086 知らぬ存ぜぬ
「ごめん、ちょっと生徒指導室に行って来る」
「えっ?二人で?どうして?」
「ん?ああ、用件はわからないけど、呼ばれたからさ」
「……そう」
「ごめんね、花音ちゃん」
「ううん、別に謝ることじゃないわよ。理由もわからないんでしょ?」
「じゃあまたあとで」
「うんまたあとで」
花音たちには、理由はわからないが呼ばれたことを伝えると花音は少しばかり訝し気な様子を見せた。潤からしてみれば確かに理由はわからないのだが、なんとなくの察しは付いている。
「(たぶん、響花のことだろうな)」
馬場先生は修学旅行初日の夜に響花を見ている。その時はそれが生徒だということに気付かなかったのだが、容姿を劇変させた響花の噂を聞いたのとそれをどこかで目にしたのだろう。
でないと二人して馬場先生に呼ばれる理由が考えられなかった。
「――――はぁ、やっぱ目立つのってめんどくさい」
二人で一階にある生徒指導室に向かって歩いている中、響花が溜め息を吐く。響花もある程度は覚悟していたのだが想像以上に目立ってしまったので辟易していたようだった。
「ならどうしていきなりんな格好して来んだよ!」
「その理由を言わないといけないの?潤君はそうした方が良いって言ってたじゃない」
「いや、確かにそうだけど、急すぎるだろ。それにそれが理由なのか?」
「ふふーん、ひ・み・つ。それともそう言って欲しかった?」
「ば、ばっか別にんなこと言ってないだろ(いやいや、それにしてもこりゃ反則級の美少女だな)」
思わず目を逸らしてしまう。はにかむ響花が素直に可愛らしく映った。その直後に移り変わる表情、疑問符を浮かべて首を傾げる響花もまた可愛らしいのだから。
しかし、潤の中には恋愛感情と呼ばれるものは一切存在していない。あくまでも客観的に響花のことを美少女だという風に認識しているだけなのだが、それでも驚くほどの美少女なのでどう対応したらいいものか少し迷う。
「まぁ潤君は気にしないで良いわよ。いつかはまたこうして女の子らしくするつもりはあったんだし」
「そ、そうか?それよりもお前、どうして俺達が呼ばれたかわかってるか?」
「んーん。潤君はわかってるの?」
「――――はぁ」
やっぱり何もわかっていなかった。
「あのな、たぶんだけど、修学旅行の時、お前変装してただろ?たぶんそのことだ」
「変装?へんそう……あっ、あーーっ!なるほど、馬場先生だったねあれ!」
そこまで言って響花もやっと理解した様子を見せる。
「そっか、あちゃー、バレちゃったかな?」
「いや、わからん。けどもしバレてたらこんなのんびり呼び出さないと思うんだよな」
「それもそっか。じゃあどうして?」
潤は顎に手を当て、少し考え込む。
「――――あのさ、まだ怪しんでる段階なのかもな。なら、もしあの時一緒にいたのが響花だって聞かれたら知らんで通すぞ」
「いいの?」
「当たり前だろ!あそこで嘘を通したんだ。ここで認めたらえらいことになるぞ。ならいっそ全部知らぬ存ぜぬで突き通す!」
開き直る潤を見て響花は呆気に取られた。そして――――。
「ぷっ、あははっ、潤君すごいね」
「てめぇ何笑ってんだよ!誰のためだと思ってんだ」
「いやいや、ありがと。やっぱり潤君優しいね。ねぇ付き合ってあげようか?今株価急上昇どころか爆上げ中だよ、あたし」
「あほな冗談を言ってる場合か」
「だよね、知ってる。 けど嘘つくならちゃんと演技してよね」
「当たり前だろ」
いつもの調子のやりとりなのでいつも通り返すのだが、隣を歩いている響花がいつもの響花ではないので目を合わせずに会話をしていた。妙に直視できずにいる。
そうして話している間に生徒指導室の前に着いた。ノックをして入ると中年で白髪混じりの少しガタイの良い髭面の体育教師、馬場先生が待っていた。
部屋の中央にはローテーブルを挟むようにしてソファーが置かれてあるのだが馬場先生は奥にある教員用の机に座っている。
「むぅぅぅぅ……」
椅子から身体を起こし、少し歩いて潤達に近付き、潤達が部屋に入るなり馬場先生は小さく唸っている。視線の先は真っ直ぐに響花を捉えていた。
「(やっぱそうか)」
それだけで呼ばれた理由を確信した。そして同時に馬場先生自身も断定できずにいるのだと判断する。未だにどこか悩んでいる様子を見せるのだから。
「まぁいい、とりあえず座れ」
「はい、失礼します」
促されるままローテーブルが置かれたソファーに座る。
「単刀直入に聞くぞ?」
「はい」
「修学旅行でお前が一緒に居たのは水前寺だな?」
「いえ、違います。知らない人です」
即答した。予め予想されていた質問なのだ。
しかし、明らかに返答が早すぎたのか、隣にいる響花が少しばかり睨んできた。馬場先生も驚いた様子を見せている。
「そ、そうか?それにしては似てるんだよなー」
「あの、先生?」
「なんだ水前寺」
「えっと、何の話をしているんですか?」
「あー、それはだなぁ…………。水前寺は覚えがないか?」
「何がですか?」
訝し気に水前寺を見る馬場先生なのだが、そこで響花が逆に尋ねた。馬場先生は響花の質問に対して上手く答えられずに口籠ってしまう。響花も不思議そうに首を傾げる。
「(あれ?あー、そっか。先生からしたらもし響花が全くの無関係だとしたら事情を話していいか迷ってるってとこか)」
潤は馬場先生が口籠る理由を遅れて理解する。この一件は問題があったとはいえ、一応解決している。あの当時、一般人に扮した響花に謝罪をして、響花からも何もされていないとその場を終えているのだ。どこの誰とは聞きそびれていたのだがクレームもなくそれ以上何もないのだ。
「そうか…………わかった、いや、すまんな二人とも急に呼び出して。もういいぞ」
「もういいんですか?」
「ああ、もういい」
「わかりました」
「失礼します」
潤と響花の二人は立ち上がり軽く頭を下げて生徒指導室を出る。
そうして数メートル歩いたところで響花に再び睨まれた。
「なによあれ!?もう少し上手く誤魔化せなかったの?」
「だよな、わるかったって…………って、違うだろ!元々はお前のせいだろ!」
「えっ?ん?あれ? そっか、じゃあごめんね」
「おい(……はぁ。ま、いっか)」
言葉と態度が一致していない。悪びれる様子を見せない響花なのだが、確かに響花の言う通り潤にも少なからず落ち度はあった。呆れながらもとりあえずこの場を無事にやり過ごせたことで安堵する。
「それで、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「どうするつもりって?これでもう終わったでしょ?」
「違うって、そんだけ可愛くなりゃ男どもが放っておかないだろ?」
「可愛い?ほんとに可愛いと思ってる?」
「見た目だけな」
「ひどー」
「事実だろ」
話しているといつも通りの響花だったので割とすぐに慣れてしまっていた。
「なら潤君が悪い男の子から守ってくれるよね?」
「なに言ってんだお前は」
「だって責任取ってもらわないと困るもん」
「なんの責任だよ!お前、その言い方誤解されるからやめろよ!ただまぁ、お前が困ることあれば力にはなってやるよ」
「うふふっ」
「なに笑ってんだよ」
「んーん。やっぱり優しいね」
「しゃーなしだっつーの」
見た目以外は変わらないやりとり。
結局中身が変わるわけはないので、教室に戻るまでの間にはいつも通りのやり取りを行える程度に口も動いていることに安心した。
「(ったく、こんな調子だと先が思いやられるな。もしなんかあるようなら花音や凜にも手を貸してもらうかな)」
どっちにしろ花音には呼び出された理由は話さないと不安にさせてしまうだろうな、というのは教室を出る前に見た顔がそう物語っていたのだから。
「あとな、文化祭はちゃんと参加しろよな」
「当り前じゃない。学校行事は休むことなく参加しているわよ」
そうか、そういうやつだったなと思い出す。そうして五限目が始まる直前に教室に戻った。




