彼女の狭い世界を広げる方法
―――キーンコーンカーンコーン
「・・・・・・。」
―――ジーッ・・・
休み時間、いや、授業中ですらオレは例の女の子、平尾一を観察する。
―――ザワザワッ・・・
そんなオレを見てクラスメイトがざわついているが、なんだろうか?
まぁ、何か問題があるわけでもないし、そんなことよりも目の前の問題だ。観察しないことには何も始まらない、外野などを気にしても仕方ないだろう。
―――――☆★―――――
「平尾一というらしいあの子は、恐らく虐待を受けている。」
「虐待?どうしてそう思ったの?」
吉野川の横暴を止めた日の夜、オレは晩酌の準備を進めつつマスコットの姿になっているいろはにそう告げ、いろはもやや驚きつつ興味があるのか問うてくる。
「髪も伸びきって、身なりもボロボロ・・・見た目だけでもそう推測するに易いけど、一番は吉野川の支配から解き放たれたのに、一切喜ぶこともなく・・・いや、むしろ得てしまった“自由”に戸惑うかの様な困った顔をしていた。」
注いだウイスキーに浮かぶ氷を眺めてオレは説明していた。
「自由に戸惑うのが虐待のサイン?いろはにはそこが理解できないけど・・・というより、小学生の姿でお酒は似合わないわね・・・」
「ん~、まぁ、虐待を受けるとそういう気があるんだよ。確実、とは言えないけどな。」
氷が回って音を立てたのをきっかけに、オレは話を切る様にウイスキーを喉へと流した。
―――――☆★―――――
いろはにはああ言ったが、オレの知っている虐待と、現在の虐待は多少の変化はあるかもしれない、あまり古い知識で問題にあたるのは得策ではない。
―――――タム、タム・・・スーッ・・・
「・・・・・・・・・。」
オレはここ数日の授業中、どうせわかり切った内容しか話さない授業は聴くわけもなく、手元のタブレットで虐待について調べ尽くした。
「・・・志賀草くーん・・・あの・・・授業中なんだけど・・・」
―――――タム、タム・・・タタン
「んー」
まぁ、大体わかってきた、かな。直接少女の親に会ってみないことには断定はできんが、恐らく・・・あれは、そういうことだろう。それなら辻褄があうし・・・
「志賀草くんは何か忙しそうだけど、みんなはあまり気にしないでね。」
―――――☆★―――――
―――キーンコーンカーンコーン
「・・・平尾さん、お前さんに話があるんだか。」
―――――ザワッ!!
「なんだぁ?志賀草、告白か?」
「よりにもよって平尾って・・・」
「クラスのヒーロー、意外と変わった趣味してんな。」
・・・外野のヤジがうるさいな・・・それに、まぁ、虐待の話なんて人前でされるのも嫌だろうし・・・
「・・・平尾さん、場所を変えよう。着いてきて。」
「・・・・・・え。」
平尾一はオレ言ったことが伝わらなかったのか、立ち上がりもしない。まぁ、小学生だもんな。しょうがない。
「・・・ほら、行くぞ。」
「え・・・あ、うん。」
オレは平尾一の手を取り引いてやる。もしオレに子供とか、孫がいればこんな感じだったのかな、とかしょうもないことを考えつつ、人のいない空き教室へ平尾一と入る。ここならだれかが聞き耳を立てていても、教室中央での話は正確には聞き取れないだろう。
「・・・お前さん、親から、酷いことされてるだろう?」
「え?・・・なんのこと?酷いことって?」
オレの問いかけに平尾一はキョトンとする。
「・・・お前さん、親は?」
「・・・お母さんだけ・・・」
「親父さん・・・お父さんはどうした?」
「・・・いない。わたしが小さいころに死んじゃったって。」
・・・可能性は考えてはいたが、まさかそういう回答が来るとは・・・これは、この子の虐待の原因はそういうことなのか?
「お母さんは普通に接してもらえてるのか?」
「・・・うん。」
平尾一のこの感じ、嘘をついているとも思えない・・・父親がいないからこうなだけか?
「飯はちゃんと食べてるのか?」
「うん。」
「ぶたれたり、蹴られたりはしないの?」
「・・・・・・わたしが悪い子だと・・・でも、それはわたしが悪いからで・・・」
そういえば、そうだったよな。今の言い方にオレはすべての合点がいく。まだ子供だもんな、この子の常識、すなわち世界は、彼女の家庭が基準で、そこから先へはまだ広がってはいないのだろう。
「わかった。とりあえず、今日は帰ろうか。」
オレが何をしたかったのかわからない様な顔で平尾一はうなずく。この自分の意志を持たないかのような感じ、間違いないだろう。オレは平尾一の回答もだが、何よりもコミュニケーションの取り方で強い納得を得た。後は、証拠だけだ。
―――――☆★―――――
証拠を押さえるタイミングはすぐに訪れた。
「お前さん、髪は切らないの?」
「・・・切る?」
「ほら、周りでも急に髪が短くなってきたりするだろ、アレだよ。」
「・・・髪は、切るの?」
「別に切らなくてもいいんだけど、長いと邪魔にもなるし、普通は時々切るかな。」
この子には髪を切るという概念・・・つまり経験がないのだろう。だから髪が邪魔に感じることもなく“そういうもの”になっている。
彼女にとって親からの虐待は――――――――
「イチ!!アンタなんで帰りが遅いのよ!!夕飯は作ったんでしょうね!?どうして、そのくらいもできないの!?アンタは女なの、男じゃないの!?せめてそのくらいはしなさいよ!!」
帰路の途中、曲がり角を抜けるとそんな怒号が飛び、平尾一の肩が跳ねた。
「あの・・・ごめんなさ―――――」
「―――謝らなくていい。」
反射的な謝罪を遮って、少女を庇う様にオレは女に向かって前へと出る。
「イチ!!誰よ、そのガキは!?」
オレを指差し叫ぶ女に向かってオレは問う。
「確認だ・・・お前さんはこの子の・・・平尾一の母親なんだな?」
「・・・なんなのよ、コイツ――――」
「――――母親、なんだな?」
怒りからか、思わず威圧感が出てしまったかもしれない、オレらしくもない。
「そうよ。だから何だっていうのよ。」
「お前さんのような親は子供に悪影響だ。この子はオレで預かる。・・・お前さんから隔離する、と言った方がわかるか?」
「なっ・・・!?」
特に考えていた訳ではない、今日は親の様子の確認だけのつもりだった。でもオレは見ていられなかった。咄嗟の言葉だった。
「お前さんは子供をなんだと思っている?無力な子供だからと言って、意思がない訳じゃない。・・・少し頭を冷やして考えるんだな。」
いきなりのことに狼狽える母親にそれだけ告げ、オレはイチの手を取り、踵を返した。
―――――☆★―――――
「どーすんのよ。あーあ。」
イチを連れての帰宅後、部屋のリビングにイチを入れ、玄関で人間姿のいろはに白い目で責められる。
「いや、仕方なかったんだ。・・・隔離することは間違ってないと思う。」
「だからって人様の子供を・・・」
「・・・おそらくあの母親はイチのことを子供だと思っていない。・・・だからセーフ・・・?」
「鋼君の姿が子供だからまだヤバさはそこまで感じないけど、本来なら普通に、ドストライクでアウトよ。」
「・・・そういわれるとぐうの音もでないんだけどさ・・・」
本気で弁明の言葉が出ないオレにいろはは溜息をつきつつ軽く続ける。
「・・・まぁ、いいんじゃない?」
「へ?」
「今の鋼君は彼女の同級生なんだし、何より、同級生と同居って青春って感じじゃん。それをしに転生したんだし。ちょっとくらい、ね。」
そう言われると、罪の意識が、少しだけ救われた気がした。
―――――☆★―――――
「・・・・・・。」
「あー、その・・・どうしようか・・・?」
部屋の端で黙りつくすイチにオレはどうしていいかわからずまともな声がかけられないでいた。
「ホント、そういうところが童貞。」
「う、うるさいわい。」
人間の姿をした天使のヤジがやかましい。
「・・・とりあえず、飯にしようか。」
「・・・・・・。」
反応がない。
「・・・イチ、お前さん、何が食べたい?」
反応は返ってこないと確信しつつもイチに問う。イチのような虐待被害者は自我、というより希望を持とうとしない。だから訓練という意味でも、イチに問いかけるポーズを見せる。
「・・・・・・。」
「まぁ、何かあるものでも食べよう。座りな。何か持ってくる。」
「・・・うん。」
イチがリビングのテーブルにつくのを確認しつつ、オレはカウンター型のキッチンに向かう。あまり時間をかけるのもいきなり連れてこられたイチも手持ち無沙汰になって困るだろうし、冷凍惣菜を解凍しようか。
料理はできないわけではないが、一人だとめんどくささが勝ってしまって、とは言え毎回外食や買ってくるのも手間なので、オレは転生前から冷凍総菜は重宝し、冷凍庫に蓄えていた。
――――チンッ
ブラウン運動を発見したことも、それを加速させる電子レンジを開発したことも偉大だと毎度のことながら思う。応用系技術者なオレは研究系技術者に敬意を払う。うん。
温めた物を無心で食べるオレとイチ、二人のささやかな咀嚼音が響く・・・気まずい。
おかしいな、物語での同居はもっと賑やかなものだったのに・・・
「あの・・・わたし、料理、次から・・・作る、よ。」
「え?・・・あ、そんなに口に合わなかった?」
「う、ううん、そうじゃなくて、お世話になるんだし・・・そのくらいは、させて欲しい・・・ってだけ・・・」
「そ、そう?そんなに気を遣わなくていいんだけど・・・まぁ、でも、できる時だけでいいから、お願いしようかな。」
頼むべきか、断るべきか、正直正解はわからないけど、イチからの申し出だ。お荷物という自責から逃れたいとか、必要とされたいという意味合いを取る方が重要だろうと、迷ったが頼むこととした。
――――――オレの悩みは食事だけでは尽きなかった。
どちらが先に風呂に入るかとか、そんなことでも譲り合いが発生したりもしたが、そんなことじゃない。
「・・・この家・・・オレのベッドしかないんだ・・・」
「・・・?さっきのお母さんのは?」
「お母さん?・・・あぁ、いろは・・・アイツはいいんだよ。なんか寝ないみたいだし・・・」
「!?」
「それよりも、今は寝床問題だ。」
「・・・いいよ。わたしが床とかで寝るから。」
「バカ言うんじゃないよ。夏とかならまだしも、真冬だぞ。暖房だけだと床の冷たさの緩和には限度がある。床暖房だと今度は干からびる。現実的じゃない。」
「・・・じゃあ、どうしようか?」
―――――☆★―――――
「それで?どうしたの?」
朝、食事を作るイチに聞こえない様にコソコソとニヤケ顔のいろはが問うて来る。
「・・・そりゃ・・・同じベッドで寝るしかないだろ・・・」
「あらら~、同衾ですか~、しょうがないよね~冬だしね~、せっかくのダブルベッドだしね~。」
「・・・・・・。」
「それで?どうだったの?」
「何が?」
「同衾の感想に決まってるでしょ?温かかったとか、いい匂いがしたとか~。」
「さぁ?すぐ寝たから特には・・・」
「お爺ちゃん!!そんなに遅くない時間だったはずでしょ!?寝付き良すぎじゃない!?」
「はっはっは・・・」
・・・言えるわけない。緊張もそこそこで安心感とかが勝って安眠の限りを尽くしたなんて言えるわけがない。
「ふーん。・・・ねぇ、鋼君、いろは、鋼君の思考が読めるって忘れてない?」
あ――――――――
「あの、ご飯、できたよ。」
赤面が止まらないオレが言い訳を考えようとしたが、タイミングよくイチがホカホカの食事をオレといろはのいるダイニングテーブルへ運んでくる。
「・・・美味そうだな。」
一汁三菜・・・とはいったものの、野菜には艶というか彩もあり、魚も香ばしく焼けていて、質素さを感じないシェフの技が光っていた。
「イチ、お前さん、もしかして料理上手か?」
「・・・どうだろう・・・ただ、昔から毎日お母さんに作って、怒られない様にしてたから・・・」
「イチ・・・」
・・・この子にとって料理とは義務で、そのクオリティは減点をされないためのものだったのか・・・。
オレは、思っていたよりもイチの置かれていた状況を甘く考えていたのかもしれない。
子供を育てたことなんてないけど、そんなオレにもイチに愛情が不足していることは察しがつく。・・・イチの傷を癒すのならば、愛情をできる限り与えることは必須だろう。愛情を与えた経験もないから上手く与えられるかはわからない・・・わからないけど・・・
「イチ・・・ありがとう。」
―――――スッ
行為に対する感謝の言葉と、頭を撫でてみた。
「ワオ、大胆・・・・・・童貞のクセに。」
視界の端で小さい声で、でもフリは大げさに煽る天使を無視して少しの間撫で続ける。
「うん、冷めないうちに・・・食べよ?」
「お、おう。そうだな。」
なんだろうな、この感じ、悪くない。・・・ハッ!!オレにも父性が残ってたとかかな?
「・・・・・・だから童貞なのよ。」
―――――☆★―――――
「いやぁ、それにしても、イチの作った飯はすごく美味かったなぁ・・・」
「・・・それなら良かった。」
学校へ向かう途中、オレは朝食の、というよりイチの作った飯の美味さの感動にまだ浸っていた。イチは照れ臭そうについてきてくれている。
もちろん、イチがしてくれたことに対する感謝や褒めるといったイチを必要とする言葉はイチのヒーリングのために必要とは思っていたが、それを差し引いても何度も感嘆してしまう。
「夕飯も楽しみだな・・・何か必要なものがあれば、帰りに買っていこう。」
「うん。あんまり材料とかなかったから、買い足しとかないと・・・」
「他にも欲しい調味料とか、器具とかあったら遠慮なく言ってな。あんな美味い飯が食べられるんだから、そういうのに妥協しないでいいぞ。」
「え・・・あ、うん。わかった。考えとく。」
―――――ガラッ
―――――ザワッ!!
教室のドアを開けるとオレとイチを見たクラスメイトがざわついていた。
「・・・・・・。」
まぁ、そうだろうな。今朝の朝食での感動で霞んでいたが、昨日の今日で一緒の登校だもんな。
ただ、それ以降もクラスメイトのざわめきはしばらく止むことはなかった。なぜなら、その頃からイチはオレの元から離れなくなっていた。教室でも自分の席に向かわずオレの隣にずっといるのだから。
「・・・志賀草君・・・その、どうしたの?昨日、あの後、何かあったの?」
「若宮さん・・・まぁ、あったといえばあったんだけど・・・」
じーっとクラスメイトたちから興味の視線を受ける・・・とは言ったものの、イチを親の虐待から隔離するためにオレん家で引き取った、なんていろんな意味で言えるわけもないし・・・。
「・・・こーくんがわたしを助けてくれたの。こーくんはクラスのヒーローだけど、わたしのヒーローでもあるの。」
教室に戸惑いの静寂が発生した。
・・・今、イチが言ったのか?
オレの思考が止まっている間に教室では女子たちの黄色い歓声が上がる。
「イ・・・イチ?」
―――――キャー!!名前で呼び合ってるー!!
あ、マズった。
「何騒いでんだー?チャイムが鳴ったんだから席につけー」
吉野川が来るまでオレとイチはクラスメイト達に囃し立てられ続けた。
―――――☆★―――――
学校があろうがなかろうが、イチはオレにべったりだった。
「こーくん、おいしい?」
「あ、ああ、すごく美味いよ。」
それは食事の時ももちろん。
「こーくん、明日の着替え、ここに置いておくね。」
「ありがとう。洗濯も完璧とは・・・ん?洗面台のまわりってこんなにきれいだったか?」
「あ、うん。さっきちょっと掃除しといたの。・・・これから少しずついろんなところキレイにしようかなと・・・」
「掃除もできるなんて・・・凄いな、イチは。」
「・・・んふ。」
日常生活でも、いろいろやってくれて、それを褒める嬉しそうにすり寄ってくる。頭をなでるとまるで尻尾を振っているかのように静かにテンションが急上昇する。これまでの生活で欠けていたものをイチは急激に吸収しているようにも感じる。
「ねぇ、こーくん、明日は何が食べたい?」
その言葉はイチと一緒に住むようになって2週間くらいした時から、イチが言う様になってきたオレの希望を問う内容。他者のものとはいえ、イチの中にも希望・要望というものがほのかに形作られてきたのかもしれない。
―――――☆★―――――
どういうわけか・・・いや、理由はわかり切っているんだが、オレとイチはクラスメイトの間で交際している、ということになっているらしい。毎日一緒に登校しては四六時中一緒にいて、帰り路に今日の夕食について語り合う・・・むしろ兄妹の様な関係に見えないこともないけど・・・そうでないのなら、恋仲に誤解されても不思議ではないだろうし・・・
「ねぇ、平尾さん、恋人がいるのなら、もっと外見に気を使わないと。」
今も、イチはクラスメイトの若宮さんに誤解から絡まれている。イチのことを考えるとオレにだけべったりというのも悪いとは思わないが、そのままでいいのかと考え物とは思うわけで、クラスメイトの絡みは良い方へ向かうことと思い、オレはうんうんとその様子を眺めている。
「え?・・・その・・・そうなの?」
「きっとそうよ。わたしは付き合ったこととかないけど!!」
「・・・でも、どうしたらいいのかな?」
「・・・とりあえず、髪を切ろうよ。」
あー、そういえばなんかあの姿が馴染んできてたけど、そうだよな。イチ、髪ボサボサで伸びまくってるもんな。あれはあれでモサモサの犬みたいで割と愛らしさはあったが、良い提案だ。付き合ってはいないけど。
「う、うーん。」
「イチ、せっかくだし、行ってきな。若宮さん、オレどの店がいいとかわかんないから、連れて行ってもらえる?・・・もちろん、金は出すよ。」
踏ん切りがつかない様なイチをやや無理矢理かと思いながらも背中を押す。
「志賀草君の好みは?」
「え?オレ?・・・・・・うーん、好みの髪型とか、考えたこともなかったからな・・・まぁ、邪魔じゃなければどんなのでもいいと思うよ。」
「志賀草君、それはカレシとしてどうなの?」
「ん?」
「好みがないのならせめて、『イチにはどんな髪型でも似合うよ』くらい言えないと。」
「・・・アフロでもか?」
「え?・・・アフ、ロ?」
「角刈りでもか?」
「いや、それは女子のする髪型じゃないでしょっ!!」
「オレは現実主義者なんでな、可能性がある以上、無責任なことは言わない。それはイチのためにならないからな。」
「・・・・・・なんだ、なんだかんだ言ってもアツアツなんじゃん。」
「・・・オレとイチはそういうのじゃない。」
無駄とは思うけど、事実として否定はしておく。
「・・・ちなみに、志賀草君は髪型ってこだわってるの?」
「まぁな、『邪魔じゃなくて、防御機能をある程度持てるように』といつも注文している。」
「めんどくさい客だなぁ・・・そして見た目は何一つこだわってない・・・この人ダメだ、しっかりしてそうに見えて・・・いや、しっかりしてはいるけど、とにかくこの人に平尾さんを任せてはダメだ・・・」
何やら若宮さんが独り言を言っている・・・
「平尾さん!!・・・いや、イチちゃん・・・んー・・・いっちゃん!!」
「は、はいっ!」
「わたしがいっちゃんを可愛くするから!!」
「う、うん・・・よ、よろしく、お願いします。」
何やら気合が入っている若宮さんの妙なテンションにイチも戸惑っているが、友達ができるのなら、イチのためになるし、願ったり叶ったりだ。
若宮さんはおしゃれが好きなのかな?スタイリストとか目指してるのかな?
「イチ、せっかくだから、若宮さんと少し遊んで来たらいい。若宮さんもいいかな?時間あるかい?」
「モチ!!そのままアクセとか見に行こう!!」
「じゃあ、よろしく。暗くなる前に・・・いや、今は割とすぐ暗くなるからな。帰るタイミングで連絡をくれ、迎えに行くから。イチにはスマホを持たせてるから、それでな。」
「・・・・・・なんか、志賀草君、カレシっていうか、お父さんみたい。」
「いや、だから、カレシではないんだけど・・・父親でもないけど。」
「・・・じゃあ、何なの?」
若宮さんがオレを責めるような目で睨みつける・・・真実を伝えるのも、問題があるわけではないが、デリケートなコトだからなぁ・・・
「・・・保護者?」
「なんで疑問形なの?」
「こーくん・・・」
なんだろう、イチからも鋭い視線を受けるんだが・・・イチは事情も知ってるんだし、ここは適当にフォローしてほしいものだが・・・
「そんなことより、早くしないと!いくら迎えに行くとは言ってもこの時期は暗くなるのが早いんだから、無駄話してないで行きなさい。」
大人の技“でっち上げ理由のはぐらかし”
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
どこかでいろはが「童貞」と煽っている気がするほどに、イチと若宮さんから冷たい視線を受けるオレ・・・大人の苦労は子供には伝えられない・伝わらない。うん、何か良さげな詩みたいになったな。
「行こっか、いっちゃん。」
「う、うん・・・な、なおちゃん。あ、こーくん、夕ご飯は何が食べたい?」
「あー気にしないでいいよ、イチが遊び終わった時間でできるものから決めよう。」
子を想ふ 親の心は 伝わらず 返る視線は いと冷ややか也 しがくさこう
―――――☆★―――――
「・・・・・・おぉ・・・。」
イチから連絡を受けて近くのショッピングモールへ迎えに行くと、そこには美少女がいた。かろうじて雰囲気でイチだとわかるが、髪を切るだけでここまで変わるかと関心と、ただただ見惚れてしまう。
「もうすぐ中学生だし、中学入ると短くするかポニテしかできないってお姉ちゃん言ってたし、高校に行っても似たようなモノかもしれないし、そこから先は子供っぽい髪型はしないかなって思ってツインテールにしてみました。可愛いヘアゴムもあったし。」
若宮さんが解説する。イチの膝くらいまであったボサボサの髪が肩甲骨あたりまで短くなっているが、それを襟足のあたりでモサモサ犬のポイントが入ったゴムで控えめにまとめ、スッキリ感と幼い愛らしさを出している。何よりも髪で隠れていた顔が出ていて、隠れ美少女なイチが前面に押し出されていた。いや、もうこれ隠れ美少女じゃないわ。ここまで可愛いと悪い虫が寄ってこないかパパ心配になるなぁ・・・
「どう?志賀草君?可愛いでしょ?」
「ま、まぁ、イチが可愛いのは知ってたけど、ここまで上手く表面化できるとは・・・」
「なんでマウント譲ろうとしないのよ。」
「ふふ・・・こーくん、素直じゃないから。」
「若宮さん、なかなかやるじゃん」
「いっちゃんには内心バレバレみたいだけど改める気はないのね。」
「若宮さん、イチがここまで可愛いと、変な虫が寄ってきそうだから責任持って教室とかでイチを一人にしないでやってよ。男子は話しかけてくるなオーラ出しててよ。」
「過保護なパパかよっ!というより、わたしがそんなことしなくてもいっちゃんずっと志賀草君と一緒じゃん。」
「そういうわけにもいかない場面とかあるだろ?トイレとか、更衣室とか。」
「まぁ、確かにそこではいっちゃんと志賀草君は一緒じゃないけど、その状況は他の男子もいないからね。回り見えなくなり過ぎじゃない?」
―――クイクイ
「ん?」
服の裾を引かれたと思ったら、ツインテールの少女、イチだった。
「帰ろう?」
「お、おう。そうだな。」
「こーくん、今晩は何が食べたい?」
「そうだな・・・時間も時間だし、簡単なものにしようか。」
「じゃあ、さっと・・・回鍋肉とか?」
「お、いいな。楽しみにしてる。」
「・・・・・・夫婦かっ!!さっきまで親子みたいだったのに急に夫婦感出してきて、何なの?」
「え?あ、うん。」
何を言っているのだろう、この子は・・・
「その『この子何言ってるんだろう?』みたいな生返事!?カップル感を出してっ、ってことなんだけど!!」
この子、何を期待しているのだろうか・・・
ともかく、イチは見栄えも、交友関係も被虐待状態から好転しているし、この若宮さんには感謝しなくちゃな。
―――――☆★―――――
そう、好転しているんだ。
「今日も休みの日なのに美味いご飯ありがとう。」
「えへ・・・」
「最近は栄養バランスも気にしてくれて、身体の調子がいつもいいよ。」
「こーくんが食べたいもの言ってくれればそれを作るのに・・・」
オレのため、とは言え、イチは自らの意志で行動を行う様になってきていた。少しずつ、着実に、希望を持つということを体験してきている。
「あ、今日はなおちゃん達と出かけるんだった。」
オレに撫でられ気持ちよさそうにしていたイチが思い出したかのように言うと、髪を二つにまとめ、支度を始める。人並、とまではいかないが若宮さんや、そのつながりでできた友人のお陰で身なりにも気を使い出すようになった。
「それじゃあ、こーくん、いってきます。」
「・・・・・・うん、いってらっしゃい。気をつけてな。」
「こーくん、夕ご飯は――――」
「気にしないで行っておいで、帰ってきた時間で考えよう。」
「・・・うん。行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
これはイチにとって良い状態だ・・・オレに四六時中ベタベタとしているより確実に良い状態なんだが・・・正しいのは間違いないのだが、どこか腑に落ちない、というか、虚しさを感じるのは何なんだ?
まさか、これが・・・子離れに動揺する親の心境か!?
「・・・・・・童貞。」
「いろはか・・・」
「そういう世界に対する上から目線・・・というより別視点、自分は当事者ではない思考、自らを等身大と考えないのは何なの?どうしていつもいつも物事に対して受け身な思考に着地するの?」
「それは・・・」
親役の姿をしたいろはの問いに対する解答は持っている。でも、その解答を知ったところでどうすることもできないのなら・・・
「いろはに教えるつもりはない、と。」
「悪い。」
「・・・・・・それじゃあ、いろはが無理矢理にでも自覚させてあげる。」
「は?」
「鋼君のそのイチちゃん対して感じる心のスキマ、それは恋心よ。」
・・・は?
「イチちゃんのためになるとわかっていても、鋼君の傍から離れて行ってしまうことにマイナスの感情が発生する。その自分勝手な欲求を恋と呼ばずになんとカテゴライズするっていうの?」
「・・・恋?」
「童貞、アナタは恋心を自覚したことがないのね。いろいろ理由はあるかもしれないけど、それを自覚しない人間が誰かと恋仲になるなんてありえないわ。いい加減認めなさい。」
オレが、恋をしている・・・この感情が、恋、なのか?
「まぁ、ここで、『そうよ、それが恋なのよ』とか念を押すのも洗脳みたいで嫌だし、これ以上は鋼君自身で考えて。考えるのは得意でしょ?」
そういうと、いろはは足音をを鳴らし去っていき、部屋にはオレだけが残された。
どーも、ユーキ生物です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
この話、プロットの区切りはまだ半分くらいでしたが、文字数カウントをしたら結構な量に達してまして、分割した、という裏話があります。もう少し細かく切りたくも思いましたが、良いポイントがなく、1万文字を超えることとなりました。前作までは3千文字を目安にしていたので長すぎ感が凄いです。字数が多ければ、少なければ、良い、というモノでもないですけど。
なんか、本編のことを語ろうかと思ってましたが、何を書いてもネタバレにしかならない気がするのでもうしばらくは自粛します。「小学生編」とあるのでお察ししていただけると思いますが、成長します。次の章に行ったら前の章のことを語ろうかな、とか思ってます。
執筆のペースですが、主に文章を起こしているのが、出張の移動中の新幹線の中とかなので、非常に仕事の入り方に左右されます。休みはあるのですが、大体一日中死んでいるので執筆予定にカウントするのは心許ないので、今後の出張予定を元に、次回投稿日を計画してます。
次回投稿予定日は2019年11月29日を仮予定としております。