093 文化祭に向けて
文化祭の配役を決めて早くも二週間が経っていた。
潤は喫茶班に雪のことを引き継いだ後は劇の方に専念している。引き継いだ際に雪と気軽に話し合って仲良く話しているところをクラスメイトに怪しいと言われ、それを聞いた雪が嫌がらせをするように潤を誘うような声を掛けたことでクラスメイトの女子を誤解させるという一幕があったのだが、男子には羨ましく思われていたのは雪が綺麗で料理上手なお姉さんだからだというのは容易にわかる。
週末の休日、潤の家に来ていた光汰にそういった最近の身近な出来事を話して聞かせていた。
「へぇ。雪さんがいるのか羨ましいなぁ。俺もこっそり行こうかな」
「あほなこというなよ」
「冗談に決まってるじゃねぇか。ってかそんなことより、お前にそんな主役級の役なんてできるのかよ?」
「知らねぇよ。成り行きで仕方なくだっての。俺だってやりたくなかったし自信もねぇしな」
「けど花音ちゃんの相手役は譲りたくないんだろ?我儘だな。 まぁなんにせよ今年は去年と違う楽しみができて俺としては嬉しいけどな。いいなぁ共学――」
「言っとくが今年も誰も紹介できんからな」
「えー!?自分だけ彼女作ってずるいぞ!」
「知らん!」
「(そもそもお前に誰か紹介しようもんなら杏奈に恨まれるだろ)」
光汰が勝手に彼女を作る分なら大丈夫。だが潤の手によって彼女ができようものなら絶対怒られるというか恨まれる自信があった。
同時に去年のことを思い出す。文化祭に光汰が遊びに来て中学生だった杏奈も母親と遊びに来て、自分がたこ焼きの店番で忙しい時に二人で回り楽しそうにしていた杏奈を。
「お兄ちゃん花音先輩と一緒に主役するんだって!?どうして教えてくれないのさ!?」
「ごめんね、潤。杏奈ちゃん知ってると思ってつい話しちゃった」
そこで今日は花音と遊んでいた杏奈が部屋に飛び込んでくる。
「あれ?光ちゃん来てたの?」
「あぁ、ちょっと前にな」
「ねぇ光ちゃん聞いた?潤にぃ花音先輩と一緒に主役するんだよ!?」
「さっき聞いたよ。俺たぶん笑うの我慢できないと思うわ」
「わかるぅ!絶対爆笑ものだよね!」
「……お前らな」
杏奈も光汰も潤が劇で主役をすることを馬鹿にしている。ただ馬鹿にされるのもわからなくもない。自分だって未だになんでそんなことになってるのかわからない。
「そ、そんなことないわよ!取り組み始めたばかりだけど、潤、ちゃんとできてるわよ!」
「いいよ花音、今は好きなこと言わせとこう。本番で絶対こいつら見返してやろうぜ!」
「うん」
「なんだよ、付き合ったと思ったらそんな感じになるのな?」
「そうなのよ、いっつも見せびらかされるのよ」
「ちょっと杏奈ちゃん!?」
「なぁに、お義姉ちゃん?」
「おねっ――――」
杏奈の突然の呼びかけに花音は仰天する。「ちょっと!まだそんなんじゃ――」と慌てているのに対して「そうよねー、ま・だ・高校生だもんねー」と杏奈が尚もいじり倒していた。
「おい」
「なんだよ」
「羨ましいじゃねぇか」
「だろ」
その様子を見ながら光汰が潤に声を掛けている。恥ずかしいのだが、それを上回る程度にやっと付き合えた喜びの余韻が未だに残っている。これぐらいの冗談なら笑って聞き流そうじゃないか。
「そうそう、光ちゃん、文化祭遊びに来るんだよね?」
「ん?ああ、まぁそのつもりだけど?」
「じゃあさ、案内したげるよ!」
「えっ?友達とかいいのか?」
「うん、その辺は上手く時間作るよ。それに潤にぃらめちゃくちゃ忙しいみたいだし、代わりに案内するよ!それで案内ついでに潤にぃらの劇を一緒に見ようよ」
「あぁそうだな。せっかくだからそうしようかな?じゃあお願い」
「任されました」
ビシッと敬礼する杏奈は嬉しそうだった。笑顔がこぼれている。
まだ一ヵ月も先の話だろと思うのだが、潤も花音も杏奈と光汰のそんなやりとりにわざわざ口を出すことはなかった。
「けど凄いよな、その響花って子。台本を自分で考えたんだってな」
「ああ、そうだな。まぁあいつはそういうやつだ」
「ふーん、けどその感じじゃちょっと変わってる子なんだろ?」
「そんなことないわよ。話せば普通の子よ?」
「話せばってことは話してなけりゃ普通じゃないってか」
「それは、まぁ、否定できないな」
確かに響花は変わっている。目立たないために小学生の頃から地味な格好を徹底してきたのに、これまでの努力と呼んでいいものか怠慢といったらいいものかわからないが、修学旅行が明けてから突然その地味な格好をやめた。それどころかパーマなどを駆使して、一気に花開いた。元々秘めていたものだが、周りから見ればまるで芋虫が蝶にふ化するかのような錯覚を覚えるだろう。それほどの容姿を見せており、むしろ目立つぐらいだ。
「あっ、その人のこと知ってる!一年でも噂になってるよ!なんか見知らぬ美少女が突然現れたって。一年の中では転校生って思ってる子もいたんだけど、部活やってる子が先輩から聞いた話じゃその響花さんって人、元々地味な先輩だったんだってね」
それを証明するのは、杏奈たち一年でもこうやって噂されるぐらいだ。
更にこの一週間、響花に告白する男子がいるらしいのだが、その振り方がまた中々にえげつないとのこと。
なんでも、『人を見た目でしか見られない人間となんて付き合えるわけないでしょ』といった感じで取り付く島もないぐらいで振っているらしい。
潤もまたその言葉を聞いてゾッとする。
「(たまたま花音が俺のこと好きだったから上手くいったけど、好きじゃない状態で告白したらやっぱ見た目で告白してきたって、そう思われるよな)」
響花の言い分というか返し方もわからなくもない。これまで周囲から無関心だったのだ。それが突然人目を惹く風に容姿を変えたとはいえ、男が寄って来てもてはやされたりしてその扱いの違いや落差を直に体感して中々気持ちの良いものでもないだろう。実際花音もそうだったらしいし。
「(そういう意味では魔女役ってのも適任なのかもな)」
思い出すように苦笑いしながら劇の配役に多少の納得がいった。
「それにしても、ラストどうするんだろうね」
「ああ、まだ悩んでるみたいだな」
「その劇の台本って終わり方決まってないの?それ大丈夫?」
杏奈が内容を具体的に知らないまでも概要を聞いて当然の疑問を持つ。
「まぁあいつのことだから納得できる終わり方にすると思うよ」
「潤は妙にその響花って子と親しいんだな?」
「あー、まぁな」
「潤と響花はラノベっていう共通の趣味があるみたいなの。私もいくつか教えてもらって読んでるわよ」
「へぇ、なるほど。だから花音先輩最近ラノベ読んでるんですね」
ラノベ以外にも色々とあるんだけどな、と思うのは響花の過去のこと。他人の昔話を勝手に話して聞かせられないので誰にも言ってなかったのだが、振り返って思い出しても、やはりどういう心境の変化で見た目を変えて来たのか未だにわからなかった。聞いてもはぐらかされる始末である。
それでも潤から見た限りでは、今の響花はクラスメイトともそれなりに良好な関係を築けているのは劇の台本があるおかげだという風に思っていた。役者班が創作者の響花に対して主に心情面に関する質問をしていたのだ。
まさか凜がここまで計算していてのことなのか、ただの天然による副産物なのかはわからないが、結果的に響花はそれがあるからクラスに溶け込みやすそうだった。下心を持つ男子は一蹴されているが、きっかけがあって話さえすれば普通の子なのだから。
――ただ、独特の世界観を持っているということ以外は。
「あっ、そういや知ってるか?」
「なにが?」
「いや、お前のバイトしてる店の近くに有名チェーン店のケーキ屋が出来るらしいじゃないか。うちのおかんが言ってたんだ」
「ああ、今チラシ回ってるやつだろ?なんか十二月にオープンするらしいな。オーナーがオープン直後は物珍しさでそっちに客は移るだろうから一時的な客離れは仕方ないけど、そのうちこっちに戻って来るって言ってたな」
「えらい自信だなそのオーナー。 そうか、いや、もしそれで経営が悪化するなら雪さんと凜ちゃん大丈夫なんかなって思ってさ」
「なんで光ちゃんが雪さんのお店の心配するのよ!」
「いや、単に気になっただけだっての!むしろなんでそこで杏奈ちゃんが怒ってるんだよ」
そら怒るだろ。
光汰が夏休みに雪にデレデレしている姿を見ていて、杏奈の気持ちを知っていれば誰でも杏奈の怒りの理由に納得する。
「でも凜もちょっと気にしてたわね。今は文化祭に集中するとは言ってたけど」
「そっか、じゃあ俺もそれとなくオーナーや雪さんに聞いてみようかな?まぁ何もできないけど、何かできることがあるかもしれないし」
「私にも何かできることあればいつでも言ってね!」
「ああ、その時は頼むよ」
時期的には文化祭も終わって多少余裕も出来る頃だろうからシフトを少なくしてもらっていた分と、雪に受けていた借りの分も合わせて何かできることがあればしてみようと考えた。
「杏奈ちゃん、ゲームでもしよっか」
「そうね、バカップルは放っておきましょう」
潤と花音の二人で盛り上がる中、杏奈と光汰はその光景を見させられることにただただ呆れてしまう。




