錦の御旗 大友征伐
天正四年(1576年)四月
京の二条城に入っている。
「吉家、変わったことは無かったか?」
「いいえ、特に変わったことはありません」
「兄上、我々は帰ってもいいですか?そろそろ、国に戻りたいのですが..」
秀久が言って来たので帰ることを認めた。
「殿、雑賀孫一と申す者が面会を求めていますがどうしますか?」
「直ぐに連れてこい!」
孫一が来た。恐らく、言伝てのことだろう。
「久しぶりだな孫一」
「殿、久しぶりです。雑賀郷周辺の領有を認めて下さりありがとうございます」
孫一には雑賀城とその周辺を与えた。
「代わりに出雲のお主達の領地は召しあげたからな」
「本当に残してもらってたとは...」
孫一は驚いていた。
「約束してたからな...さて、こんな話はいいか」
俺は雰囲気を変えた。
「孫一、やはり行くのか?」
「当たり前だ!でなきゃ、死んだ者達や親父が浮かばれない!」
「分かっておろうが...」
「ああ、信長は殺さない。命令があるまでな。だがそれ以外は別だ!!」
「尼子家は...」
「分かってる!雑賀衆は尼子の配下になった。だから、雑賀衆としても動けない!」
「分かってるならいい。あれはいいだろう、餞別だ。持っていけ」
孫一は頷いた。
「雑賀衆は息子の孫一郎に任せる。殿、申し訳ないが補佐をつけてくれ。雑賀に内政に詳しい人はいない」
「わかった山崎長徳を貸そう。あいつは来てからずっと内政を任していた」
「ありがとうございます。それではお元気で...」
「あぁ、達者でな...孫一!何時でも戻ってこいよ!」
孫一は去っていた。恐らく織田一門を狩っていくのだろう。
数日して孫一郎が挨拶に来た。俺は孫一に頼まれた通り内政役に長徳を貸し出した。雑賀衆は殆どが若手集団だった。信長によって殆どの者が殺され、残った者が集まり再結成したらしい。当分、俺の鉄砲隊と合同で訓練させた。孫一郎の腕は孫一には劣るが若手の中では飛び抜けていたそうだ。
孫一が去って数日経ったが未だに朝廷から呼び出しが来ない。
(京も落ち着いてきたし、そろそろ武芸大会でもやってみたいなー...。吉家に準備させるか...)
俺は武芸大会が出来るように準備を始めさせるのだった。
天正四年(1576年)五月
朝廷から御所に来るよう指示があり直ぐに向かった。大友が勅命に反していることをまとめた書面は全て朝廷に提出済みだ。
謁見の間で待たされていたが直ぐにいらっしゃった。
「面をあげよ」
前久の命で頭をあげる。
「義久、此度もよく来てくれた。呼んだのは他でもない大友についてだ」
帝自ら言われた。
「ははぁ!既に提出しておりますが間違いなく行っておることが確認されました」
俺は頭を下げ発言をする。
「島津からも届いておる。最早、言い逃れもできまい」
「恐れながら申し上げます、大友の元には将軍もおります。いかが致しますか?」
俺は将軍も荷担していることを報告していた。
と言うのも馬鹿将軍は南蛮の力を借りて京に返り咲こうとしていたのだった。
「無論官位を没収しまとめて朝敵とする」
「ははぁ!」
「義久、そなたは初めておうた時言ったな。剣となり盾となり朝敵を討ち果たすと。その言葉に偽りはないか?」
「ははぁ!天地神明に誓いまする!」
俺は伏して頭を下げた。
「前久」
「はっ」
帝が俺の前に歩いてくる。
「面をあげよ」
俺は面をあげた。目の前には陛下が居られ、その少し後ろに前久がなにか箱のようなものを持っていた。その箱を空け、陛下が中からなにか布の様なものを取り出した。
「これをそなたに預ける」
俺は見て驚いた。
「こ、これは!!」
「錦の御旗だ。これを掲げ見事、大友と足利義昭を下して参れ」
俺は震えた。錦の御旗など現代でもこの時代でも与えられることどころか触れる物でもはないからだ。
「必ず、朝敵、大友宗麟、足利義昭を陛下の前に引きずり出しまする!」
「頼りにしておるぞ」
そう言うと帝は部屋を出られた。残された俺は震えが止まらなかった。手には錦の御旗があるからだ。前久が声をかけてきた。
「そなたでも震えることがあるのだな。帝はかなり、心を痛めて居られた。必ず連れてくるのだぞ」
「前久殿、分かっております。必ずここに引きずり出します」
俺はそう言って御所を出た。
二条城に戻ると来客がいた。
ルイス・フロイスとロレンソ了斎だった。
「お久しぶりにございます。此度は謁見を認めていただきありがとうございます」
了斎が挨拶をして来た。
「丁度話がしたかったところだ。それで、そちらは調べ終わったのか?」
「ハイ。日本ヲ担当シテイル宣教師カブラルガ関与シテオリマシタ。申シ訳アリマセン」
「謝罪は不要だ。勅命が下り大友は朝敵となったので滅ぼす。また、奴隷貿易に関わった全ての者も捕らえろとの命だ」
「ま、間違いはないのですか?」
「間違いない。錦の御旗を頂戴した」
了斎は全てを理解し絶望した。フロイスは理解していなかった。
「フロイス、奴隷貿易に関わった者は全てを差し出せ。さもなくば、キリスト教は日ノ本では禁教となる」
「ナ、ナンデスッテ!!ソンナムチャナ!ロレンソ、アナタモナニカイッテクダサイ」
「フロイス殿、これは無理です。差し出すしかありません」
了斎はフロイスに一から説明した。それでもフロイスはどうしても理解できなかった。なぜ、帝の命がそんなに大事なのか。
「フロイス、帝の命はお主らで言う教皇と同じものだ。日ノ本の頂点に立たれるお方。この意味分かるであろう」
フロイスはやっと理解出来た。出来たからこそ慌てた。
「ナニトゾ、教徒達ニハ慈悲ヲ!国外ニ出マスノデ宣教師達ノ命ヲオ助ケ下サイ!」
フロイスは頭を下げるが
「フロイス殿、慈悲は無い。宣教師だろうと関係者は一人残らず捕らえる。もし逃がす手助けをすればキリスト教は禁教になると思われよ」
フロイスは崩れ落ちた。最早、どうしようもないことに。
「我らはこれより出雲に戻る。そなた達は関係者ではないので安心して布教を続けられよ」
俺はそう言って出て行った。
数日後朝廷より大友並びに足利義昭が朝敵となったことが全国に広められた。また、尼子に錦の御旗が授けられたことも同時に広がり各国に衝撃を与えた。
天正四年(1576年)七月
大友家
立花道雪。
(恐れていたことが起きてしまった)
「殿、一大事にございます!!」
道雪が宗麟の元に行くと宗麟と義昭、カブラルが話をしていた。
「ドンフランシスコ(宗麟のこと)、安心して下さい。本国に応援を呼びますので貴方は時間を稼げばいいのです」
カブラルは余裕で勝てると思っていた。
「余が朝敵などあり得ぬ!宗麟、余が各地に書状を書くので味方はおるぞ!尼子など返り討ちにしてしまえ」
「お二方、期待しておりますぞ」
「殿...」
「道雪か。直ぐに国境の守りを固めよ。カブラル殿が援軍を引き連れてくるまでな」
「殿!何を仰せなのですか!南蛮人の言いなりになるのですか!」
道雪も我慢ならなかった。大友家は将軍とカブラルによって存亡の危機に瀕したと言うのにまだその二人の意見しか聞かないからだ。
「道雪!命令が聞こえぬか!早く守りにつけ!」
宗麟は聞く耳がなく、道雪に命令した。
道雪は悔しがりながらも命令を聞くのであった。
屋敷に戻ると紹運が待っていた。
「道雪、殿は?」
と聞くと道雪は首を横に振った。それを見て紹運も力なく肩を落とした。
「最早、我々の言葉は聞いては貰えない。紹運、ワシは殿に殉ずるがそなたはどうする?」
「愚問だな。私も付いていくさ。止められなかった責任もある。しかし...子供達はなんとか逃がしたいな」
紹運には九才になる千熊丸(高橋宗茂)がいた。道雪にも七才になる誾千代がいた。
二人とも子供は逃したいと思っていた。
「毛利家へ渡すか...」
道雪の言葉に紹運は驚いた。
「正気か!殺し合った仲だぞ。殺されるのではないか?」
「いや、当主の隆元は人徳のある御仁だと聞く。民や家臣からも人望が厚いとな。それに賭けてみようではないか」
紹運も考えたが他に方法が無いのでそうすることにした。
「分かった、お前の考えに乗ろう。いつ渡しに行く?」
「早い方がいいだろう。三日後にしよう。それまで決して気取られるなよ。会うのは最後になるだろうから元服を済ましておいてやれ」
「分かった。それでは三日後な」
紹運と道雪は家族には説明して了承を得た。
紹運は千熊丸を元服させ高橋宗茂とした。
三日後
由布惟信、十時連貞、屋山太郎次郎の三人に二人と家族を託した。
数日後、由布達は無事に毛利隆元の元に辿り着き隆元に会っていた。
「お初にお目にかかります。立花家家臣、由布惟信と申します」
「同じく十時連貞にございます」
「高橋家家臣、屋山太郎次郎にございます」
「高橋紹運が嫡男高橋宗茂にございます」
最後の宗茂に皆驚いた。嫡男がこんな所にいるからだ。
「その方ら何しに参った?大友は朝敵。最早それは変わらんぞ」
「殿からの書状にございます」
由布が書状を渡し、隆元は内容を見ると驚いた。 それは顔に出ていたらしく元春に、声をかけられた。
「兄者、大丈夫か?」
隆元は元春に書状を見せた。
元春も驚いた。内容は、いくら忠言しても聞き入られず、御家が滅び行く定めとしても、我らの主にはかわりない。我らは殿に殉ずるが子供らに責はない。どうか子供達を預かっていただきたい。とあった。
これに元春は感動した。まさに真の武士であると。
「兄者!この者達、俺に預からせてくれ!」
元春が急にこんなことを言ったので周りに居た者は不思議に思った。
隆元が説明すると皆、二人のことを誉め出した。
「由布殿、二人と家族は我らが責任を持って預からせてもらう。元春、宗茂達を預ける。父親の様な立派な武士にしてやれ」
「兄者、安心してくれ。必ずしてみせる」
この後、宗茂は元春に鍛えられ、後の毛利四天王の一人になるのは先の話だった。