帰還と家康の決断
天正二年(1574年)九月
朝廷に帰還することを伝え部隊を整えた。
京の守りは山崎吉家に任せた二条城一万の兵と警ら隊五千、秀久率いる一万の兵、大和の左近と高虎、伊賀の正永、正保と四方と中心を守っているので余程のことがない限り破られることはない。
朝廷にも警ら隊のことは耳に入っているらしく安心しているそうだ。
「それでは皆、出雲に帰るぞ!」
「おおぉぉ!」
京の民に惜しまれながら帰還した。
織田領美濃
ある庵に二人の男がいた。
「やっとゆっくり話すことが出きるな...官兵衛...」
二人の男とは羽柴秀吉と黒田官兵衛だった。
「はい。有岡城に入る前以来ですね」
官兵衛の右足は囚われている間に動かなくなっていた
「秀吉様、私は織田を離れます。全てを失いましたので。残りの人生は静かに過ごします」
官兵衛は領地を失い、息子を失った。足も動かなくなったので戦働きも出来ないからである。
「織田のために知恵を貸してはくれぬか?」
秀吉はなんとか引き留めようとした。
「最早、織田の為に動くことはありません。我が子も殺され、領地も失いましたので...今までお世話になりました」
そういって官兵衛は庵を出ようとした。
「松寿丸は生きておる」
その言葉に官兵衛は脚を止めた。
「御冗談を...秀吉様が信長様の命令を破る訳ないではありませんか。父上や善助達に聞きました。秀吉様は松寿丸を殺すように命を下したと」
官兵衛はいない間に何があったか全て聞いていた。
「儂は確かに命令に従った。しかし、半兵衛がそなたの子を守ったのだ」
そう言うと奥から一人の女性と子供が出てきた。
「松寿丸!」
官兵衛はそこに息子がいるのに驚いた。
駆け寄ろうにも、足が上手く動かないのですぐには行けなかった。しかし、松寿丸の元に辿り着くと抱き締めるのであった。
「松寿丸無事であったか」
官兵衛は一度は死んだと思っていた我が子に会えて泣いていた。
「官兵衛、織田の為に無理なら儂の為に知恵を貸してくれぬか?」
官兵衛は悩んだ。このままだとまた松寿丸は殺されるのではないか?織田に未来はないのではないか...。
しかし、半兵衛殿への借りを返さないのはどうなのか...。
「秀吉様の為に動くということは最終的に織田のために動くのと変わりないのでは?」
官兵衛は織田の為に動く気になれなかった。
「そうかもしれんが...儂は出世して誰もが笑って暮らせる世を造りたいのじゃ!その為に知恵を貸してくれ!官兵衛!!」
秀吉は頭を地面につけて頼んだ。
官兵衛は初めて秀吉に会った時のことを思い出していた。
「あの時も同じように頼まれたな...」
官兵衛はボソッと呟いた。
「分かりました。我が子が元服し、立派に一人立ち出来るまではお仕えします。その後は隠居させていただきます」
官兵衛は半兵衛への借りを秀吉に尽くして返そうと思った。
「ありがとう官兵衛!!ありがとう~!」
秀吉は泣きじゃくりながら礼を言った。
秀吉は多くのものを失ったが、新たな軍師、官兵衛を迎え入れた。
しかし、こののち、官兵衛によって秀吉は大きな決断をしなくてはならなくなることをこの時には分からなかった。
越後上杉家
謙信は景勝、景虎を連れて越後平野に来ていた。ここは尼子の黒鍬部隊五千人と越後の民や奴隷など三万五千人が治水工事をしていた。
まだ、一年足らずだが分水路が完成した。現代の大河津分水路だ。
他にも排水路が完成し、水捌けは段違いに良くなった。
「謙信様、これなら本当に何とかなりそうですね」
景虎は謙信に言った。
「まだ..始まった..ばっかり...」
景勝もぼそりぼそり言った。
「義久は最低でも三十年はかかると言っていた。しかし三十年では全てを開拓するのは無理だと言っていた。全てを開拓するには倍の六十年近くかかるとな」
謙信は完成が見れないことを残念に思っていた。それでも、越後の民が豊かになるならとも思った。
「景勝、景虎、義久は六十年はかかると言った。お主等の代で完成させてみせよ」
「はい!」
「....はい」
二人は返事をしたが両極端だった。
「御屋形様様!こちらにいらっしゃいましたか!織田から使者が参っております!すぐ城にお願いします!」
大声で兼続が呼びに来た。
城に戻ると織田の使者として丹羽長秀と村井貞勝が来ていた。
「お初にお目にかかります。織田家家臣丹羽長秀にございます」
「同じく村井貞勝にございます」
「此度は停戦の延長をお願いしに参りました。条件としましては...」
長秀は要件を言い続きを言おうとすると
「断る」
謙信は一言それだけだった。
「我らと武田と伊勢(北条)三国が同盟したのは知っておろう。それはお主ら織田を攻める為の同盟。何故その方らと停戦を延長せねばならんのか?」
謙信は三国同盟に不服があったが織田を討つ為仕方なく結んだのだった。
「我らは直接争ったことは無く、互いに戦をせぬ為にここに参りました。条件としましては能登を攻められた時我らは関与しませんので、十年の停戦をお願いしたく存じます」
「話にならん。能登は尼子と合同で落とす為準備を行っておる。そんな条件では話にならん。帰られよ」
謙信は冷たく言い放った。
「お、お待ち下さい。それではどの条件ならよろしいでしょうか?」
貞勝はなんとか交渉しようとした。
謙信は考えてみた。戦をしないで多く手に入れれば越したことはないと。
「加賀の譲渡と飛騨への不干渉。それなら考えよう」
そう言って出て行った。
残された長秀と貞勝は屈辱的な条件に顔を歪ませていた。
「これでは織田の領地が削られるだけじゃ...」
長秀と貞勝は信忠に相談すべく戻るのだった。
三河
岡崎城
使者として来た林秀貞は震えていた。
同盟相手である家康の重臣達に囲まれ今にも殺されそうな雰囲気の中にあるからだ。
何があったかと言うと、秀貞は仕方なく信忠の命を実行し、家康に伝えたからである。
「秀貞殿、この件は本当に信忠殿がおっしゃられたのか?」
普段の感じで家康は問うた。しかし間違いなく怒気が混じっていた。
「ま、間違いございません!こんなこと、独断で言うなど私にはできません」
秀貞は怯えながら答えた。
家康は一息つくと
「重臣、家臣達と相談しますので今日のところはお帰りください。後日お伝えしに参ります」
家康はやんわりと言い、秀貞を無理やり帰らせた。
秀貞はこのままでは殺されると思い直ぐに逃げ出した。
帰ったのを確認した後、家康の怒りは爆発した。
「信長殿の小倅は何を考えとるんじゃ!!」
側にいた本多正信と石川数正も同意した。
「我らが領地を削られながらも守ったのにこの仕打ちは許せません!」
「此度の件は断じて承服しかねる!」
集まっていた重臣達も同じだった。
「殿!ここは三河武士の力を見せる為に織田に攻め込みましょう!!」
「ここは織田との同盟を切り反織田に付きましょう!」
「屈辱的なことを言う織田の倅の首を挙げましょうぞ!」
家臣達も一気に反織田になった。
「皆様、お気持ちは分かりますが後ろを武田に攻められかねぬことをお忘れではないか?」
唯一冷静だった榊原康政の言葉で一旦は静まった。
「織田と武田、我らが勝てるのはどちらだと思う?ただし、今回は攻めてだ」
家康は皆に問うた。
「恐れながら殿、最早徳川単体ではどちらにも勝てません。防衛なら勝てますが最終的には兵糧不足で負けます」
正信は冷静になり、現状を話す。
「正信、勝つ方法はあるか?」
「防衛だけなら他国から兵糧を得れれば負けません。勝つには他国の援軍が必要になります。織田に勝つなら武田など三国同盟を味方に、武田に勝つなら織田にとなります」
どちらも飲める物ではなかった。家康はなんとしても生き残り仕返す方法を考えていた。
(武田には戦に負けたゆえに領地や家臣を失ったが、織田はただ、三河のみしかないから家臣になれと言ってきた。屈辱だけなら織田を討つしか晴らす方法はない。何か方法は無いか...)
家康が深く考えてる時に半蔵が意見を言った。
「殿、尼子を引きずりこめばどうでしょうか?」
その意見に皆考え出した。尼子は元々反織田で今の織田包囲網の中心人物だったが朝廷が停戦を命令した為、十年は織田との戦が出来なくなってしまった。しかし、味方として引き込めるならこれ程強力な援軍はなかった。
「しかし、どうやって尼子を巻き込むのだ?」
家康が聞いたが答えは帰ってこなかった。
そんな中、忠勝の言ったことで事態は変わるかもしれない可能性が見えた。
「尼子か~。某の武勇も西国まで届いていたのは驚いたものでしたな~」
(忠勝は何を言っているのだ...)と、家康は呆れていたがあの時のことを思い出していた一つの可能性に気がついた。
「貿易...!そうじゃ貿易じゃ!」
集まった者は何のことか分からないでいた。
しかし、あの時一緒にいた半蔵は気が付いた。
「殿!もし結ぶことが出きれば!」
「そうじゃ!尼子を巻き込むことが出きるかもしれん!」
「殿、申し訳ありませんが説明していただけると助かるのですが...」
正信達には分からなかった。そこで家康は京で義久と話した内容を皆に伝えた。忠勝のように脳が筋肉で出来ている者以外には分かったようだ。
「綿花ならかなり備蓄してありますのですぐに出せます。問題は時間と織田領内を通ることですな」
正信は、冷静に考え出した。武田と結べば十分に勝算があると。
「いや、領海を通るからこそ良いのではないか?もし尼子に攻撃でもしたら停戦は切れるからのう」
鳥居元忠は十分行けると思っていた。
「よし!半蔵!すぐに伊賀に向かい尼子と連絡を取れ!正信、武田に不戦と反織田に加わることを伝えて交渉して参れ!」
「ははっ!」
「それ以外のものは、織田に対抗すべく守りを強化をせよ!決して気取られるでないぞ!返事は尼子との交渉が終わるまで先伸ばしにしろ」
「皆、三河武士の誇りと強さを見せつけるぞ!」
「おおおぉぉぉ!!」
こうして信忠が無理をしたせいで徳川が反織田に向かおうとしていた。