第1羽 目が覚めたら鳥になっていました
――気がついた時、私の目の前には巨大な鳥がいた。
その鳥は口に虫のようなものを咥えており、それを私達の前に差し出していた。
……うん? 私達?
私はうまく動かない身体の代わりに目だけを動かして、周囲を確認した。
私の周りには、目の前の鳥と同じような見た目のヒナ達がいた。
彼らは皆一生懸命口を開け、親鳥に食べ物をねだっている。
そして、かく言う私も、自分の意思に反して、身体は目の前の鳥が咥えている虫を求めていた。
……いや、待て待て。
確かにお腹は空いてるけど虫なんかを食べたいと思うなんて、まるで鳥みたいじゃないか。
え。もしかして、私、鳥になってる?
やだなぁ、こんな夢見るなんて。
視覚情報だけじゃなくて音や匂いも感じられて、妙にリアルだし。
そんなことを思っていると、目の前の鳥――多分親鳥だと思う――が私に虫を近づけてくる。
こ、これ、夢なんだよね?
わざわざ食べるシーンまで再現しなくていいよね!?
そう思っていたのに、どんどん近づいてくる虫に身体が勝手に反応する。
親鳥に押し込むように入れられたそれを、私の身体はこれまた勝手に飲み込んだ。
うう……一体何なの、この夢……。
しかも味まで感じられるなんて、これって本当に夢?
……あれ。そもそも、私っていつ寝たっけ?
この夢を見る前のことを思い出さなくちゃ。
ええっと、確か――。
――その日、私は大学の講義が終わるとすぐ、一人暮らしする部屋に帰った。
「ふふふ。今日は待ちに待った攻略キャラ追加の日。DLコンテンツ購入するためのお金は入れたし、準備万端!」
部屋に入ると着替えもそこそこに、ゲームの電源を入れ、ストアを立ちあげた。
今日は私がどハマりした乙女ゲーム「神聖剣の乙女」の追加コンテンツ発売日だ。
「神聖剣の乙女」は、平民だった主人公が唯一魔王の魂を消滅することができる武器「神聖剣」に選ばれたことにより、いずれ復活する魔王を倒す者を育成する学園に入学させられるところから始まる。
乙女ゲームとRPGを融合させたようなゲームで、会話を通して攻略対象達との親密度を上げることの他、魔物達と戦って主人公のステータスを上げることでもエンディングが変化した。
私は攻略サイトを見ずに自力でエンディング回収率100%にしたけど、発売から一年以上かかったのは言うまでもない。
そんなゲームに、また攻略キャラが追加される。
私はその追加キャラが誰であるかわかった時から、今日という日を待ちわびていた。
「ああ、早くロベル様の美麗スチルを拝見したい……」
私の「神聖剣の乙女」での最推し、ロベル・アコナイト様。
彼は、学園の先輩として登場した。
伯爵家の跡取りでありながら、野暮ったい眼鏡をかけた彼は印象が薄く、私も初めはそこまで意識していなかった。
でも、彼の正体は、かつて勇者に殺された魔王の転生した姿だった。
物語終盤でそれがわかり、彼はラスボスとして主人公達の前に立ちはだかる。
本当の彼は黒髪に赤い目をしており、攻略対象達に負けず劣らずの美男子だった。
人類に対して報復しようとする彼は極度の人嫌いで、主人公達への態度もよくあるファンタジーの魔王そのもの。
でも、その姿は気高く、心の底から恐怖を――いや、畏れを抱かせるものだった。
最初のルートでその姿に一目惚れした私は、それ以降、ロベル様と結ばれるルートは無いのかと探した。
序盤に攻略できるキャラのエンディング全部コンプリートしたら出るのかと思い、必死に頑張ったが……そんなものはなかった。
それを知った時の私の悲しみは計り知れない。
だがしかし、神は私を見捨てなかった!
今日追加されたキャラというのがまさにロベル・アコナイト様なのだ!
ダウンロードが終わった瞬間に起動して、早速攻略を始める。
事前情報によると、ロベル様のエンディングは2つ。
ストーリーは他キャラより短いみたいだけど、私的には彼を攻略できるだけで充分だ。
私はウキウキしながら徹夜で攻略を進めた……のは覚えてるんだけど、彼のストーリーの詳細な部分は全く思い出せない。
ただ、はっきり覚えてるのは。
「……ど、どぼじで」
窓の外が明るくなってきた頃、私は大粒の涙を流していた。
「どぼじで、ロベル様生存ルートが存在しないのよぉー!」
そう、たった2つしかない彼のエンディングは、どちらも彼が死んでしまうオチだった。
一つ目はBADENDで、主人公は彼と和解を試みるも説得できず、主人公は泣く泣く彼を倒してしまうというもの。
そして、もう一つのエンディングはTRUEENDで、主人公の必死の説得によって彼は改心してくれたんだけど……。
「……もっと早く、君に出会えていれば」
その言葉と同時に、ロベル様は主人公の持つ剣を自らの胸に突き刺すスチルが画面いっぱいに表示された。
魔王の力を行使しすぎた彼は、そこにいるだけで魔物を強化し、人の身体には害を及ぼしてしまう存在になってしまっていた。
だから、本当は心優しかった彼は自らを消滅させるために、強引に「神聖剣」でその身を貫かせたのだ。
もう、ショック過ぎて涙も出なかった。
その後はただポチポチと表示される文字を眺めていた。
そのENDでは彼が亡くなった後、彼を愛していた主人公が彼の亡骸を埋葬し、修道女となって彼の墓を生涯見守るというラストになっていた。
エンドロールが終わり、ようやくショックから立ち直ると、私はボロボロと泣いた。
「もっと救いのあるエンドでも良かったじゃん! 運営もシナリオライターさんもロベル様のこと嫌いなの!?」
余りにもロベル様が可哀想だった。
そう思ったのは確か彼の過去も関係していたと思うのだけど、そこは何故か思い出せない。
本当に可哀想で、あんなに胸が痛くなったのになぁ。
それで、その後どうしたんだっけ?
確か、ずっと泣いていたら急に頭が痛くなって……それが今まで体験したことないくらい痛くて。
「あ、なんかこれやばいかも」って思った時には視界が真っ暗になったような気がする。
そこまで思い出して、私は全身から血の気が引いていくのを感じた。
も、もしかして、自分はあの瞬間に死んでしまったのでは?
ということは、これは夢なんかじゃなくて現実?
それってつまり――私、鳥に転生しちゃったってこと!?