織田と周辺国の様子
天正元年(1573年)一月
京
四人の男が信長の前に平伏している。
「まさか、重臣の二人がいながら惨敗して帰ってくるとはな...」
「も、申し訳ありません」
勝家は伏して頭を下げるしかできなかった。
「それで、尼子の軍はどうだった」
信長は負けたことに怒りはあったが、今まで分からなかった尼子軍の強さが分かればまぁいいと思っていた。
「はっ、私が相手をした尼子倫久の軍は主に陣地を作り、鉄砲を用いて来ました。
鉄砲は、間断なく撃ち続けて来ましたので恐らく火薬などはどこよりも多く持ち合わせております」
勝家は厄介だった鉄砲について報告した。
「敵は鉄砲の玉が無くなると密集した集団を作り壁とし、遊撃隊による側面への攻撃をしてきました。それに対してこちらも兵を出したので防ぐことは出来ました」
一益は側面への奇襲、遊撃してくる軍について話した。
「北畠具教が率いる兵は鬼神の如く強い兵でした。恐らく、具教自身が鍛え上げた精鋭だと思われます。この軍には勝家殿の精鋭も手も足もでず、やられておりました。それと、義久本隊も同等の強さを持っていると考えられます。一万足らずの兵で二万の兵を押さえておりました」
藤孝は見たことを話した。
「...義久と具教の兵は一人で十人同時に相手をできる兵士達です」
「貴様が勝久か...」
信長は殺気を含めて言った。
「ははぁ、お初にお目にかかります。尼子勝久と、申します」
「知ってることを話せ」
信長は殺してやりたいと思ったが、唯一の情報源なので手が出せなかった。
「はい。義久の鬼兵隊と具教の斬り込み隊ですが、どちらも一人で十人同時に相手を出来ます。また斬り込み隊は全員が具教に剣術を学んでおり実質尼子最強の軍です」
「他には?」
「鉄砲隊は尼子家全体で三万は越えます。義久だけで一万はいます」
そのことを聞いた信長はゾッとした。
信長自身、鉄砲をよく用いているのでその数の脅威は計り知れなかった。
織田家全体で三千あればいい方だ。
「奴の情報源は?」
「主に歩き巫女により大まかな諜報が行われ詳しいことは忍衆によって行われています」
「後で詳しく報告しろ」
信長は聞いていて頭が痛くなった。今も朝倉、石山本願寺、武田が相手になってるのに尼子まで入ったからだ。
朝倉は何の問題もなく、石山本願寺は包囲をしているが海から補給されていた。それに関しては九鬼水軍を送ったので問題ないだろう。
武田については三河武士の粘り強さに、織田から丹羽と羽柴の二万の援軍のお陰で保っていた。
「糞将軍でも、残しておけばよかったか...」
信長は十二月に将軍義昭を京から追放したのだった。
将軍は家臣を連れて丹波に落ち延びていた。
これにより、将軍寄りだった丹波と丹後は敵に回った。しかし、向こうからは攻めてくることは今のところない。それに丁度尼子領と織田領の間になるのですぐには攻めてこれないと考えていた。
「勝家、お主は光秀の元に行き朝倉を潰せ。その後加賀を取れ。越中は既に上杉の手に落ちた。次は加賀か能登を狙うだろう。加賀を取り、防衛線を張れ。それで今回の失態は帳消しだ」
「御意!」
「藤孝、荒木と播磨の小寺と協力し摂津の守りを固めろ。決してこちらからは戦を仕掛けるな」
「ははぁ」
播磨の小寺は既に織田側につくことを決めており、使者に黒田孝高(黒田官兵衛)を送っていた。
「一益は東美濃を守っている信忠の元に援軍に行き岩村城を取り返せ」
「ははぁ!」
信長はそう言うと部屋を出ていった。
一方その頃
丹波 八木城
「尼子がとうとう動いた!これで信長を滅ぼせるぞ!」
義昭は舞い上がっていた
但馬で尼子と織田軍が衝突し尼子が勝ち、織田軍は命からがら逃げ帰ったと知らせが入ったからだ。
「おい、すぐに尼子に命を出せ!すぐにわしの元に馳せ参じ、軍を率いて織田を京から追い出せとな!」
「ははぁ!」
義昭についてきた家臣の中にまともに情勢を考えられる者は居なかった。全員が幕府が復活すれば重役になれると思ってついてきた者ばかりだったからだ。
一方で波多野秀治は頭を抱えていた。
まさか、ここまで世間知らずで駄目な将軍とは思っていなかったからだ。もし、将軍を丹後の一色に送り織田に臣従しようものなら尼子によって隣国の播磨ごと根絶やしにされると思っていた。
「いかがするか...」
そう呟き悩んでいると
「殿、ここは尼子家に将軍を送ればどうでしょうか?」
丹波の青鬼こと籾井教業は提案する。
「何故じゃ?そんなことすれば尼子の逆鱗に触れるのではないか?」
秀治は尼子家が幕府とは手を切っていたことを知っていた。それどころか幕府に強い恨みを持ってるのではと思っていた。
「いえ、だからこそ尼子家に将軍を送り処遇を任せるのです。このままでは我らはどのみち織田に攻められるでしょうから、尼子との関係を強化すべきです」
そう教業は提案する。
秀治は悩んだが他に手が無いのでそうすることにした。
「分かった。尼子に書状を書くから使者として持っていってくれ」
「ははぁ」
秀治は、溜め息が出るだけだった。
播磨
小寺正職
「孝高に説得されて織田についたが、反織田に囲まれたではないか!」
「殿、今、浦上と赤松を調略しており、織田側に寝返らせようとしております。浦上からは良き返事が頂けております。後は赤松を説得すれば丹波を挟むことができ、織田との共闘が出来まする」
孝高こと官兵衛は必死に正職を説得した。
このままでは自分が居ない時に裏切ってしまうと思った。
「ならば、早く、丹波を制圧するよう織田に言って参れ!」
官兵衛は仕方なく主の命に従うのであった。
「分かりました。摂津の荒木殿のところに向かいます。決して短気を起こさないで下さいませ」
そう言うと官兵衛は荒木村重のところに向かうのであった。
それが自身と一族の運命を大きく変えるとも知らずに...。