織田対徳川開戦 信長の決断
天正三年(1575年)八月
ついに織田信忠率いる織田軍およそ二万五千が三河に攻め入った。対する徳川勢は約一万しか居なかったが武田と幾度となく戦った猛者ばかりだった。
徳川軍は陣地を作っており、徹底的に守りに入った。幾度となく攻めてくる織田軍を陣地で防ぎ、本多忠勝や渡辺守綱など、武勇に秀でた者達が奇襲を行いかなりの数の織田兵を刈り取っていった。
これに対して信忠は回り込んで城を攻めようとしたが本多正信に読まれており徳川信康、石川数正、酒井忠次、鳥居元忠、によって待ち伏せを食らい大敗していった。
信康は徳姫とは離縁し織田に送り返し、戦では勇猛果敢さを見せつけていた。
十月になる頃には二万五千いた兵士が怪我人を除けて二万をきるまで減っていた。
「何故だ!何故こうも敗戦が続くのだ!」
信忠は怒っていた。戦を始めて一度も勝利が無く、死者と怪我人だけが増えていったのである。
そんな中、村井貞勝は上杉との停戦をまとめたことを伝えに来た。条件は織田家に従属している飛騨に関与せず人質を差し出すことだった。これにより五年の停戦がなった。貞勝が上杉相手に勝利とも言える条件を引き出した。しかし、織田家に従属していた飛騨を見捨てることにはなってしまった。
「信忠様、このままでは来年停戦が切れる武田が攻めてくるかもしれません。ここは撤退を考えるべきです」
貞勝は説得したが信忠は拒否した。
それから、時間だけが過ぎていった。
十月
一方その頃長秀達は出雲の城下町に来ていた。
そこで、織田領との差を見せつけられた。
「ここまで民が豊かとは!」
「いや、商人も熱田とかよりも多いぞ!」
「以前見た因幡よりも活気あるとは...」
三人は驚きの連続だった。
特に元農民だった秀吉にとっては夢のような国だった。そして自分が追い求めてきた夢と同じ国だったことに驚いた。
「はて、長秀殿?この様な場所で何をされておるのですか?」
声の方を見ると驚いた。尼子義久がいたからだ。
義久の護衛達は直ぐに刀を抜き、防御体形に入った。
「あーここで刀傷沙汰はしない。民や商人に迷惑がかかる」
義久が言うと護衛は刀を戻したが警戒はしていた。
「しかし、月影、ここまで織田の重臣が入れるなんて国境の監視は何をしていた?」
そういうと一人の男が出てきた。
「申し訳ありません。頭領に報告し、すぐに改めます」
そう言うと消えていった。
「義久殿、この様な所で失礼する。謁見したく、城を目指していたのだがあまりにも凄くてつい魅入ってしまっていた」
長秀は弁明と言い訳をした。
「そうか、ここは俺の夢を形にした城下だ。誰もが平等に笑って暮らせる自由な町だ」
それを聞いた秀吉は驚いた。自分と同じ考えをした人物がいたからだ。そして、つい聞いてしまった。
「恐れながら、義久殿は領地全てこの様な町にするおつもりなのでしょうか?」
「これ猿!」
長秀は叱責したが俺は気にせず答えた。
「夢はそうだがな。しかし現実は難しい。ここまでするのに十数年かかった。他の所でも同じようにしたいが中々進まん。理解してくれる者も少ないしな。一応、京はここと同じように目指してやっている」
秀吉は自分と同じ夢を持ち既にやっている義久に憧れてしまった。
「さて、ここではなんですし城に行きましょうか」
俺は三人を招き入れた。
城に戻ると丁度、越後遠征組が帰ってきていた。
「秀清、俊通、久家、ご苦労だったな!全員戦が無ければ二ヶ月ほど休暇をやる。休んでおけ」
「ははぁ!殿、謙信殿からの書状を預かっております」
久信が渡してきたので預かってから三人に会いに行った。
広間には隆基、直景、平左衛門と護衛がいた。
「さて、会いたいと言ったが何の用だ?信長への面会はまだ早いぞ」
長秀は包みを二つ出して言ってきた。
「九十九髪茄子と宗三左文字です。これを差し上げますのでどうか信長様との面会を認めて下さい」
そう言うと三人が頭を下げた。
俺は考えた..。確かに欲しいが会わせていいものかどうか...。
「九十九髪茄子を持ってきたのは藤孝殿の案かな?私と茶の湯で縁があるのは彼だけだしな」
「おっしゃる通りにございます」
光秀が認めた。
「しかし、織田の重臣が三人も来るとは...首を取られるとは思わなかったのか....?」
俺は威圧して言った。
それと同時に周りにいた護衛が一斉に囲んだ。
三人は動かなかった。特に長秀は。
「取られる覚悟で来ております。されど織田の一大事。私の命など軽いものです」
長秀は言い切った。
「フッ..フハハハハハ。その覚悟気に入った!面会を認めよう!隆基!三人を案内してやれ!」
「ははぁ!それでは皆様こちらになります」
三人は隆基と護衛百人が信長のいる屋敷に向かった。
(さて、謙信殿は何を言ってきたのかな?)
俺は久家が渡してきた書状を読むのであった。
書状には能登攻略の報告と御礼、それと織田と停戦したとのことだった。書状によれば飛騨への不干渉(実質明け渡し)と四男於次丸を人質として差し出してきたとあった。上杉は周りの国と同盟や停戦をしたので内政を更に進める、越後平野の開拓に更に兵士を動員すると書いてある。
(謙信殿は越後の発展を優先したか)
俺は謙信がいる間にどれくらい進むかと思った。
信長と帰蝶は三人と面会していた。
事情を聞いた信長は何も言わず、ただ沈黙が流れた...。
三人は理解していた。信長の怒りが頂点を越えて激怒していることに。
「長秀..俺の命を守っているのはどれくらいいる...?」
「はい、尼子と戦った者と村井殿ぐらいです。村井殿は上杉へ停戦を求めに行きました」
「信雄と信孝はどうしている?」
「どちらも領地に篭もっております。信孝様は一応軍を準備はされておりましたが徳川攻めには加わっておりません」
信長は考えていた。武田との停戦が来年には無くなり必ず攻めてくると確信していた。
「五郎左、金柑、猿、そなた達で信忠を幽閉できるか?」
信長の指示に驚いた。もはや幽閉まで考えられていたからだ。
「申し訳ありませんが信忠様に従う者の方が多く不可能です」
光秀が答える。
「長秀、味方を増やし、信忠を幽閉しろ。それまでは武田に備えると言って決して軍を動かすな。武田が動けば徹底的に防衛しろ。決して信忠の愚行を手伝うな!」
「ははぁ!!」
「それと、家康に書状を書いておく。光秀が持っていけ。それと、ワシが謝罪していたと言っておけ」
「ははぁ」
信長は戻れないことに苛立っていた。それと、信忠がなぜここまで愚行をするのかが気になっていた。とにかくこれ以上の愚行を行う前に止めることが先決だった。
天正三年(1575年)十二月
信忠は未だ三河で家康と対陣していた。
「謹慎している者は何故来ない!」
信忠は、謹慎している藤孝や利家などを援軍として呼び寄せたが拒否された。
「武田がいつ盟約を破って攻めてくるか分からないので援軍は送れない」
と言われていた。
「最早、動かぬのなら謹慎している者達の領地を召しあげるしかあるまい...」
「なりません!それだけはなりません!それをしては謀反を起こされ、尼子などに従属されかねません!」
信盛と秀貞は必死に止めた。
「そうなれば尼子が攻めてくるのは間違いありません!ここは穏便に済ませましょう!」
二人の必死の説得でなんとかとどまっていた。
(このままでは不味い、なんとか早く徳川を落とさねば...)
信盛と秀貞の思いは合致していた。