085 青天の霹靂
週明け、いつもの様に自転車で学校に向かう。
本当なら花音と一緒に通学したかったのだが、周囲の目があるためにそんなことはできるはずがなかった。
それでもいつかどうにかしてそういう状況を作ろうと考えはする。
そうして時間的に余裕をもって教室に入ると花音は既に教室にいた。目が合うと小さく手を振られたので軽く手を挙げるだけに留める。
クラスメイトには友人関係は公表されているのでこれぐらいの挨拶なら問題ないのだが、妙に気分が上がる。
友達関係でも成立するそのやりとりにどこか無言の掛け合いが含まれているのだから。
その後、いつも通り一限目の前にホームルームが始まるのだが、担任の教師からはありがたいお言葉。
「いつまでも旅行気分に浸るなよ!それに文化祭もあるがお前らは文化祭の前にテストも控えてるんだからな!」
気を引き締めるのは毎年のことなのだろう。常套句を口にするだけに留まり、そこからは一限目も合わせて文化祭に向けてのクラスの出し物を決めることになった。
文化祭の実行委員を潤も花音も外れているのは体育祭の実行委員をしていたからなのだが、教壇に立っているのは真吾と凜だった。真吾はあまり気乗りしていないのだが、凜の方は文化祭に向けて張り切っている様子が見て取れた。
文化祭の出し物は事前に配布されたアンケートを元に喫茶店やお化け屋敷に演劇など数多くの候補が黒板に書かれている。
「しかし、こいつはいつも通りだな」
そんな中、ふと呆れながら隣の席に目を送る。そこには机と椅子があるだけで誰も座っていない。
隣の席は変わることなく響花の席なのだが、ホームルームが始まって10分は過ぎているのに未だに来ていない。
「ったく、今日ぐらいちゃんと来いよな」
とは思うものの、それもいつものこと。
そう思っていると教室の後ろのドアが開く音が聞こえた。
やっときたかと思いつつ、これぐらいに来るならもうあと10分ぐらい早く来いよなとも思ってしまう。
いい加減小言の一つでもくれて生活習慣を叩き直してやろうかと思うのだが、ドアが開くと徐々に教室の中がざわつき始める。
前で行われていた文化祭の出し物で何か変なものでも挙がったのかと思い前を見ると、黒板に書かれている出し物は先程と何一つ変わっていなかった。
しかし凜も真吾も呆気に取られた表情をして口を開けている。特に真吾の方は間抜けな顔をしていた。そうしてクラスメイトのざわつきも段々と大きくなる。
一体どういうことかと思うのだが、クラスメイトの視線の先は後ろに送られており、担任もそれまでは前の方の隅の椅子に腰掛けて小説らしき本を読んでいたのだがざわつきに気付いて視線を向けているのはクラスメイトと同じ方向。担任も目線を送った後は立ち上がりぎょっとしていた。
「(なんだ?後ろになにがあるんだ?)」
響花が来ただけだろうと決め打ちしていたのだが、実は違っていてまさかどっきりでテレビの収録でも来たのかと。
そんなわけないな、と思いながらクラスメイトが視線を動かす先は潤の隣の席。
「おはよう」
「(やっぱり響花じゃないかよ) おはようさん。ってかお前、いい加減ちょっとぐらい早く来いよな」
「わかってるわよ。明日からはちゃんとするから。ただ、今日だけはさすがにちょっと恥ずかしかったからさ」
響花の隣に座ってからは一層と何度となく遅刻する響花を知っているので、いつも通りの調子の会話を展開する。
「恥ずかしいってなにが?」
なんのことかと思い、響花の方を見た。
声と会話の内容で隣に座ったのは響花に間違いないのだが、そこには潤の知っている響花がいなかった。
思わず目を疑ってしまう。
そこにいたのは、髪は綺麗な黒髪のままなのだがサイドとバックで毛先から20センチ程は軽くパーマをかけたみたいな様子の髪がゆるふわに広がっており、前髪は綺麗に眉毛の上でしっかりと整えられている。これまで地味の代名詞であった黒縁眼鏡はそこにはなく、コンタクトに替えたのか大きな目を存在感一杯に曝していた。
見知らぬ美少女が突然目の前に姿を現したのだから。
それは間違いなく響花なのだが、響花ではない。そして修学旅行の夜に見た響花ともまた違った。
「おまっ!それ、どういうつもりだ!?」
思わず大きな声が出た。教室中に響いた声を聞いて担任の教師がやっとそこで口を開いた。担任もクラスメイトも潤が響花に反応したことで今教室に現れたのが水前寺響花というクラスメイトなのだということをはっきりと認識する。
「す、水前寺!お前遅刻だからな!」
「はーい、明日からは気をつけまーす」
「そ、そうか、気をつけるか、な、ならいい。わかった」
担任もまた呆気に取られてそれ以上追及できなかった。
そこで通常のホームルームの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
一限目までの休み時間、そうなると教室中の話題は響花のことで持ち切りになる。花音や凜は突然変貌した響花に当然話し掛けに行くのだが、他にも大勢の女子の姿が周りに見られた。
男子は潤と真吾以外は響花と話したことがないのが大半なので会話の中に簡単に加わることができずに聞き耳を立てる。同時にそこかしこから聞こえてくる声は響花の容姿に対する賛辞の声。
「やばいって、水前寺めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか!」
「ああ、あいつあんなに可愛かったんだな」
「でもいきなりどうしたんだ?」
容姿を称える声の中に含まれる疑念の声。突然これだけの変化を伴って学校に来ることなど理由が想像もつかない。
「(いきなりなんの心境の変化だよ)」
それはもちろん潤もそうである。
修学旅行で響花の容姿が想像以上に整っているというのは潤も確認した。そしてその時話した印象でもいきなりこんなことになるとは到底思えなかった。
「響花、どうしたの!?」
「んー、ちょっとね。気分一新ってところかな?」
「すっごい可愛いわ!」
「えー、ずるいよ、水前寺さん!こんなに可愛かったなんて!」
「ほんとほんと、なんで今まで隠していたのよ」
「えー、まぁ別にいいじゃない」
女子達は大いに盛り上がっている。隣に座る潤はある程度会話が聞こえてきているのだが、聞こえてくるその中にも明確な理由が含まれていない。
「突然どうしたんだろうな?」
「さぁ?けどまぁなんか目的があるんじゃねぇのか?わざわざこんな目立つことしてんだから」
「目的、ねぇ。それよりも潤の言う通り響花ちゃん、すっげぇ可愛いのな」
「だからそう言ったじゃないかよ」
以前真吾にその可能性を話していた。そして潤の言葉を証明するように他のクラスからも響花を見に来ているのは朝のホームルームを終えてすぐに噂が広まったのだ。
潤達のクラスに突然美少女が現れた、と。
転校生説も浮上したのだが、そんなものはすぐに否定される。存在感は皆無に等しいのだが響花は一応これまで学校にはちゃんと通っていたのだから。以前の響花を知っている者が否定したらそれですぐに済んだ。
結局要領を得ないまま一限目の開始を告げるチャイムが鳴る。そこまででわかったことは、響花は見た目の変化に視線が集まるのを気にしてわざと遅刻したということだろうということだけだった。
そうして始まったホームルーム。
今日に限っては一限目と六限目がホームルームになっているのは文化祭に向けての出し物や役割を決めるために特別に設けられている時間だった。
教室中が響花の変貌には驚いたものの、そろそろ具体的に話を進めなければいけない。凜と真吾が前に出た候補を確認していく。
文化祭に上がった候補は、バザー・メイド喫茶・お化け屋敷・演劇・唐揚げやカレーなどの飲食店・その他創作などなど。
とにかくこの時間は色々挙がった意見を絞る作業だけにしていく。多数決を取る為の記入用紙が配られる。
そんな中で、最終的に絞られた意見は二つ。メイド喫茶と演劇だった。
ここまでで時間も差し迫ってしまったので、続きは六限目のホームルームで決めることになる。
そうして二限目からは通常通りの授業が始まり、午前中の間は休み時間の度に響花を見に来る生徒が現れる。
直接話し掛けられることはないのは友人関係のない響花のこれまでの立ち位置からなので、そのまま無事に昼休みを迎えた。
いつもは図書室に向かう響花も今日だけは色々と話しもあったので潤達五人で昼食を食べていた。その中でも響花がどうして容姿を変えてきたのかは分からなかったのだが、花音と凜は嬉しそうに響花と話していた。
少しすると担任の教師が教室に顔を出して潤と響花に声を掛ける。
「深沢、水前寺、ちょっと来てくれ」
突然声を掛けられたことに一瞬何かと思うのだが、教室を出て続けられた言葉で何故呼ばれたのか朧気だがなんとなく理解する。少しマズいかもと。
「あのな、すまんが二人で生徒指導室の馬場先生のところに行って来てくれ」
「えっ!?」
響花は無言なのだが、潤は思わず声がでる。
馬場先生といえば、体育教師で普段は基本的に体育の時しか顔を合わさない。しかし、最近少しばかり接点があった。それというのも、修学旅行の時の一日目に潤を連れ戻しに来た教師なのだから。
呼ばれた理由にもしかしたらという可能性が頭の中を過った。




