094 自覚
学校一大イベントである文化祭に向けて、部活や用事がある生徒以外は多くが放課後学校に残っているのは毎年のことで、この時期の風物詩になっていた。
通常部活をしている生徒でさえ19時には完全に閉まる学校の門も、この時期だけは事前申請をすれば延長することができて、21時まで居残ることが可能になっている。もちろん問題を起こせばその時点で色々と終了してしまう。そういうことでそもそも問題を起こすことの方が前例をみてもほとんどない。起きても取るに足らない小さな問題ばかり。
そんな中、空き教室を借りて潤達は演技の練習をしていた。
演技指導に熱が入るのは次期演劇部部長と目される熱血派の六反田睦子。普段教室では温厚なおさげ髪のそばかすがある眼鏡女子なのだが、今回の件で初めて知った。こと演劇となると人が変わるということを。
「おいっ!深沢!そんなことで少年の鬱屈とした人生の何かを表現できてんのかよ!?ちょっと褒められたからって浮かれてんじゃねぇよ!」
「す、すまん!」
「お前も花音を見習えや!花音はすぐに王女としての風格を身に付けただろ!」
「(いやいや、あれと俺を比べるなよ。ってかめちゃくちゃ厳しいな)」
花音は普段のモテ具合も手伝ってか、王女としての佇まいを見事に表現していた。その演技振りにまだ本番での演技も迎えてないのに早くも六反田から演劇部に勧誘されるほどだったが、強引な勧誘に困り果てながらもなんとか断っている。
そんなやりとりを横目にすることがあっても、とにかく今は登場人物になりきらないとと思い、四苦八苦しながら終始していた。
「しかしまぁ、深沢君が一番上手なのは少年の幼少期を演じてる時よね。特に花音ちゃんと絡んでるとき」
「そうか?」
「うんそうそう。なんかすごい自然な演技なのよね」
演技練習の休憩中、水分補給やお菓子を摘まみながら演技について話す六反田は普段の調子で穏やかな落ち着いていた物腰で話していた。
「(そんなことわかるのか?六反田ってすげぇな。ってかもうこの豹変ぶりにちょっとは慣れたけど、こっちもある意味すげぇよな)」
そして六反田は、どういった理由なのかわからないが、表面に滲み出る雰囲気を見抜いていた。潤と花音が自然な掛け合いをできるのはそういう関係なのだから。しかし素直に認めるわけにはいかない。
「もしかして深沢君、花音ちゃんのこと好きなんじゃないの?」
「確かに可愛いと思うけど、そういうんじゃないよ。それよりも、少年が城を追い出されたあとの、なんて言ったらいいのか、壮絶な人生っていうのが心情的に理解できないんだよなぁ。んな経験したことないし」
「言いたいことはわかるけど、それなら響花ちゃんはどうなのよ?」
「えっ?なにあたし?」
響花が少し離れたところで考え込んでいる様子を見せていたのは、未だにラストをどうするのか決まっていない。
魔女は少年に恋をしている王女に自身を投影して無事に結ばれる結末なのか、それとも、恋の自覚がなかった魔女が魔女らしく強欲に少年を奪い去っていくのか――――――。
「うん、響花ちゃん、魔女の演技っていうか、魔女らしさが出てていいなぁって」
「………………魔女らしさっていうのは人が作り出した偶像だから、らしさっていっても個々によって異なるわよ?……まぁあたしが描いた作品の魔女だから違和感なく演じ易いっていうのはあるかもしれないわね」
「そっか。けど、この魔女も可哀想よね」
「そう?小説の中にはこんな不幸な魔女って結構いるものよ?」
「そうなの?」
花音が首を傾げる。
「確かにね。特殊な力があるのが知られたからって迫害された挙句、森の奥深くに押し込められるんだものね。それも自由もなく森から出られないようにされて。そんなことされたら仕返しの一つもしたくなるわよ」
「まぁこれは軽い方よ?作品によってはもっとひどい内容のがあるからね。あんまり大きな声で言えないような凄惨なのが。これはあくまでも高校の文化祭用だからそういった描写は控えめにしているけど」
「そっか、そうなると人の気持ちってわからないものね」
「(人の気持ち、ね。あたしなんでこの作品を書いたんだろう?)」
響花が演劇の台本を手掛けることになって、条件として出されたのは『恋愛』をテーマにすることだけ。あとは自由にして良いとのことだった。男子は恋愛を主軸に描くことを当初は嫌がる声も聞こえたのだが、演劇を推したのは女子である。女子の意見が基本的には優先された。だからといって男子が希望したメイド喫茶のように女子に際どい格好をさせるというのは即座に却下されていたのだが。
普段から読み書きしているのだから当たり障りない内容なら普通に書ける自信はあった。その分普段の読書に費やす時間がなくなるのは今だけと割り切り我慢することにする。
そうして書き始めるのだが、期限が限られる中で書き上げるには身近なモデルが必要になる。多くの恋愛小説から参考にすることもできたのだが、やはり身近な人物をモデルにする方が話を作り易かった。
しかし、これまでほとんど人と接してこなかった響花がモデルにする人物など限られる。主役を定める中で無意識にモデルにした人物は王女の役を担うことになった花音。
これは満場一致で花音が王女をするだろうという気がしていたのは、例え花音をモデルにしなくてもヒロインにはきっと選ばれるだろうという程度に花音の容姿端麗さを認めている。
あとは具体的な内容をどうするかだが、ただ男と女の恋愛を描いただけでは面白くない。ロミオとジュリエット然り、男女の恋愛ものの多くには話に抑揚をつけるため悲壮感漂う出来事が起きている。王女の花音にどうしたら悲壮感を漂わせられるのかと考えた時に連想した人物。それに伴ってその局面を打開するために用意される役割をどうするか。無難なところで魔女を採用した。何故かこの時自然と魔女の役割が決まっていた。
実際のところ、響花の中では結末は決まっていたのだ。しかし、心のどこかでしこりを感じていたので結末が決まっていないという風に見せて凜に台本を渡してみた。もし凜が結末を決めてしまえばそれで良いと思う。
まだしこりの正体はわからないままなのだが――――。
そして配役を決めていく中でどういうわけか魔女の配役に自分が割り当てられた。
「(そんな、花音ちゃんの相手役なんて荷が重いよ)」とは思ったが、クラスメイトの誰でもそれは同じであり、それでも推してくれるようならやってみようかという程度には思えた。
なぜそう思ったのかはこの時点ではわからなかったが。
しかし、それから日にちが経つに連れて色々と自覚することになる。
ある日、突然見知らぬ男子から告白された。意味がわからなかった。
最初は「(何言ってんのよいきなり)」と見た目を変えたことを少し後悔した。やっぱり碌なことがないと。
だが、そんな後悔も演劇の練習に入っていくと、それは徐々に後悔ではなくなっていく。
“こうやって改めて見てみると、やっぱり響花は可愛いよな。これなら少年君が魔女に靡いても納得できるな”
と、なんでもない時に潤に言われた言葉だった。明らかに心臓が大きく跳ねて速くなる鼓動を感じた。
「(あっ、なるほど。あたしいつの間にか潤君のこと好きになってたんだ)」
そう自覚した。
一度自覚すると魔女と少年の役で接する度にその想いは強くなる。演技とはいえ、少年が魔女に向ける笑顔を見る度に自分に向けられていると錯覚してしまう。
そして、問題があった。
響花は知っていた。花音が着けていたネックレスが誰から贈られたものかということを。
もしかしたらまだ付き合ってはいないのかもしれないとは思う。しかし、お互いが向けている気持ちの方角は重なっている。クラスメイトの誰かが潤は一年の女子と付き合っていると言っていたが、潤と最初に知り合った時や修学旅行の時の様子から見てもそういう節は見られなかった。何か勘違いしているのか、それともその一年生とはもう別れているのか。
どちらにせよ、より大きな問題がもう一つあった。
潤が行う少年の結末を自分の意思一つで変えられる。王女と掴む幸せな未来か、魔女と迎える二人だけの未来か…………。
何故この話を書き上げた時に結末に悩んでしまったのか、何故魔女を違和感なく入り込めたのか、それは一人ぼっちの魔女が突然現れた少年と行動を共にすることで恋をしたということが、響花自身を自己投影した人物だったからだということを自覚した。
自覚するのがもう少し早ければストーリーの内容の変更をするか、魔女の役を他の子にやってもらっていた。それどころか少年役に潤を当てたりしなかった。
悩み考えてしまう。
もう結末を決めてしまわないとセリフ覚えや演技の練習などがある。期日までそれほどの日数が残されていない。
「――――決めたわ」
そうしていくらか思考を巡らせて決心する。ここに自身の感情を挟む余地も必要もない。
「「えっ?」」
クラスメイトの何人かが、響花の声に反応した。
「決めたって、結末、決めたの?」
そこに確認する様に六反田が声を掛ける。
「うん、やっぱり王女と結ばれる未来にしましょうか。ちょっとベタかもしれないけど、やっぱり普通に終わる方がいいんじゃないかな?」
「そっか、ベタでも内容が良ければ優勝も狙える気がするしね」
「よしっ、わかったわ。じゃあ細かいセリフとかはあとで調整するからそっちの方向で動くわね」
「よろしくね」
そうして響花は結論を出した。
「(やっぱり、お互いの気持ちが一番大事だものね)」
魔女が報われる結果が生まれる未来はなくて良い。何故中学の時に地味だったらしい花音と同じように自分に変化を加えようと思えたのか、やっと理解した。
自覚した気持ちを抑えて文化祭に臨むことを決心する。




