008 アルバイト(後編)
「今日も忙しかったな」
「まぁクリスマスが終わるとこの半分ぐらいだぞ」
「通常でこの半分とか繁盛し過ぎだろ」
翌日、閉店作業を手伝わなくても良かったのだが、何もしないわけにはいかないので真吾がやっている作業を手伝っていた。
「潤くん?」
「あっ、雪さん。お疲れ様です」
「そんなことまでしなくてもいいのに」
「いやまぁこいつら待つ間は暇なんで」
「そう?ならいいけど。それにしてもほんと要領いいわね」
昨日の今日で閉店作業を手伝っている潤を見て雪は呆れるように優しく微笑んだ。
「あの、昨日の雪さんのケーキ、妹のやつ凄く喜んでました。ありがとうございます」
「良かった。潤君は食べなかったの?」
「食べましたよ。凄く美味しかったです。お店の味と遜色ないんじゃないかと思いました」
「ふふっ、ありがと。けど、それお父さんの前で言ったらダメよ?当然だけど年季が全然違うし私自身まだ遠く及ばないと思っているんだから」
「そうなんですね、わかりました」
雪に感想を求められていたので杏奈が喜んでいたことをそのまま伝えると、潤にも尋ねてきたので食べた感想を伝えると嬉しそうにしながらも複雑な感想を抱いていた。店の味との違いというより、ケーキ自体の味の違いが一定以上になるとよくわからないので本当に遜色ないのではと思ったのだが雪が謙虚な姿勢を崩していないからこれ以上持ち上げたところで気を悪くするかもしれないと思ったのでそれ以上は口にはしなかった。
「あっ、そういやお前明日も来るだろ?」
「ああ、約束ではクリスマスが終わるまでって言ってたじゃねぇか」
「それなんだが……」
そこに真吾がバツの悪そうな表情をしながら明日のことについて話し始めたのだが途中で口籠る。短期のバイトとはいえ、クリスマスが終わるまでと言っていたのでいくらしんどくてももう来ないということはない。
何をそんな気にしているのかと思い、「なんだよ?」と確認する様に声を掛けた。
「……あのさ、すまんけど明日と明後日は俺と凜はいないんだわ」
「は?」
真吾は申し訳なさそうに明日と明後日は店にいないと言い、一瞬呆気に取られたのだがすぐに理由を理解した。
「そっか、明日がイブで明後日がクリスマスだもんな」
ケーキ屋がこの時期忙しいからという理由で応援という形で短期とはいえバイトに来ているわけだが、それを抜きにしても真吾と凜の関係は彼氏彼女の間柄だ。なので店にいないと言われても一定以上の納得は出来た。
「いや、俺はお前にバイトに来てもらったから明日も明後日も残るとは言ったんだが、今日親父さんがな……」
真吾は申し訳なさそうにイブとクリスマスに店にいない理由を話した。
要は普段から凜の家に出入りしている凜の彼氏の真吾なのだが、せっかく初めて付き合った最初のクリスマスを家の用事のせいで2人きりで過ごせなくなるのは悪いということだった。
それに潤が入る理由になったバイトの子が辞めた理由もそれなのでこの年頃の子にはよくある話なのだという。
理解があるといえばいいのかどうなのか、パティシエの親父がクリスマス時期に娘のためにというのは複雑な心境だろうという推測に至る。
「まぁ潤君が予想以上に使えるっていうのもお父さんが許可した理由よ?褒めていたわよ」
「そうなんですね、なんか過剰評価頂いているみたいですけど、ありがとうございます。まぁ友達が幸せになるための犠牲と思えば別に大丈夫ですよ」
どうやら潤がバイトに来たことで真吾と凜が2人で過ごせる余裕ができたみたいなので少しばかり複雑に思いながらもまぁ真吾と凜のためならいいかと思えた。
「あら、良いこと言うわね。でもそんなに張り切らなくても大丈夫よ、私はお店にいるしね」
「あっ、そうなんですね。雪さん綺麗だけど彼氏はいないんですか?」
「嬉しいことと悲しいことを同時に言って来たわね。残念ながらいないのよ」
「あっ、なんかすません」
「別に良いわよ、気にしないでね」
雪は店にいるらしいのだが、凜の話を聞いた後で思わず彼氏の存在の確認をしてしまった。凜は元気系美少女なので系統は違うとはいえ、雪も清楚可憐で相当な美人なので彼氏がいて当然と思ったのだが、口をついて出た発言は受け取り方によっては失礼になったかもしれないのだが雪は気にする素振りを見せずに笑顔で答えた。
「なになにー?なんの話をしているの?」
「潤に明日と明後日の話をしていたんだよ」
「あっ、そうだ!ごめんね潤!?」
そんな話をしているところへ着替え終わった凜が来て話に加わるなり早々に潤に申し訳なさそうにするのを問題ないとばかりに2人楽しめと声を掛ける。
「じゃあ雪姉を好きにしていいよ」
「おまっ、馬鹿じゃねぇの!?雪さんみたいな人が俺なんか相手にするわけねぇだろ!」
「あらっ、それは良い考えね。潤君良い子っぽいし、私は良いわよ?」
「「「えっ!?」」」
凜はあっけらかんと姉の雪を謝罪代わりに提供するとばかりに扱ったのだが、雪のような女性が俺なんかを相手にするわけないと思い少しばかり慌てるのだが、雪は値踏みする様に潤を見て「うん」と小さく放って言葉を続けた。
雪のそんな言葉を聞いて潤も真吾も凜も真顔になるのだが、雪もまた真顔になる。
「何よ?別に私と潤君は歳もそんなに離れてないし、潤君男前だし、そんなに不思議なことないじゃない。あるとすれば妹の彼氏が連れて来たってことだけぐらいじゃないかな?」
「いや、まぁそれはそうっすけど」
「うん、それはなんか私も複雑だな」
雪が真面目に話すその内容は有難いことにどうやら俺を評価してくれてのことらしいという程度に思う。雪の話を聞いた真吾と凜は冗談で言ったその話を雪が応対して話すことで現実味を帯びていくので複雑な表情を浮かべて苦笑いするのだが、潤は脳裏に浜崎花音のことを思い浮かべてしまっていた。
雪のような女性と付き合えたら男としては嬉しいし、まだそれほど雪のことを知らないが真吾と凜の様子から見ても良い人なのだろうということは容易に想像出来た。
そんな仮定の話、たらればを少しばかり想像するのだが、潤にとっては現実味のない話だった。
その話をそれほど深く話すことがないのはあくまでもたらればの話であって、その場にいた誰もが本気で話してはいないことはわかっている。
そうして二日目のバイトを終えて家路に着いて帰宅するのだが、帰りの自転車を漕ぎながら考えていたのは浜崎花音のことだった。別に毎日考えてはいないのだが、きっかけがあれば思い出す。
「―――あいつ、クリスマスどう過ごしているんかな?」
真吾と凜のクリスマスの過ごし方の話に加えて、潤と雪の仮定の話、クリスマス時期の短期のバイトをしている理由を併せると必然的に脳裏に思い浮かべた花音がどうしているのか気になってしまった。
だが連絡先も知らなければ当然どう過ごしているのなんて知る由もない。凜に聞けば連絡先ぐらい知っているだろうから教えてもらうことは可能なのだろうが、そんなことをして何の意味がある。
そんなことを思いながら悶々としながら帰ってからは風呂に入って寝るだけだ。
因みに、帰ると杏奈ではなく母親に文句を言われる始末だった。
「どうして昨日はあんたと杏奈のケーキがあって、今日はお母さんとお父さんのケーキがないのよ!」
と理不尽に怒られることになったのだが、それはル・ロマンのケーキを母親も楽しみにしていたからだった。
なら最初から前もって欲しいって俺に言っておいてくれよ。それかメールなりなんなりでメッセージぐらいくれといてくれ、と返したら母さんは手をポンと叩いて「なるほど、全く今は便利な時代よね」とだけ言っていた。