イチ、踏み出す
「ねぇ、ダーリン、新婚旅行はどこがいいかしら?」
「いや、仁美さん・・・・新婚旅行もなにも結婚してないからな。」
「というより、お母さん、こーくんと付き合ってすらいないでしょ。」
「あん、いつまでも片思い気分!!」
この人こんな人だったっけ?
イチの傷治癒計画最終段階として、家族関係の修復をしようとイチの母親「仁美」とも共に暮らすようになって一週間、なんかもう混沌としていた。
「というより、小学生の子供を持つ大人が子供の同級生に恋しないでよ!!」
「・・・こんなオバさんじゃ、ダメ、かしらぁ?」
「うっ・・・」
こういう時の対処法はオレには備わってないぞ・・・
「鋼君、ちょっと・・・」
返答に困るオレを人間姿のいろはが別室に呼び出す。
「こんの、童貞っ!!なんで満更でもなさそうなのよ!!ホント童貞!!」
「・・・返す言葉もございません。」
―――ボンッ!!
なんか漫画の様な演出でいろはの身体が人間のモノからマスコットに戻る。
「見てらんない・・・っていうのもあるけど、ここからは三人での生活に集中した方がいいみたいだから、いろははどっか行ってるね。」
「どっかってどこだよ・・・」
「快活ク〇ブとか・・・」
「・・・・・・。」
「北陸の美味しいものとか食べ行こうかな。」
「・・・・・・。」
「とにかく、鋼君の親という存在がいたらイチちゃんの母親もやりにくいだろうし、用ができるまで来ないから。」
「・・・それはなんかわかる気がする。」
「それじゃ、脱童貞目指して頑張って、イチちゃんが相手かはわからないけど」
「別にそういう毒牙にかける的な目的でイチを幸せにしたいとは思ってるわけじゃないからな。」
「どwくwがwにwかwけwる・・・カッカッカッwww。・・・おっと、汚い笑い声になっちゃった・・・ププッ!!童貞のクセにww。蛇だと思ったらミミズのクセにww。面白い表現だね。アハハハッ!!」
そう散々に煽りまくって、いろはは笑いながらどこかへ消えていった。
―――――☆★―――――
「・・・ごちそうさま。いやぁ、やっぱイチの作る飯は美味いなぁ。」
「えへへ・・・こーくん、明日は何が食べたい?」
「はいはい!!仁美は鱧がいいな。」
「お母さんには聴いてない!!しかも鱧って何っ!?」
「鱧は、まぁ、ウナギみたいなモンだよ。オレも美味いと思うけどな。」
「お母さんは小学生の娘にウナギみたいな魚をを捌かせようとしないでよ。」
「鱧、美味しいのに。」
「蛇みたいな魚の頭に平然と杭を打つイチは見たくないなぁ・・・」
「いや、そんな魚の捌き方なんて知らないし、捌きたくないよ。・・・お母さんじゃなくてこーくんに聴いてるんだってば。」
「うーん・・・イチの作るご飯はなんでも美味しいからなぁ・・・というか、イチばっか作ってるけど、仁美さんはご飯作らないの。」
「作れると思ってるの?イチが料理が上手な理由から大体察せるでしょ?」
「理由が最低ですね。」
そういやこの親は親としての機能を持ってなかったな。
「イチはお母さんよりお母さんで、立派だなぁ。」
「え?・・・えへへっ・・・」
この親を見ていると、イチの生活力の高さが良い嫁さんになりそうで、凄く魅力に見えるなぁ。とか思ってその頭を撫でる。
「・・・でも、その姿は子供よね。」
母力ゼロのハリボテ母親がヤジを飛ばすと、イチは一瞬動きが停止し、ピシッと空気が凍る。
「こーくんこっち来て!!」
売り言葉に買い言葉よろしく仁美の言葉に反抗するようにイチを撫でていたオレの手をイチが掴み、その手を引く。
イチに連れていかれたのは居間のソファー、イチはそこに勢いよく座り込むとその腿部をトントンと叩きこちらを向く。
「こーくん」
「・・・はい?」
「耳かきするからここに頭乗っけて。」
「みみ、かき?」
何だろう、耳かきって人にしてもらうものだったか・・・?
恥ずかしさとか、イチに甘えることへの抵抗がオレの思考を支配してどうすべきかわからな―――うおぉぉっ!!なんかスゲーふかふかして、この温かみヤバいぃっ!!昇天するっ!!天国かここは!?
「うふふっ、こーくんかわいい。」
「・・・・・・。」
なんかもう恥とかどうでもいいや。この瞬間、この空間、この感覚神経の全てを記憶に刻むことに、満喫することに全力を尽くそう。・・・はぁ・・・ぬくい・・・。
「ZZZ・・・」
「えっ!?もう寝ちゃったの!?・・・ふふっ、疲れてるんだね。・・・・・・。」
不満そうに騒ぐ仁美に起こされるまで、オレはかつてない上質な眠りについていた。
―――――☆★―――――
イチは母親の仁美に意見するようになった。仁美は仁美で孤独を故人の夫の影で埋めようとせずに、それをオレやイチそのものに求めるようになりやや情緒は安定してきたこともあり、割と一般的な家庭の様子を形どる様になった気がする・・・気がするんだが・・・
「やーだー!!二人とも学校行っちゃやーだー!!」
「いや、仁美さんも仕事でしょうに・・・」
子供に学校に行くなという親は探してもそうそういないんじゃないだろうか・・・
「この際、イチは学校行ってもいいから、ダーリンは私と爛れた“性活”をするの!!」
前言撤回、全然一般的な家庭に近付いてなどいなかった。
―――ドサッ
「ん?」
「あ、なおちゃん、ゆりちゃん。」
何かが落ちた音がして、音のする方を振り返ると、そこには普段の整った顔を真っ青にしてワナワナと震えている若宮さんと広小路さんが立っていた。きっと一緒に登校しようと迎えに来たのだろう。二人は手に持っていた体操服でも入れていたのか手提げ鞄を落としたようだった。
「あ・・・あ・・・。」
「・・・お・・・オネショタ・・・!!」
「ダーリン、誰?この女達は?」
「お、お母さん!!友達の前ではそういうのはやめて!!」
「「お母さんっ!?」」
「お母さんでーす!」
「し、志賀草君・・・」
顔面蒼白な若宮さんが仁美にもたれかかられているオレを見て震え声で言葉をひねり出す。
「お、親子丼は倫理に反すると思うのっ!!」
―――ダッ!!
「あっ!!なおちゃん!!」
それだけを言い残すと若宮さんは急に踵を返し走り出し、広小路さんが落とした鞄を拾ってその後を追いかけて行った。
「・・・こーくん、オネショタ?って、何?あと、このタイミングで親子丼ってどういうことかな?」
「さぁ?」
最近の子供の造語だろうか、若宮さんが耳年増なだけなのかはわからないが、この数分でオレは何かを失った気がした。
―――――☆★―――――
―――キーンコーンカーンコーン・・・
「志賀草君・・・今朝のは・・・」
「若宮さん、いや、アレは仁美さん・・・イチの母親が勝手に暴走してるだけだから・・・。」
なんでオレは仁美の起こした誤解を解こうとしてんだろう?放っておけば良いモノを・・・
「と、被告人は申しておりますが・・・いっちゃん裁判長。」
「・・・お母さんの誘惑をキッパリと断らなかった・・・ぎるてぃ。」
「イチさん!?あなたは事情をすべて知ってるでしょう!?」
身近なところから裏切りが!?
「やっぱり男の子って・・・」
「ゆりの言う通りよね。志賀草君もただの男だったワケね。あー男子って不潔。」
「なおちゃんもそう思う!?」
・・・なんで広小路さんは目を輝かせているんだ?
というより、あの後調べたぞ「オネショタ」と「親子丼」。不潔なのは若宮さんの方だろ。オレは清いしな!!清いんだからな!!
はぁ・・・
―――――☆★―――――
―――キーンコーンカーンコーン
「こーくん、帰ろ。」
「おう。」
元々大した怒り具合ではなかったのだろう。放課後にはイチの機嫌は完全に回復していた。
「お夕飯は何がいい?」
相変わらずイチはオレに献立を考えさせる。イチに鋭いことを言われた手前、何でもいいとは言いにくく、授業中とかにいろんなメニューを検索している。そしてイチは大概それに応えてくれる。ピザ窯なんてないのにピザを作りだしたり、逆にできないものは何だろうかと、試すことまで思わずしてしまったりもした。
「ヴィシソワーズ?」
そんな結果、疑問形でオーダーするオレ・・・
「こーくんが望むなら作るけど・・・冬に冷製スープでいいの?」
どうやらこのカタカナの羅列はタイミング的に悪かったらしい。
「じゃあ、ポトフで。」
「・・・こーくん、カタカナ縛りでもしてるの?」
「いや、イチの作るご飯は何でもおいしいから、正直何が出てきてもおいしく食べられる自信があって・・・それなら、イチが食べたそうなものを、と思って。」
若い子はカタカナ料理好きだろ。モッツアレラとか、タピオカとか。
「わたしが食べたいのは、こーくんがおいしそうに食べてくれるメニューかな?」
この子、12歳とは思えない気遣いをする。新婚夫婦の嫁さんでもきっとこんなには相手を想って料理をしないだろうよ。結婚したことなんてないから全部想像だけど!!
結局その日はストロガノフとポトフで、冷たい風が染みるこの時期にはありがたい温まる夕食だった。
―――――☆★―――――
「ねぇ、イチ。あなた最近、料理のレパートリー増え過ぎじゃない?」
「・・・そうかな?」
「絶対そうよ。私と二人の時はこんな香ばしい紅茶なんてできなかったじゃない。」
「チャイね。」
「それにペンネとか、グラタンとかもしなかったし。」
「そりゃあ、作って『美味しい、ありがとう』って言ってくれる人がいるんだもん。」
「・・・いるから、何よ?」
「・・・・・・フン。」
「あ!今鼻で笑ったわね!!『まぁ、料理のできない人にはわからないだろうな』みたいな顔して笑ったわね!!」
仁美も同居するようになって少し時間が経ち、相変わらず風は強いが冬の寒さも若干落ち着いた頃には、イチと仁美の関係もだいぶまともに、というか、対等なものになってきた。イチにも自信がついていたということかもしれない。その点においては生活力が備わっていたイチだからこその自信の取り戻し速度なのだろう。できることがあるというのは自尊心を確保するのには非常に効果的だ。
「仁美さんもそういう感謝の言葉を伝えるのは大切なんだから、言っていかないと。作ってくれるだけでも十分有難いんだから、それが美味しいんだったらなおのこと。」
「・・・そうね。ありがと、イチ。」
「仁美さん、自分じゃ料理できないクセになんで釈然としない感じなの?」
「だって、恋敵だし・・・」
「・・・は?」
「ちょっと、お母さんっ!?」
「まー、最後はダーリンは大人の色気に負けて私のところに来る予定だけど。ねー、ダーリン!」
「お母さん!!こーくんに、そんなにベタベタしないでよ!!」
頭が真っ白になるオレの腕を取る仁美さん、そのまま抱き寄せられそうなところをイチがオレの胸に顔を埋める形で抱き着き引き留める。
「こーくんはお母さんのダーリンじゃない!!わたしのダーリンになるんだからっ!!」
「へ・・・?」
「こーくん!!おかーさんよりも、わたしの方がこーくんのこと、好きっ!!」
「え、あ、その・・・頭の処理が追い付かないんだけど、どういうこと?」
「ダーリンは――――」
―――グイッ!!
「お母さんなんて見なくていいの、こーくんは、わたしのこと、好き?」
イチがオレの顔を両手でつかみ、強引にオレの顔をイチの正面に向けさせ、問うてくる。
「・・・・・・好きだ・・・そうだな、オレは、イチのことが好きなんだ・・・。」
イチにまっすぐに見つめられて、真剣に問われて、その意味を口にして、オレはその感情を自覚できた。
そうか、この感情を好きと、いうのか・・・何というか、暖かいな。
「それじゃあ、こーくん、わたしと、恋人になってくれる?」
・・・はっ!!そうか、好きなもの同士だもんな。こ、ここここ交際をするんだよな・・・。
「うん。その、オレも初めてだから、至らないところがあるかもしれないけど・・・よろしくな。」
「そりゃ、小学生なんだから初めてだろうさ。」
「うるさいな母親。」
こちとら70歳超えとるんだ。思わず申告しちゃうだろ。
「そういうことだから、お母さん、これからはわたしのカレシに手を出さないでね。」
「ダーリン・・・はダメかしら・・・鋼くんの意志がイチの方を向いているのなら、仕方がないわね・・・」
仁美は掴んでいたオレの腕を放す―――
「―――なんていうと思ったか!!略奪愛上等!!イチの貧相なボディならまだ勝ち目はあるんだからあきらめるわけがないでしょ!!」
―――ヒシッ!!
―――放したと思ったら、今度はイチもまとめて抱きしめて、しがみついてきた・・・もう、この親ヤダ・・・
どーも、ユーキ生物です。
ギリギリの仕上がりで、あとがきに何を書こうかネタが出てきません。今までの作品と違って投稿ペースが遅いので、あとがきを書く回数が減ってるので、出せるだけ出そうと思っていたのですが、その機会を逃すという・・・とはいえあとがきのために投稿を延期するわけにもいかないので、強硬します。
次回投稿は正直わかりません、ガッツリ書くタイミングが未定なことと、次回だけプロットが超雑なので、ペースが上がらなそうかと思うので・・・2月末くらいを目標にさせていただきます。