い、感謝します」
そして、今度こそカーミラは部屋を出た。
ユリウスはさっきまでやっていた作業を中断して、ずっと考え込んでいる。
彼は、カーミラに言われたことを信じているのかな。
お父さんは本当はロベル君のことが異常なほど大好きなのに。
そのことを伝えるためにここに来たわけだけど、目の前でタイプライターを使おうとしてもイタズラしていると追い出されるかも。
ユリウスがこの部屋を出ていけば使えるんだけど、彼が動く気配はない。
今日は一旦引き上げて、また後日来ることにしよう。
……それまでに親子仲が最低になってなければ良いのだけど。
さて、次はお父さんの部屋に行ってみようかな。
ロベル君やユリウスの話からして、お父さんは忙しくて屋敷にあんまりいないっぽいから、タイプライターがあればメッセージを残せるかもしれない。
「――ふん。親が親なら子も子か」
え、今の声って……。
「ユリウスもロベルもアイツに似てて、見てるだけでムカついてくる……」
声の聞こえた部屋を覗くと、カーミラが一人部屋の中をうろついていた。
ロベル君の姿は見当たらない。
授業をしている部屋ではないみたいだ。
ロベル君に自習させっぱなしで何してるんだこいつ?
「流石にこんな場所に大事なものは置いといたりしないか。何かしらあればと思って覗いてみたが、とんだ無駄足だったな」
うわぁ、言葉遣い乱暴。こっちが素なのかな?
しかも、何か探してるみたい。
「アイツに近づけると思って潜入したはいいが、肝心の奴はほとんど屋敷にいないみたいだ。家庭教師なんて面倒なことを引き受けるんじゃなかったな」
めっちゃブツブツ愚痴言ってる。
だったらなんでさっきユリウスに辞めたいって言わなかったのよ。
「だが、使えそうな情報も手に入った」
そう言ってニヤリと笑うカーミラは、身の毛がよだつほど不気味だった。
「隠し子に親子仲に入った亀裂……利用価値は充分だ」
利用価値って、カーミラの奴は何をするつもりなの?
「ローズマリーを奪って死なせたアコナイト家を許しはしない……それ相応の報いを受けてもらうぞ、パパヴェル!」
恨みからか、カーミラの顔が醜く歪む。
「ローズマリー」という人が誰かはわからないけど、「パパヴェル」は確かロベル君達のお父さんの名前だったはず。
カーミラはアコナイト家が「ローズマリー」って人を死なせたのを恨んでて、その復讐をしようとしている?
利用価値というのは、自分の復讐に使えると思ったってことか。
ゲームでも、ユリウスを唆したのはカーミラだったのかもしれない。
ユリウスにお父さんを殺すよう仕向けて、その罪を隠し子のロベル君に押し付けさせたんだ。
それが原因で、ロベル君は「魔王」として覚醒しちゃうんだけど、カーミラはそこまで読んでいるのかな。
「まずはユリウスから揺さぶってみるか……随分と素直な性格をしていらっしゃるようだからな」
カーミラはひとしきり部屋を調べ終えると、部屋を出ていってしまった。
……まずい。このままだとカーミラの思い通りになりかねない。
そうなると、ゲーム通りの展開に……!
そ、そんなことにはさせないぞ!
まずはお父さんにカーミラが危険な奴だと伝えなくては。
それからユリウスに……いや待て、真っ先に伝えるべきはロベル君なんじゃないか?
カーミラと一番長く接触するのはロベル君なわけだし。
でも、ロベル君の部屋にはタイプライターなんてものは無かった。
彼に伝えるにはどうすれば……ああ、もう一番伝えなきゃいけない人に伝える手段が無いってどういうことよ!
せめて、人の言葉を話せたらなぁ。それはそれで厄介事に巻き込まれそうだけど。
なんて、無い物ねだりしている場合ではない。
カーミラの思惑を知っているのは、多分私だけ。
つまり、この危機を救えるのは私しかいない!
「チュンチュ!(よし!)」
ゲーム通りの展開になんて絶対にさせない。
私は運命に抗ってみせる!