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義久死後...

寛永元年(1624年)9月




尼子義久死去の知らせは全国に伝えられた。


天下を統一し乱世を終わらせた人物の死は多くの者が悲しんだ。






越後


春日山城、上杉景勝




景勝は既に隠居していたがその体は病に犯され、最早一人では歩くことさえできなかった。




(謙信公が認められたあの御仁も遂に逝ったか...)




景勝は初めて尼子義久に会った時のことを思い出していた。


上杉の兵と互角と言われた尼子の兵を見たくて謙信様が出雲に向かう船に兼続と二人黙って忍び込み、当時尼子の最重要機密でもあった秘匿兵器蔵に入ろうとして捕まった。


本当なら殺されてもおかしくなかったが許され、尼子の精鋭の訓練まで見せて貰えた。あの後、あの訓練を少数精鋭のみ行ったが格段に兵の質が上がった。まぁ、怪我人が続出もしたが..。




(我ら上杉、いや、越後の民はあの御仁への恩を一生忘れないだろう)




謙信公や景虎と夢見た越後平野の開拓が景勝の代で遂に終え、夢物語に思えた穀倉地帯が出来上がり、飢える者が越後から消えたのだった。




(儂自ら行きたいが...無理であろうな。定勝に任せるしかないか...)




景勝は息子の定勝を呼び出して指示をするのだった。




義久の死から五ヶ月後、景勝は病でこの世を去るが、越後平野の開拓に尽力し完成させた名君として、石碑が建てられ、上杉謙信と共に名を刻まれるのだった。






薩摩


鹿児島城、島津久保




(父上達(義久、義弘)が勝てぬと言った大御所(義久)が逝ったか...。誰も歳には勝てぬか..)




久保は義久死去の知らせを聞いた後、父達の墓に来ていた。


島津四兄弟(義久、義弘、歳久、家久)は同じ所に墓を作っていた。




義父の島津義久と尼子義久は尼子義久隠居後、最後に試し合戦で戦っていた。勝敗は尼子軍の勝利だったが後一手あれば変わっていたかも知れなかった。




それから久保は尼子と島津の戦術を研究し、四年後の試し合戦で、将軍方久の弟元久が率いる尼子軍に勝利したのだった。




その際、隠居していた父達(義久、義弘)に褒められ、大御所(尼子義久)から賛辞と刀を与えられ、戦術書の作成を命じられた。




(一度、戦ってみたかったな...。しかし、出来ることなら完成させた戦術書をお渡ししたかった....)




久保がまとめ作っている戦術書はもう少しで完成するところだった。




このまとめた膨大な戦術書は後に日本軍の戦術に大きく影響を与え、島津久保は日本の戦術の父として名を残すことになるのだった。






甲斐


甲府城


武田信勝




「父(勝頼)の仇でもあった大御所様(義久)が亡くなったか...」




信勝は義久死去の報せを受け、当時のことを思い出した。




あの頃、父勝頼や名将山県昌景などを失い、存亡の危機だったところ上様(方久)のお陰で存続でき、北条征伐は功績を認められて甲斐を取り戻し、父(勝頼)の故郷である諏訪までいただけた。




その後、父(勝頼)や祖父(信玄)を悩ませた泥被れ(日本吸血虫)の対策方法を教えられ、幕府からの支援をして下さった。




「幕府は日ノ本の民の為にある。時はかかるだろうが必ず泥被れは無くなり、民の笑顔が戻るだろう」


と言われていた。




「大御所様(義久)、武田一族の生涯をかけて必ずやこの奇病(泥被れ)から民を救って見せます!」




信勝は天を見てそう言うと、泥被れ対策をしている作業場に戻った。


泥被れが甲斐から無くなったのはこれから四代後、信勝の曾孫が当主になった時だった。


武田一族の偉業として後世に語り継がれ、現代でも住んでいる者達から称えられるのだった。






摂津


大阪城


将軍、尼子方久




「久具、結局、私は父上の最後を見とれなかった」




「仕方ないだろ。父上(具教)と違って大御所様(義久)は出雲に戻られていたんだから」




方久は天守閣で相談役の鉢屋久経と自身の右腕であり全てを託せられる友である北畠久具と共にいた。




「大御所様には長くお仕えしてきましたが、あのお方のお陰で儂等は大名にまでなりました。亡き父(先代弥之三郎)がよく申していました。大御所様は我ら鉢屋衆を引き立てて下さった経久様に並ぶ御方だと..」




久経は小姓兼護衛兼監視だったが、義久のやることなす事、驚かされるばかりで、元服する際、晴久様に直談判して偏諱まで頂けたことを忘れたことはなかった。


しかも、当時はまだ忍だったのにも関わらず方久様の傅役にまでして下さったことは一族としても誇りだった。




(まぁ、そのお陰で今も隠居が認められず苦労はさせられているが・・・)




久経は一人今までのことを思い出しながらついニヤケてしまった。






「母上(秋)から書状だと遺言状が二通あったそうだ。死後についてと、今後についてだそうだ」




「大御所様らしく用意周到ですね。それで葬儀はいかがします?帝からは国を上げて行うよう来ていましたが?」


久経が聞くと方久は一旦出雲に戻ることにした。遺言書を確認してからにするのだった。






十数日後


方久は出雲に戻っていた。兄弟や一族もだ。


母(秋)から渡された遺言書を全員の前で開き読み上げた。




私の死後、派手な式などはせず一族のみで行うこと。遺体は火葬し残った灰は出雲の地に撒くこと。墓は父や祖父達と同じ先祖代々の墓に葬ること。




例え天下を手にし、拠点を大阪、京にしたとしても我ら尼子の本拠地は出雲であることを忘れずにいること。




私の持っていた太刀は出雲大社に奉納せよ。この太刀は出雲で作られ曾祖父から代々受け継がれた物である。


他に・・・・・・


・・・・最後に幕府は尼子、朝廷の為にあるものでは非ず。日ノ本の民の為にあることを将軍になる者は忘れるべからず。




「・・・色々指示が多いな...」




「父上らしいって言えばそうですけどね」




「叔父上(義久)は最後の最後までこき使ってきますね。父上(秀久)の申された通りだ」


集まった方久や一族は色んなことを言って笑ったり昔のことを思い出したりした。




「さて、では、もう一つの方も読んでみるか」


方久はそう言って分厚いもう一つの書状を開いた。




「っ!これはっ!」




「兄上(方久)どうされました?..なっ!!」




方久や元久は書状の内容を見て絶句した。


それには義久が今までに経験したこと、そして、これから起こるであろうことが書かれ、その対処法まで書いてあったのだった。




「母上、父上はいったい何者なのですか?」




二人は母である秋は笑って


「貴方達の父であり、尼子を日ノ本一に成した方ですよ」




秋は義久との思い出を懐かしながら答えるのだった。




分厚い書状のことは尼子一族のみ知ることとし禁書として保管されることになった。




その後、葬儀は一族のみで行われ、遺体は遺言通りにされた。


方久は大阪に戻り、京の後水尾天皇に報告した。後水尾天皇は遺言なら仕方なしとした上で、それでも日ノ本から戦を無くし、天皇家三代を支えた忠臣でもあるので国葬を行うとした。勿論遺体の代わりに木像が使われることになった。




方久も承諾し、幕府、朝廷の合同で行われることにした。






寛永2年(1625年)2月


京で国葬が行われ、多くの大名が参加した。中には隠居していた武田信勝や伊達政宗等も参加した。


また、後水尾天皇から死んだ義久に正一位、太政大臣が与えられた。






その後、大地震、火山噴火、大飢饉、隣国清国からの侵攻(日清戦争)などもあったが幕府は二百年以上続き、民と共に歩むと発表した十八代将軍尼子秋久によって大政奉還がされ、幕府は終了し新たな時代へと変わった。



日本は技術大国として発展して行き国土は北は東シベリア(現在の極東連邦管区)から南はフィリピンまでとなっている。



この領土は尼子幕府北方開拓奉行三代目、伊達宗清によって確立されたが、東シベリアは北方開拓奉行初代にして独眼竜、北凍王と言われた伊達政宗が既に大部分を抑え、二代目伊達忠宗が急速に広がった北領地を幕府と共にまとめ上げ、宗清の代に完成したのだった。



大政奉還後の尼子一族は今までの伝を使い、現代でも政界に影響力を残したり、技術開発などを専門とした大企業になったりとして残るのだった。

また、出雲大社との関係は深く、大社の宝物殿には尼子家と関係が深い物が多く眠っており、その中に義久の残した遺書(尼子禁書)が出て来てその内容に現代の歴史研究家は驚きを隠すことが出来なかった。

また、義久が書いた直筆の遺書は一級資料として保存されるのだった。


一応この物語はこれで完結です。


気が向いたら、義久隠居後の話を閑話と言う形で上げたいと思います


今まで読んでくださった皆様、コメントやご意見、ご感想などしてくださった皆様に心より御礼を申し上げます


本当にありがとうございました


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― 新着の感想 ―
[良い点] この作品を知ったのは完結後ですが、流れるような物語で読み進めることが出来ました。 「尼子経久」という戦国稀代の英雄の子孫が活躍する転生ものとはいえ、チートがあまり出なかったのは好感が持てま…
[良い点] 完結したら寂しくなりますね、お疲れでした!
[一言] お疲れ様でした、現代の尼子家の子孫にまた転生とかの外伝希望w
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