084 観覧車
花音の「うそつき」という言葉がどこに掛かっているのかはっきりとわからなかった。
「なぁ、さっきのうそつきって、どういうことだ?」
「んー?しらなぁい」
「ったく、なんだよそれ」
もどかしい気分になるのだが、花音は潤の隣で両腕を後ろで組み上機嫌で歩いている。
「(まぁいいか)」
けして気を悪くしたわけではない。機嫌が良いならそれで良かった。
それからは揺りかご式の船の乗り物や急速度で上がる乗り物に二人で乗っていく。ただただ楽しかった。
「なぁ花音って、結構乗り物大丈夫なんだな」
「え?まぁ得意というほどではないけど、ああいうのは大丈夫よ。すぐ終わるでしょ?」
「まぁすぐ終わるって、そらそうだけど。じゃああれは?」
女子の割には苦手な乗り物ないんだなと感心する。ふと目に留まった乗り物を指差し確認した。
「あれって、コーヒーカップ?」
「ああ」
「あれぐらいならもちろん大丈夫よ」
「よし、言ったな」
「?」
そこでニヤッと笑うのを花音は不思議そうに見る。
二人でコーヒーカップに乗り、動き出すと花音は「こんなのんびりした乗り物もたまにはいいわね」と口にした。
「おいおい、これのどこがのんびりした乗り物だと思ってるんだ?――――これはこういう乗り物だろ」
明らかに悪意に満ちた顔でカップの真ん中にあるハンドルを握る。
「えっ?ちょ、潤、待って、待ってってば!」
「いやだ、待たない」
「きゃーーーーー」
コーヒーカップは終了時間までぐるぐると回り続ける。その動きは他のカップと回転する速さが全く違った。
カップが止まり、花音はぐったりとして疲労感を漂わせている。
「大丈夫ですか?」
「は、はい、だ、大丈夫です」
係の人に声を掛けられる花音はなんとか言葉を返していた。潤も満身創痍なのだが、自分でしたことなので文句は言えない。平静を装う。
花音はよろよろとしており、ふらつきを見せる花音に手を差し出すと、膨れっ面を見せながらだが潤の手を取った。
「もう、ほんとバカじゃないの!」
「ふっふっふ、どうだ、まいったか」
「そこで勝ち誇れるところが子供なのよ!そういうところ全然変わってないわね」
憎まれ口を叩いているのだが口調はそれほど怒っていない。こんなくだらないことに真剣になることが懐かしい。
それから園内を引き続き歩き始め、コーヒーカップを降りるときに繋がれた手は自然とそのまま繋がれている。
「すまん、やり過ぎたか?」
「ちょっとだけ、ね。もういいわよ。ただ、ちょっとゆっくりしたいな」
「そっか。じゃあ次はこれに乗るか」
そうして花音の手を引きながら近くにあった観覧車に向かって歩いて行く。
「これなら休憩がてらのんびりできるだろ?俺観覧車好きなんだよな。高いところから色々と見渡せるから」
「そう、ね」
「ん?」
微妙に顔を引き攣らせた花音が気になったのでどうしたのかと思う。
「なんでもないわ。いきましょ」
花音は潤を追い越すように観覧車に向かって歩いて行く。そうして待ち時間なくゴンドラにスムーズに乗り込んだ。隣に座れない事もなかったのだが気恥ずかしさがあり、自然と向かい合って座った。
「だいたい20分ぐらいか」
「……20分、かぁ」
「どうした?」
「ううん、じゃあ20分は二人きりだね」
どこか様子がおかしいとは思うのだが、ここまで乗り物に普通に乗っていたのにどうしたのかと不思議に思いながら様子を見ていると、上に上がっていくにつれて花音は周囲を見ることなく視線をゴンドラ内だけに留めている。
「あのさ、もしかして、観覧車苦手なのか?」
「えっ?あっ……ちょっとだけ、ね。なんか高いところをゆっくりと回るのが…………」
目が合う花音には全く力を感じさせない。本当に苦手なのだろう。
頭をガシガシと掻いて溜め息を吐く。
「ったく、そういうことは乗る前にちゃんと言ってくれ」
「だって、潤が観覧車好きって言ったから――――」
「――――そんなことよりも」
俯いて力なく言葉にしていく花音に気遣ってもらった嬉しさよりも申し訳なさの方が上回る。
立ち上がり花音の隣に座った。
「ほら、これならどうだ?ちょっとはマシになるか?」
そうして花音の頭を抱えて胸の中に抱き寄せる。
「う、うん。マシにというか、なんか恥ずかしい」
「そ、そんなこと言ったって、しょうがねぇだろ。我慢しろ」
「う、うん。ありがと」
もうすぐ頂上に差し掛かるころ、前後のゴンドラどころか周囲に人が乗っていないのは確認していたからこんなことができる。前後に人が乗っていたら恥ずかしくてとてもこんなことできはしない。
無言の時間が過ぎていくのだが、心臓の音は高鳴っている。最初は頭を抱きかかえただけなのだが、花音が潤の腰の辺りに前から腕を回し太ももに手を置いている。
ドキドキする。
観覧車が四分の三ほど回ったところでふと視線を落とすと丁度花音も見上げていた。
じっと見つめ合う。
その顔を見ていると自然と唇を近付けてしまっていた。花音も潤の顔が近付いて来るのを見ると少しだけ首を伸ばす。数センチだけだがその伸びた首のおかげで割と楽に唇を重ね合えた。
ほんの短い時間唇を重ねていただけなのだが、妙に濃密な感覚を得る。
そうしてすっと唇を離した先では顔を赤らめている花音がいた。
「もう、ずるいわよ」
「いや、だってしょうがないだろ。したくなったんだから」
自分だけ責められる。花音も受け入れたじゃないかと思うのだが、変に追及する気はなかった。
「じゃあそろそろ、ちょっと恥ずかしいから俺あっちに座ってるな」
「うん」
もう地面が十分に近付いているところ、係の人にいちゃいちゃしているところを見られるのも恥ずかしいので元の向かい合う席に戻る。
「私も、だけどね」
「えっ?なんか言ったか?」
「ううん、なんでもないわ。ありがと」
「どういたしまして。って、てか俺のせいだからごめん、だけどな」
小さく呟いた声は潤にははっきりと聞こえなかった。
そうして観覧車を下りると真吾から連絡が入る。時間ももう夕刻に差し掛かっているので合流することにした。
「どうだった?楽しめたか?」
「ああ」
真吾と合流して少し話していると、凜と花音も同じように話しており、凜が花音の話をニヤニヤと聞いている。凜が何か声を掛けていると花音は凜の肩をバシッと叩いていた。
そのあとは季節外れの花火を四人で見て帰宅する運びとなる。
「じゃあまた学校で」
「ああ、気を付けてな」
「潤も帰り道狼になったらダメだよ?」
「あほかっ!早く帰れ!」
途中の駅まで一緒になって帰る。
別れ際で言われた言葉にそんなことも考えないでもないのだが、今すぐどうこうしようという気はない。今はこうして二人で過ごせることに十分満足しているのだから。
そうして最寄りの駅に着いた帰り道、翌日の予定を確認し合う。
「明日はどうしてるの?」
「あー、明日は杏奈の買い物に付き合う約束なんだ」
「そっか、ほんと仲良いわね」
「まぁ、そうだな」
「わかったわ。じゃあまた今度出掛けましょうね」
電車の中で次の話をすることに嬉しくなる。スマホのトークアプリでやりとりすることも嬉しいのだが、やはりこうして面と向かって話すことが嬉しい。
「あっ、そういえば週明けから文化祭に向けて動かないといけないわね」
「あー、そうだな。俺達は修学旅行があったから後回しにしてたけど、すぐに取り掛からないと後が詰まっちまうもんな」
「ねぇ、何するか考えてる?」
「いや、特に考えてないけど、何かしたいことあるのか?」
「んー、そういうわけじゃないけど、優勝したクラスには特典があったでしょ?結構豪華だったからさ」
「確か全員に商品券の配布だったよな。去年は上の学年に圧倒されたな」
「でしょ?凜も結構気合入ってるのよねー」
「あいつそういうの好きそうだもんな。だからか」
二学期の中間テストを挟みながら文化祭の準備を始めなければいけないことを考えると週明けから忙しくなることに辟易しながらも覚悟して花音を家まで送り帰宅した。




