中央集権に向けて
永禄三年1560年一月。
晴久が死んだ年になった。
中央集権が中途半端に止まった結果大きな混乱を招き、尼子衰退の引き金となった。
「父についていき、中央集権を進めなければ」俺はそう思い、父の元へ行くのであった。
「父上に相談があってきました」
「何の用だ」
「父上は中央集権を行うのですか?」
「そうだ、尼子宗家に力を集中させ行政や政治において、権限と財源を一元化するのじゃ」
「それで、どのようにするのですか?」
「儂自らが登用した者に政治権限を持たせ、出雲国や他国の国人衆への統率強化として国人の一部を奉行衆へと取り立てて行くことで直臣として取り込み力をつけ不満を減らしていくつもりだが気になるのか?」
「時間がかかりませんか?」
「時間がかかってもやりきる。それが石見の銀と一緒にお前に残せるものだからな」晴久はそう言うと書類を確認していた。
「某に手伝えることはないですか?」
晴久は考えた。義久ならどういう風にするか気になったので「お前ならどうするか考えてこい」と伝えた
俺は、そう言われたので城に戻って考えることにした。
中央集権だけど、正直覚えていなかった。なのでうろ覚えながら考えてみた。確か大老、老中、若年寄と後なんか色々あったけ?
まず、一番上が尼子家だろ。次が五大老として宇山久兼、牛尾幸清、佐世清宗、亀井秀綱、中井久包にして老中を誰にするかだよな...ぶつぶつ一人事をしていると久経がやって来て
「殿、なにを独り言を言われてるのですか?」と言われてしまった。
父上からの宿題とさっき言われたことを説明した。
「そうですか、忍び衆から報告です。毛利が再度門司城に向けて出陣の準備をしてるとのこと。それと、世鬼衆が強化されているとのことです。お邪魔なようなので失礼します」
そう報告だけして出ていこうとしたので、
「久経ちょっと待て、世鬼衆を強化とは具体的な事は分かるか?」俺が聞くと「人数を増やしだしたそうです」そう言う。
俺は、「山名と浦上に出した間者を最低限にして他の者は全て戻せ。そして、尼子家にいる間者を全て洗い出せ。見つけたら報告しいつでも殺れるように監視をしろ」と指示を出した。
「かしこまりました」と言って出ていった。
さて、続きだけど老中に国人衆の誰かを入れた方がいいよな。多胡辰敬と本城常光は絶対入れないとな。後は赤穴盛清、松田誠保と後、立原久綱を入れておくか。そしたら俺にも情報入りやすいし扱いやすくなるだろう。
次は若年寄か。これは、俺の近習を入れたいな。確か六人衆が元だっけ?とうろ覚えながら作っていった。
ちなみに若年寄は鉢屋久経、秋上久家、宇山久信、横道正光と中井久家、牛尾久信でいいか。
一応細かいのも覚えているだけ書いてみた。
書いたものを父に見せてみた。思ったよりも早く来たからか驚いていた。
そして頭を抱えた。
「義久、大老と老中だと多すぎないか。若年寄はまだいいにしても」と言った
「やはり多すぎますかね?それなら老中を失くして相談役一人、大老七人にしてみますか?」と聞いてみた。
「まだそれの方がいい」と言ったので相談役を亀井秀綱にして、大老を宇山久兼、牛尾幸清、佐世清宗、中井久包、本城常光、赤穴盛清、立原久綱にしてみた。名前も大老より七老中ってしてみた。
父上に見せたら「さっきよりはまし」と言われてしまった。しかし、七老中と相談役はそのままにしてくれた。しかし、若年寄は変えられて、久経と久家は外された。
二ヶ月後、家臣一同集められて今回の役職と指名が行われた。やはりと言うか荒れた。特に三沢は騒いだ。なぜ、自分が七老中に入らないで立原が入ってるのかなど今までの不満を含めて騒いだ。なので、評定から閉め出しを食らった。その後、父の説明が続き広間では喜びと不満が渦巻いていた。
評定が終了して七老中と若年寄は父に呼ばれて行ってしまった。
残った俺と久経と久家は三沢のことを考えていた。
「さっきの様子だと恐らく裏切るか?」俺が言うと「可能性はありますがあれでも尼子十城を任せられている方にございます」久経はそう言う。
「正永、あいつに忍びをつけておけ。裏切れば始末しろ」と命令すると出ていった。
「正保か兵太夫いるか?」と言うと
「これに」と二人ともいつものように突然現れる。もう、慣れたので驚かなくなった。
「尼子に入ってる間者はどこまで把握出来たか?」と聞くと
「ほぼ、全て見つけておりますが何人か凄腕がいるようで、領内にいるのは分かるのですが未だに場所の特定は出来ておりません」と兵太夫は言う。
「もし、他の間者が全員始末されたら去ると思うか?」と問うと
「恐らく残り情報を集めると思います。他は殺されても自分が殺されないということは見つかってないと思うと思います」と正保は言う。
「その凄腕を見つけるのにどれくらいかかる」と聞くと「他につけているものを総動員して二ヶ月はかかるかと」と申し訳なさそうに言う。
「なら、他の間者は全員始末しろ。その後、凄腕とやらを見つけ出し必ず始末しろ。尼子領内に入ったこと後悔させてやれ」
「ははぁ!!」二人は出ていった。
それから二ヶ月、既に見つけている間者は全員始末が終わった。今は二人が凄腕と表した者を追っているところだった。
六月になると歩き巫女から知らせが入った。
織田信長が今川義元を討ち取ったと言う知らせが入った。桶狭間の戦いである。
一方その頃毛利家では一部で騒ぎになっていた。
尼子に潜ませた間者がほぼ全員始末されたからである。
「政時、間違いないのじゃな」元就が聞くと
「はい。尼子に送っていた者はほぼ全員始末され、その首は毛利家との国境に投げ込まれておりました」世鬼政時が説明する。元就は深く考えている。
「生き残りは何人いるか」隆景が聞くと
「二人です。佐田彦四郎、佐田神五郎です。腕は世鬼衆の中でも一二位を争う腕前です」と説明する
「一度、領内に引かせよ。一旦建て直せ」元就は指示をする。
「尼子義久はまだ正室はおらんじゃったな」元就が聞くと
「確かそうですね。あの年でまだいないとは何を考えてることやら」隆景は言う。
「例の件、やるなら早い方が良いか」元就は最悪同盟を考えていたがそこまでする気はなかった。してしまえば、尼子を滅ぼすことができないからである。ギリギリまで悩んでいた。
大友に対しては軍を向かわせる為に準備をしていた。なんとしても門司城を取り返すためである。
「当面は座頭衆に最低限集めさせに行くか。任せたぞ」と元就は一人の男に指示をした。
中央主権を、きちんと理解してないまま書いたのでおかしい部分があるかもしれませんが見逃してください
感想など、ありましたらよろしくお願い致します
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