095 きっかけは
文化祭まであと二週間というところに迫っていた。各クラスの出し物で時間が足りないクラスの多くは学校に残ってなんとか間に合わせようと躍起になっている。
潤達のクラスも例に漏れず居残りをしているのだが、喫茶班のメニューの準備は概ね完了しているのに対して演劇班の衣装や小道具大道具の準備に時間を要してしまっていた。慌ただしくしているのだが、この時期にしか残れない夜の学校がどこかテンションを上げさせる。
そして――――。
「ふわあぁぁぁ」
「花音ちゃんきれーい」
「そ、そう?」
「ほんと、よくこんなの作れたわね」
女子達がわいわいと騒いでいるのは花音の衣装合わせ。王女に見えるように煌びやかな装飾と優雅なドレスを作り上げていた。
遠巻きに男子も花音のその姿に見惚れてしまっていたのだが、花音は持ち上げられることに恥ずかしく思いつつも潤を探して視線を送る。
潤もその花音を目にしていたのだが、直接何か言えるわけでなく軽く笑いかけたことで感想を伝える。後で直接感想を言おう。
そして、目の前の響花がまた面白かった。
「響花、お前魔女の衣装めちゃくちゃ似合うな」
「な、なに言ってるのよ!こんな黒いローブを着た魔女なんて誰でも陰険な感じに仕上がるに決まってるでしょ!」
「いやいや、そうでもないぞ?例えば花音が魔女役だったとしたら主役を喰っちまうんじゃねぇか?」
響花の言葉に対して反発する様に例えた相手、花音を引き合いに出してしまうのは彼氏としての贔屓目もある。
しかし、その言葉を口にしたあとの響花の目が訴えているのは、その言葉が失言だったとすぐに悟らせた。明らかに調子に乗ってしまったのはすぐにわかる
「――――それ本気で言ってる?」
「じょ、冗談に決まってるだろ」
「今のはさすがに潤が悪いな。そんなこと言われて喜ぶ女子がいると思うか?」
どこか悪くなる空気。
「そうだよな、すまん響花。つい調子に乗って言っちまった」
「ふぅん、いいわよ、確かに花音ちゃん可愛いもの。仕方ないから許してあげる」
「すまん!」
響花は表情を落としながらも花音の可愛さは誰もが認めるところであると、それは確かであるのだが、潤の感覚とはまた違った感覚を覚えている。
潤はそれに気付かずに誠意を込めて謝罪した。
「あー、なんか喉乾いたわね。イチゴミルクが飲みたいなー」
「――ぐっ!それはちょっと卑怯じゃねぇか!?」
「傷付いた乙女を労わることもできないなんて、とんだヒーローね」
それでもすぐに、心の奥底にある感情を誰にも気付かれない程度にいつもの軽やかな調子を取り戻して潤をいじっていた。
「ちっ、わかったよ!イチゴミルクだな、すぐ行って来てやらぁ!」
「よろしくー」
「あっ、じゃあ俺コーヒーお願い!」
「なんでお前まで注文するんだよ!ついでだから買って来てやるけどお前には請求するからな!」
「あいあい」
そうして教室を出て行こうとする。
「潤、どこ行くの?」
既にドレスを脱いでいる花音に声を掛けられた。
「あぁ、ちょっと飲み物を買いに行こうと思って。響花と真吾の分も合わせてな。花音のも買って来ようか?」
「ううん、それだとちょっと多いわね。いいわ、私も一緒に行くわ」
「そっか、ありがと、助かるよ」
「どういたしまして」
そうして潤と花音は教室を出て行く。その様子を見ているクラスメイトの男子からは羨む声が漏れ聞こえて来るのはクラスで花音と親しく話している男子は潤と真吾だけなのだから。他の男子は世間話ぐらいならできても、とてもお近づきになんてなれやしなかった。
「あのさ、さっきの潤の言葉なんだけど、悪気があるわけじゃなくて――――」
「知ってるわよ」
「えっ?」
「ううん、潤君が優しいってこと知ってるから大丈夫よ。気にしてないわ」
真吾がそれとなくフォローしようとしたのだが、響花は言葉自体には特に気にしていないような素振りを見せた。
「そっか、ならいいけど」
「もちろん真吾君も優しいの知ってるわよ?」
「おっ?マジで!?」
「ちょっとちょっと真ちゃん、なに響花ちゃんと仲良くしゃべってるのよ」
「おいおい、それはひどい誤解だぜ?」
「そんなのわからないじゃない、響花ちゃん今じゃ学校の二大巨頭って言われてるんだから」
花音と響花、特に響花は突然現れただけでなく花音と同じクラスなのだから余計に噂は広がった。
「あたしはどっかの怪獣ですかいな」
「それ面白い!今から花音ちゃんと響花ちゃんで怪獣映画撮ろうか!?」
「おい、凜?」
「なに?」
「周りをよく見てみろ」
「えっ?」
凜が教室内を見渡すと、凜の発言を聞いていたクラスメイトがこれでもかと怒りを露わにしていた。ここまでやっているのは誰が先頭で取り組んできたのだと言わんばかりに。
「ちょ、ちょっとちょっとみんな、冗談に決まってるじゃない!」
「あなたが言うとあながち冗談に聞こえないから質が悪いのよ」
「ちょっと睦子ちゃん?私みんなにそんな風に見られてるの?」
「それに二大巨頭じゃなくて太陽と月よ」
「あれ?そうだったっけ?全然違うじゃない。どこで覚えたのかしら?」
途端に教室の中が笑いに包まれる。しかし、響花だけは笑っていない。
「(ま、仕方ないわね)」
響花は誰にも気付かれずに溜め息を吐いていた。どっちが太陽でどっちが月なのかは説明されなくてもわかる。
「さっきのドレス、綺麗だったな」
「ありがと」
潤と花音は自販機がある食堂に向かう渡り廊下を歩いていた。すぐにドレスを褒める機会が訪れたことに感謝する。
「衣装班に感謝しないとな」
「うん、ほんと頑張ってくれてるわ。だから演者の私達もしっかりと成功させようね、少年君」
「ああ、任せてくれよな、王女様」
「もう、なによその言い方!」
「そっちが先に言って来たんだろ!」
他の学生の気配が周囲には見られないので比較的安心して話すことができた。
そんな中、ふと潤の脳裏に浮かぶのはさっきの失敗。
「あのさ、さっき響花に掛ける言葉をちょっと失敗しちゃってさ」
「どうしたの?」
そして花音に口をついて出た言葉を話して聞かせた。
「それは潤が悪いわよ。響花もよく許してくれたわね」
「いや、許してくれないからこうして買いに行かされてるんじゃねぇか」
「『これぐらいで』許してくれてるのよ」
「わかってるって、ただ反省しないとなって」
「もっと反省しておくこと!私もそんな煽て方されても嬉しくないんだからね」
「すまん」
謝罪の念があるから花音に話したのだが、花音からも怒られる始末だった。結局誰も喜ばない発言をしたのだと、深く反省する。
そうして花音が彼女だということは嬉しいのだが、今後必要以上に褒めることのないように自重することにした。
「あー、でも確かに気になるのは響花、どうして修学旅行が終わってから変えて来たのかしら?」
「えっ?それはどういうことなんだ?」
「それがね、凜の家で私たちのこと話したじゃない?あの時、私が遅れたのって、お昼に響花に会っていたの。その時はまだ前の響花だったし、そんなことするなんて一言も言ってなかったのよね」
「あのさ、言いにくかったら言わなくていいんだけどさ」
「なに?」
ふと脳裏を過る考え。答えがわからないまでも、なんとなく考える。
「花音は俺の言葉をきっかけにして変わったんだよな?」
「え?うん、そう言ったでしょ?」
「ってことは響花にもなんかきっかけがあるってことだよな?」
「まぁそれはそうだと思うんだけど、誰が聞いても何も教えてくれないから結局わからないのよね。あんまり聞きすぎても良くないだろうし」
「恐らく何か心境の変化があった。それで変わったんだろうなぁ」
「まぁ、そうよね。でも別に悪いことじゃないんだし、そっとしておきましょうよ。私は放っておいて欲しかったし」
「……そっか、わかった」
そうして飲み物を買い終えて教室に戻ると、いつもの響花と変わらない様子を見せている。
「ほら、買って来たぞ」
「サンキュ」
「ありがと、このイチゴミルクすっごい美味しいのよねー」
「えー、私のは?」
「はい、凜のはここにあるわ。オレンジで良かったのよね」
「さすが花音ちゃん、わかってるぅ!」
凜は花音からジュースを受け取り、嬉しそうにする。
「あのさ、さっきはすまんかった」
「もう気にしてないからいいわよ。それより、魔女と少年の掛け合いで確認したいことがあるの」
「どれだ?」
「ここ?」
潤と響花は台本を見ながら二人寄り添って確認する。
「(――まさか、ね)」
花音はそんな二人の様子を見ながらあるかもしれない可能性が頭の中を過り、即座に否定する様に首を振っていた。




