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009 カウンター越しの距離

 

 12月25日、クリスマスだというのに一緒に過ごす相手がいない潤は凜の実家のケーキ屋を臨時バイトという形で手伝っている。そしてクリスマスの終日、そのバイトに従事していた。


 不慣れながらも一定以上の雑用をこなしていると目が回りそうなほどに忙しいとは思う。だが、本当に忙しそうにしているのは厨房の中だった。

 慌ただしく動き回る厨房の中にはオーナーである親父さんや雪の姿があり、そんな中なので当然余裕がないはずなのに不慣れな潤に対しても気遣いの声を掛けてくれる姿を見ると俺なんかが一番大変そうにはしていられないと思う。少しでも手伝えることはないかと、バイトリーダーに声を掛けて手伝えることを探していた。


 そうして接客も少しばかり行い、立ち寄る客はあれが美味しそうこれが美味しそうと選んでいたり、予約していたケーキの受け取りであったり様々であった。

 そうしたことに終始していると時間なんてあっという間に過ぎていってもう陽が暮れていた。


「ふぅ、あと30分か」


 クリスマスの閉店前に駆け込みでケーキを買いに来る客は少なくなり、いくらか余裕が出来たのだが―――。


「いらっしゃいませー」


「「えっ!?」」


 自動ドアが開くと同時に店内で目が合った客と潤の声が重なった。


「あっ……」

「……どうも」


 声にならない声を発した俺に対して、カウンターのガラスケース越しに小さな会釈をしながら挨拶をしたのは浜崎花音だった。


「……深沢君、ここでアルバイトしているの?」

「あぁ、真吾に頼まれてな。クリスマスまでということなんで今日までなんだが……」

「そっか……あの?凜は?」


 花音の方が声を掛けて来たので他の客の迷惑にならないように小さく会話をするのだが、お互い目が合わないのでどこかぎこちなさがあった。

 花音は凜の所在を聞いて来るのはこの店が凜の家だということを知っているからだろう。


「あれ?聞いていないのか?今日は真吾と遊びに行ってるぞ?」

「聞いてるわ。昨日も出掛けたから今日は夜には帰ってるって聞いてたから」

「そっか、まだ帰って来てないみたいだな」

「そう、このお店って20時までよね確か?」

「ああ、そうだな」


 花音は腕にしている女の子らしい小さな腕時計を見ながら時間を確認するのは閉店時間間際に来ているのを自覚している様子だった。


「そっか、仕方ないわね…………じゃあ、これとこれ2つずつください」

「えっ?あっ、はい、ガトーショコラとモンブランですね、少々お待ちください」


 突然ガラスケースのケーキを注文されたことに驚いて変な声が出てしまった。浜崎がどんな用事で来たのか知らないがケーキを注文するのだから買いに来たのだろうと考えながら慌ててトングでケーキを摘まんでいると、花音はそんな潤をガラスケース越しに見下ろしながら手を口に当てて小さく笑っていた。


「(やっぱ可愛いな)」とガラスケース越しに上目で見る花音に対してそんな感想を抱いていたのだが、花音と目が合うとすぐに視線を逸らされてしまった。

 その様子を見て「(どうやら俺のことは少なくとも好意的には見られていないのだろうな)」という程度に見解を持つのは中学時代の苦い思い出があったからだった。


「ありがとうございましたー」


 無言でケーキを入れた箱の受け渡しをして花音が店を出て帰っていく後ろ姿を見ていたのだが、中学の時のあの出来事がなければもしかしたらまた違う関係を築けていたのだろうかという夢とも思えるようなあらぬ期待を持ってしまっていた。


「(あぁ、もしそうなら隣に立って一緒にケーキを選んでいたんだろうか?そうなったらこうやってカウンター越しに接するということはなかったんだろうな)」


 妄想ともいえるレベルの想像力を働かせてしまう。


「なになにー?今の凄い可愛い子、潤君の彼女?」

「ち、違いますよ!あの子は凜の友達ですよ!凜に会いに来たみたいで」


 ぼーっとしているところにニヤニヤしながら雪が声を掛けて来たのだが、声のかけ方が正に今妄想していた内容と一致しているのだから変にどぎまぎしてしまう。心臓がバクバクしてしまっていたので慌てて取り繕ったのだが、変に思われていないだろうかと雪を見る。

 雪は「ふーん、そうなんだ」といつもと変わらない様子を見せているのでほっと胸を撫で下ろした。


「あんな可愛い子がクリスマスに1人でケーキ屋に来るなんて、彼氏いないのかな?」


 そう、潤も正にそこも気になっていたのだ。何かの帰りに寄っただけなのか?こんな時間に?凜に用事だとしても今の話だともう少しすれば帰って来るだろうし、それにそうでなくとも中学が一緒の潤は必然的に地元も一緒だった。わざわざ沿線の違うここまで来たのだから凜に会うにしても今どこにいるかどうかぐらい連絡ぐらいするだろう。


「潤君と同じだね」

「違っ!?――いやそうですけど、そんなこと言うなら雪さんだってそうじゃないですか!?」

「おっ、中々言うわね。そうよ、その通りよ、クリスマスに妹は彼氏と遊びに行くのに対して姉の私は父親のケーキ屋を手伝っているのよ、寂しいわー」

「いや、ほんとすいません、マジすいません、本気で謝りますから――」

「ふふっ」

「あっ!?笑ってませんか?」


 考え事をしていたところで雪におどけながら声を掛けられたので思わず口をついて雪のことを言及してしまうと、雪は少しばかり俯きながら上目づかいで寂し気に俺の方を見て来た。

 申し訳なく思いすぐに謝罪をするのだが、その雪の仕草に艶っぽさを感じて微妙にぐっとくるものがあるのだが、雪がすぐに口角を上げて意地悪く笑う様子を見せたところですぐにからかわれたことに気付いて潤も表情を戻す。


 しかし、潤は気付いていなかった。店を出て離れたところで花音は振り返っており、花音の視界には店の中で潤が美人の店員と楽しそうに話している姿が映っていたのだった。少しばかり唇を噛み締め苦い顔をしながら再び振り返り駅の方に歩いて行ったのを。



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