081 疑問
修学旅行を終えて、二年生は代休ということで翌日は休みとなっている。
潤はその休みでも特に急ぎで何かしなければいけないこともなく、修学旅行でバイト代をいくらか持ち出しているので補填の意味も込めて日中バイトに入っていた。
「おい今日は妙に機嫌良いじゃないか?」
「あっ、オーナー。お疲れ様です」
鼻唄を歌いながら洗い物をしているところで話し掛けられた。
「なんだい、自分からシフトに入れてくれって言うから入れたが、もし修学旅行で疲れているようだったら絞ってやろうと思ってたのにこりゃあ拍子抜けだな」
内容に少しばかり悪寒が走るのを感じる。オーナーは潤のバイトに入る態度を見定めていたのだが、問題がないどころかいつも以上にテキパキと手際よくこなしていた姿に微妙にがっかりしていた。
多少は浮ついた気持ちを持ってはしまっているのだが、むしろモチベーションは高まっている。バイト代の使い道が増えたのだから。
「(これからはデート代も稼がないとな)」
これまでは電車代と趣味に費やすだけだったのに対して、今後恐らくデート代も必要になる。親にいくらかせびることもできなくもないのだが、デート代をくれなどと余り情けない事はしたくない。それにクリスマスまでにプレゼント代も稼がないといけないのだから。
「――――いって! なにするんすかオーナー!」
「いや、なんとなくだ」
バシッと鈍い音がなる。
突然背中を叩かれたことに多少の不満を持つのだが、いつもならもう少し聞こえないように小言を言っているオーナーの理不尽さに対して、それほど気にならない程度に浮ついてしまっていた。
「(早く花音に会いたいな)」
店の掛け時計に視線を送ると、時刻は14時を差していた。潤がバイトを終える時間まであと三時間ほどある。
――――その頃。
「うーん、時間までどうしようかなぁ」
花音は家に居てもどうも落ち着かないので外に出てショッピングモールを歩いていた。
気候が落ち着いて気温もまだ温かさを充分に保っているので、ミュールを履いて花柄のワンピースに七分丈のデニムのジャケットを着ている。
特に買いたいものがあるわけでもない。
ふと歩いているところで本屋のガラスに映った自分の格好を見る。もうとっくに慣れた格好なのだが、慣れない物がそこに一つだけあった。首元に手を送りチャラっと小さな音を立てる。
「やっぱりこれ可愛いわね」
そこには修学旅行で潤からもらった桜と音符のネックレスがあり、早速身に着けていた。
仮に自分の名前と合致しなくてもそのデザインは素直に可愛いと思える。その上名前と合致するデザインのネックレスを好きな人から貰えたのだ。それが殊更嬉しかった。
「(こんな良い物もらっちゃって、私もまた何か贈り物したいな。次に贈り物をするなら一ヵ月記念とか?――――って何考えてるのよ、気が早いわよ!)」
一人で考えて赤面してしまう。自分が潤の誕生日で贈った物は、付き合っていなかったとはいえ、杏奈から提案されたラノベ一冊。釣り合わないにも程がある。その時点ではそれが出来うる最適解だと思ってのことだったのだが、それでもさすがにここまでの落差を考えると反省してしまう。
「本屋か……。ちょっと見ていこうかな。時間もまだあるし」
目の前が偶然本屋だったこともあり思い出してしまったのだが、せっかくなので立ち寄る事にした。
「えっと、この辺がそういう小説関係の本よね」
目的があって本屋に入ったわけではない。自然と足を運んだのは小説関係の文庫本とネット小説を元にした漫画本のコーナー。
「ふぅん、ほんとに色々あるのね。あっ、これってこないだ響花が勧めてきたやつじゃない」
手に取って眺めるのは修学旅行で響花に勧められたネット小説と同タイトルの物。『幼馴染と同棲することになりました』と書かれている。
「へぇ。面白かったし、それに絵が付くとまたイメージ変わるわね。せっかくだから買おうかしら」
ネット小説から書籍化した文庫本で、帯には『待望の書籍化!追加エピソードも複数あり!』と書かれたので、購入する事にする。
そして手に持ちレジに向かおうとしたところで突然後ろから声を掛けられた。
「あれ?花音ちゃん?」
「えっ?あっ、響花」
「どうしたの?こんなところで会うなんて珍しいわね」
「うん、ちょっとなんとなく、こないだ響花に教えてもらった小説が本になってたから買ってみようかなーって」
「ふぅん」
本をひらひらと見せると響花はにやにやしている。
「な、なによ?」
「いや、そうやってあたしが勧めてハマっていくのってなんか嬉しいから」
「そう?でも実際面白かったわよ?」
少し不気味な笑みを見て、どうして笑ったのか理解する。
「他にも面白いのあるから何か読みたくなったら教えてね!」
「うん、あっ、そうだ。響花今時間ある?」
そこでふと時間の確認をした。
「えっ?別にあるわよ?あたし暇だったから新作買いに来ただけだし」
「じゃあせっかくだからお茶しない?」
「あー、別にいいわよ」
「ありがと、じゃあちょっと待ってて。これ買ってくるから!」
「うん(あれ?あれって……)」
響花はふと花音の首元に視線を送るのは、花音が振り返り急いだことで胸元から覗いた花音がしているネックレスに見覚えがあるからだった。
「ごめん、お待たせ!」
「……ううん、それでどこに入るの?」
「? そうね、下の階に美味しい喫茶店があるのでそこにしましょうか」
響花の様子をどこか不思議に思うのだが、今の間で何があるわけでもない。そのまま連れ立って下の階に降りて喫茶店に入った。
チーズケーキに紅茶をお互い注文するのだが、響花の視線は花音の胸元にいっている。
「どうしたの?そんなに難しい顔をして」
「ううん。ただそのネックレス可愛いなぁって」
「あっ、これ?可愛いでしょ?凄く気に入ってるの!」
花音は嬉しそうに響花にはにかむ。
「自分で買ったの?それとも……誰かからの贈り物?」
「あー、いや、まぁ、その、そうね」
「…………そっか、花音ちゃん彼氏いるって言ってたみたいだしね」
響花は、「(あれ?なんかもやもやするわね)」と、それが誰からの贈り物なのかはおおよその見当が付いていたのだが胸の中にどこかしこりのようなものを感じる。それはこれまで経験した事の無いことだった。
「あんまり学校では言わないでよね?」
「えっ?あっ、うん、大丈夫よ。あたしそんなこと言う友達いないもの」
「私と凜がいるじゃない!それに潤や真吾君だって」
「そっか、ありがと」
ふと考え込んでしまっていたのだが、掛けられた声に思わずどきっとしてしまう。
「あとね、響花は可愛くなると思うのに、どうして何もしないの?」
「まぁ別に今は必要ないかなって」
「えー!勿体ない!いいじゃん、絶対意識した方が良いって!」
「いや、そりゃー花音ちゃんぐらい可愛ければ…………その可愛いネックレスも良く似合うと思うけど、あたしはどうかなぁ」
響花は敢えてそのネックレスと関連付けて疑問を口にした。
「えー?でも私中学の時は今みたいな感じじゃなくて、もっと地味だったんだけどね。その時の私だったらこのネックレスよりも見劣りするぐらいだと思うなぁ」
「えっ!?花音ちゃん中学の時地味だったの!?もしかして、あたしみたいに!?」
「あー、まぁ響花みたいにっていうのはわからないけど、でもほんとに地味だったの。あんまりオシャレに興味なかったしね」
「…………ふぅん」
「だからまぁ高校で変わった、みたいな?」
「そうなんだ(……そっか、花音ちゃんは中学の時あたしみたいな感じだったのね)」
「お待たせしました。 こちらに置かせて頂きますね」
そこで注文したチーズケーキと紅茶が運ばれてくる。
「わぁ、美味しそう!ほら、響花も食べよ!」
「うん、じゃあいただきます」
それから花音と響花は小説の話をする。響花は小説に関してほとんどどのジャンルでも話せるので、話す内容は花音が読んでいる恋愛小説の話に終始していた。花音の感性に響花が合わせるという形で話す。
響花も響花で、これまでそういったことをネット上でしか話してこなかったので、実際に話せることに対してこれまで感じた事の無い感覚を覚えていく。それはこれまで培ってこなかった、敬遠していた対人コミュニケーションである。
「あっ、もうこんな時間! ごめん響花、私そろそろ行かないと」
話はそこそこに盛り上がっていたのだが、花音が腕時計に目を送ると時間は16時を差していた。潤がバイトを終えるまであと一時間程度。
「うん」
「ありがと、楽しかったわ。ごめんね、無理言って付き合わせたみたいで」
「ううん、あたしも久々にこうして女子と話したけど、意外と楽しかったし」
「そう?じゃあまた今度今日みたいにお茶しようね!」
「うん」
花音はそこで「じゃあまた学校で」と声を掛けて響花と別れる。そしてショッピングモールを歩いて行った。
「じゃあ潤君が前に言っていた意識一つで変わることができた子って…………。それに、やっぱりあのネックレスって………………そっか、そういうことよね? そっかぁ」
花音の後ろ姿を見送りながら抱いていた疑問を確信に変える。
「あー、ちょっとだけ遅れるかなー。ほんとならちょっと早く行って潤がバイトしてる姿見るつもりだったのに。まぁそれはいつでも見れるから今日じゃなくてもいいわよね。響花と話してるの楽しかったし、知らない事いっぱい教えてくれるし」
予定外の出来事はあったが、それでも話し足りない様子を見せながら足早にル・ロマンに向かう。
そうして程なくして電車に乗って潤のバイト先であり、凜の家でもあるケーキ屋に着いた。中を覗いても潤の姿が見えなかったので、裏口に設けられている家の入口に向かって歩いて行き、インターフォンを鳴らした。
少し待つとインターフォンから凜の声で「入っていいよ」と聞こえたのだが、その声が花音には不満気な声に聞こえた。
「あら、やっぱり凜、ちょっと怒ってるのかしら」
怒っているその理由も恐らく見当が付いていて、当たっているだろうと思いながら家の中に入っていく。




