092 配役決め
「王女をやりたい人いる?」
教室中に声を掛けるのだが誰も立候補は上がらない。演劇をするということは賛成なのだが、主役となるとまた話は別だ。
「うーん、じゃあ投票にする?」
仕方なく即席で主役をするための票を集める。
開票結果は担任が十人ほど読み上げたぐらいですぐにわかった。黒板に書かれているのは圧倒的得票数を獲得した花音の名前だった。
「嫌よ!私やらないからね!」
花音は思わぬ展開に大きな声を上げる。潤もその結果に納得はできないのだが、理解はできる。むしろその可能性の方が高いだろうということは予想の範囲内だった。
この中で花音が選ばれなければ誰が選ばれるのだと。
「もう、我儘言わないでよ」
「ちょ、ちょっと凜!?」
「私はクラスを勝たせるためなら親友をも裏切ります!」
「――なっ!?」
凜の容赦ない発言に教室中が笑いに包まれる。花音は恨み節を含みながら凜をキッと睨みつけるのだがこの空気の中もう辞退することはできない。
「はい、じゃあ王女役は浜崎花音さんに決定でーす!」
花音は前に呼ばれて教室を見渡す。拍手が巻き起こるのだが、視線の先に潤を捉えて潤は「(しゃーないよな)」と苦笑いしか返すことが出来ないでいた。
「じゃ、じゃあせめて魔女役は凜がやりなさいよ!」
「私?だめだめ。私はクラスの総括をするんだからそんな主役級の役なんてしてられないわよ。端役ならいいけど」
「何言ってんのよ!」
「あー、でも確かに中島さんには全体を見ていて欲しいな」
クラスメイトの言葉が事あるごとに凜の味方になる。凜はそこでニヤッと笑った。
「そこで、みんなに提案があるんだ。魔女役なんだけど響花ちゃんならどうかな?」
「はぇ?」
突然話を振られた響花は間抜けな声を発す。
「あー、確かに花音ちゃんがする王女と釣り合うぐらい可愛い子ってなったらさすがに気が引けるしねー」
「だよね、さすがにこれで花音ちゃんの隣に立つのってどんな引き立て役なんだよってちょっと惨めになるもんね」
「けどそれでいくと水前寺さん納得よね。それに水前寺さんの台本だしね」
「ちょ、ちょっとあたしそんな大役なんてとてもできないよ!」
花音以上に嫌がる声を上げるのだが、潤が声を掛けた。
「いいじゃん、せっかくここまで目立ったんだ。どうせならとことん目立ったらいいじゃねぇかよ」
「ちっ!他人事だと思って勝手言うわね!」
「舌打ちって」
響花は横の潤をきつく睨みつける。
「じゃあそうなると相手役の少年だな。しょうがねぇな、どうせ誰もやりたがらないだろ。俺がやってやるよ」
「いやいやいや、お前には無理だって。ま、まぁ俺ならできなくもないけどな」
「何言ってんだよ!お前らに大事な主役を任せられるわけないだろ」
一部の男子が口々に立候補する。明らかに女子の主役を決める時と大きく違った。
その様子を見ながら潤もまた悩む。
「(うーん、どうしようかな。けどさすがにこれはやりたくないな)」
もちろん花音の相手役をクラスの男子が演じることに我慢ができないからだ。自分が舞台に立つことと天秤にかける。
「はい!」
「なに?響花ちゃん――じゃなくて水前寺さん」
「潤君、深沢君も立候補するそうです!」
「なっ!?」
「ね、もちろんするよね?」
明らかに「(あたしだけにこんなことさせないよね?)」と目を見ただけで理解できるぐらいに表情と心情が一致しない笑顔をもって笑いかける響花を見て身震いした。どうやらこれは逃げられる気配を感じない。
「はぁ、仕方ねぇな。はーい、立候補します」
どうせ他にも立候補がいるんだし、俺が選ばれるかどうかは天に任せようかと息を吐く。
そんな潤の動向を見る花音はどこか確信めいたものをもって教壇で安堵の息を吐いていた。
「その方がいいと思うしね」
「なんか言ったか魔女さん」
「何も言ってないわよ少年君」
「まだ決まってねぇだろ」
響花が含みのある言い方をするが潤には聞こえていなかった。
――――数分後。
「マジか……」
少年役は響花の予想通り潤に決まった。
潤が少年役に決まる際にこんなことがあった。
「はい、じゃあ少年役は深沢君と田中君に小島君に太田君の中から決めます」
手際良く記入用紙が配られ、再び投票が行われた。すぐに担任が開票して真吾が黒板に書いていく。
結果的に潤に多くの票が集まり、圧倒的得票数を獲得した理由は女子達の声でわかった。
「男子下心丸見えー」
「その分深沢君彼女いるしねー」
「彼女さんには申し訳ないけどね」
などといった声が聞こえたのだった。
「良かったね、少年君」
「くっ、お前嵌めやがったな!」
「違うわよ!あたしも嵌められたでしょ!」
「……まぁ、確かに、な」
きっと全部凜の計算づくなんだろう。そういえば昼休みに台本を読み終えていた凜が「この話なら配役はすぐに決まるわね」と言っていたことを思い出す。
その時はメインどころが数えるぐらいしかないということなのかと思っていたのだが、恐らくそれとなく誘導すればこうなるだろうということは想像がついていたのだろうという風に思えた。
「さて、じゃああとは大きな班分けを決めていくわね」
そうして班分けされるのは、喫茶班、役者班、衣装班、小道具班、大道具班と大きく分けて五つに分けられる。
凜と真吾は全体の総括。潤は喫茶班と役者班を兼任するのだが、基本的には喫茶班に雪のことを引き継いだらある程度は役者班に専念。花音と響花は当然役者班に入った。
それぞれの班にリーダーを置き、衣装班と役者班は被服部員の女子と演劇部員の女子がリーダーになる。小道具と大道具はクラスメイトの男子がリーダーになった。
「さて、テストや部活にバイトと忙しい人はいっぱいいてるけど、みんな協力よろしくね!絶対このクラスが優勝するわよ!」
最後に凜が教室中に響き渡るほどの声を掛けた。
――――その後、バイト先のル・ロマンにて。
「へぇ、じゃあ潤君が男の方の主役をやって花音ちゃんが女の方の主役をやるのね。凜も上手く考えたわね」
笑って話を聞いている雪は、潤から学校で起きた話の一部始終を閉店作業しながら聞いていた。
「いやいや、笑い事じゃないですよ!」
「いいじゃない。青春よねぇ。 そっかそっか。 じゃあ最初だけ繋いでくれたら喫茶店の方は任せて。上手くやっておくから」
「すいません」
「そうなるとシフトも減らしてもらうの?」
「はい、休日ぐらいは入らないと小遣いだけじゃ心もとないので入らせてもらいますけど、落ち着くまでは」
「いいわ。お父さんには私から言っておくわ」
「さすがにそれぐらいは自分で言いますよ。でないと何で自分で言わないんだって怒られますよ」
「でしょうね」
それから数週間は文化祭の方に集中することとした。
目の前に中間テストを挟んでいるのだが花音はもちろん、潤も比較的問題ない。意外なことにあれだけ遅刻している響花も数学以外は問題ないらしいのは本の読み過ぎなのだろうという風に理解した。




