071 勇気ある行動
響花の連絡を受けた潤はわけがわからないまま走って駅に向かい、電車に飛び乗る。かなり汗をかいてしまうのだが、走ることでいくらか頭は冷静にすることができた。
三駅なのですぐに元居た駅に着くことになるのだが、駅に着くまでの間に冷静になった頭で先程の出来事を回想する。
「(花音が俺の為にその外見を変えた?なんでだ?)」
初めに浮かんだのは、やはり中学のことがきっかけなのかと頭の中を過るのだが、考えても正解は出てこない。他の可能性としては発言を見返す意図もあるのではないのかと思う。こればかりは本人に確認するしかないのだが、今になって思う。あそこで聞いておかなければ今後どうやって聞いたらいいものなのか…………。
「しまったな。テンパって勢いで逃げてきちまったけど…………どう思われたかな」
いくらなんでもあの状態で立ち去るのはさすがにどうなのかと思うのだが、やってしまったものは仕方がない。情けないなとは思うが、そうなると問題はこの後どうするかだ。
「はぁ、やっぱ呆れられただろうな」
しかし、状況を考えると溜め息しか出てこなかった。
そうして程なく商店街のある駅に着いた。
歩いて十数分なのだが、あまり遅くならないようになるべく早くに向かう。
商店街に着く直前に響花に場所の確認をすると、丁度手前の喫茶店に入っているとのことだったのですぐに合流するために喫茶店に入る。
「おぉ、深沢、こっちだこっち。 遅かったな。腹の調子はもう良いのか?いくら修学旅行だからって羽目を外して食べ過ぎるなよ」
「……ははっ。 はい、すいません(こいつほんとに腹痛にしやがったな)」
立花先生に声を掛けられ、響花の横に座りながらもう少しマシな言い訳を用意できなかったのかと睨みつけると、響花は響花でにやりと笑っていた。
「何か飲むか?せっかくだから奢るぞ。それとも腹の調子が悪いなら控えとくか?」
「あっ、いえ大丈夫です。ありがとうございます。じゃあせっかくなのでカフェオレで。時間が掛かったのは、ちょっと前に腹痛は治まっていたんですけど一人でゆっくりと見て回ってまして」
「そうか、けど早く来てくれないと先生まるで水前寺と援助交際しているみたいに見られるじゃないか」
「いやいや、こんな人目に着く場所で堂々と援助交際する教師なんて見たことないですよ!」
いくらなんでも冗談が過ぎるだろ。――――いや、他人のことは言えなかった。俺もついさっき見た目の状況だけで相当な勘違いしたじゃないか、と猛烈に反省してしまう。
「さて、これで全員揃ったことだしそろそろ移動するか。時間的にあと一ヵ所ぐらいしか回れないかな?」
「はーい」
一息ついて落ち着いたところで立花先生の声で立ち上がり移動することとなった。
そうして時間も多く残ってないので周辺の神社などを散策することになる。立派な鳥居が数多くあって、中々に厳かな空間を演出しており、本来ならもっと感じるところもあるのだろうが、今は他のこと、花音のことしか考えていない。
そんな中、その途中で響花が声を掛けて来た。立花先生は周囲を感心するように見ている。
「ねぇ?」
「ん?」
「それで、帰って来てから何も教えてくれないけど、一体何があったの?」
「あー、いや、実は、花音がちょっとだけ行方不明になったから、俺も探しに行ったんだ。ただ、俺が向こうに着いた頃にはもう連絡がついて何もなかったんだけどな」
そういや響花にはちゃんと伝えていなかったなと。響花の協力があってこそ何事もなくここに戻って来られたのだから。もし抜け出したのがバレていたら今もこんなにのんびりと過ごしていられなかっただろう。
「ふぅん、そうなんだ。でも事故とかじゃなくて良かったわね」
「まぁ、そうだな……。 (事故……確かに事故や事件じゃなくて良かったよ。違う事件は起きたけどな)」
そして事件はまだ解決していない。
「よし、そろそろ帰ったら丁度良いぐらいの時間だな。じゃあ帰るぞ」
「はい」「はーい」
帰りは立花先生も潤と響花と並んで帰ることになり、話題となったのは立花先生の身の上話。
結婚五年になる立花先生が実は潤達の学校の卒業生だということをそこで初めて知った。
「先生奥さんと付き合ったの、修学旅行の時なんだ」
「へぇ、そうなんですね。どっちから告白したんですか?」
「それはもちろん先生の方だ。奥さんは奥手であまり積極的じゃなかったからな」
「じゃあ先生もジンクスに乗っかったってことなんですね?」
「まぁそういうことになるのかな?」
立花先生と響花が話している内容が、潤にとってタイムリー過ぎて胃が痛くなった。普段教室で物静かな響花なのだが、少人数だと意外とコミュ力を発揮していて聞かなくてもいいことを聞いている。
「お前達を見ていると懐かしくなるな。先生は立場上勧めることはできないけど、今しかできないことは今やっておくべきだぞ」
「今しかできないこと、ですか。そうですよね、若い内しかできないことってありますものね」
「なんか含みのある言い方するな。先生もまだ若いんだぞ?」
響花が立花先生を見上げながらオウム返しするのを立花先生は苦笑いする。しかし、潤はその言葉を頭の中で反芻して咀嚼する。
「(…………今しかできないこと、か――――)」
何故か背中を押された気がした。
そうしてホテルのロビーに着いて立花先生から「今日は班行動できなくて残念だったが、まぁこれも滅多にない良い経験が出来たと思え。先生から学年主任に今日の内容を報告しておくから、明日はたぶん大丈夫だと思うぞ。ただ、今晩こそちゃんとルールを守れよ」と励ましと忠告の言葉を頂戴した。なるほど、良い先生だ。
ロビーで響花とも簡単な言葉を交わし別れて潤は部屋に戻る。
まだ誰も帰っていないので多少考える時間ができたのがありがたかった。一人になれたことでゆっくりと考えをまとめることができたのだから。
ベッドに横になり、天井を眺めながら考えに考える。そうしておもむろにスマホを手に持ちトークアプリを展開して文字を打つ。
少しすると廊下から騒がしい声が聞こえて来た。すぐに真吾達が帰って来たのだとわかった。
「おぉ、潤、もう帰ってたんだな」
「おかえり」
真吾は部屋に入るなり潤に声を掛けながら近付いて来て耳打ちする。
「今日はすまんかったな」
「ああ、別に気にするな。一応収穫もあったしな」
「収穫?」
「まぁ全部終われば話すよ。たぶんそんなに時間はかからないと思う」
「そっか、じゃあ待ってるわ」
真吾とはそこで簡単に話を終える。
それから夕食と入浴を終えるのだが、花音とは食事の席で目が合っただけですぐに逸らされた。会話などはできようはずもないのだが、今は気にならなかった。
食事のあと、他の女子も含めて、姿はロビー付近でしかほとんど見ないのは基本的に交流を禁止されているのだから。
そうして入浴を素早く終えると、昨日同様21時までの自由時間になる。
潤はホテルの非常階段に腰掛けていた。その格好は昨日の響花に習ってホテルの浴衣姿に扮している。この非常階段に移動するのに目立つ格好をしたくなかったのだ。
「――――さてっと、問題は来てくれるかどうかだな」
そうして手に持っているスマホの時刻を確認する。現在の時刻は19時35分となっている。
時刻を確認したあとはトークアプリを開く。特に操作する気はないので画面を眺めるだけなのだが。
アプリの画面には花音の名前が記されており、先に潤が送った内容が表示されていた。
『ごめん、急で申し訳ないんだけど、どうしても今日話したいことがあるから、下の地図のところまで来てくれないか?移動方法はホテルの浴衣を使えばバレにくいと思うけど、そっちに任せる。時間は19時30分ぐらいがいいな。待ってるから』
そう書き込まれて下にはホテルの地図が貼られており、潤が今居る非常階段のところが赤く丸で囲まれている。
非常階段自体はホテルの端にあり、潤達が利用している学生達が固められた区画とは正反対の、一般のお客さんが使うところで、今回の修学旅行ではここに立ち入ることは禁止されていた。
しかし、そうしてまでも二人きりで話がしたかった。しなければならない気がしたので花音を呼び出すメッセージを送っている。
もし禁止エリアに入っていたことがバレたら今度はどうなるのかわからない。それでもどうしても今日じゃなければタイミングを見失ってしまう予感しかしなかった。花音にもリスクを背負わせることになるのだが、それに応じてくれればもしかしたら――――。
伝えるべきことはもう決めてある。ここまでするのだからここで尻込みはできない。
そうして無言で考えるのだが、映し出されている画面に既読の文字はついていても返事はない。
それでも今潤にできることは、花音がこの場に来てくれることを信じて待つだけだった。
時刻は19時45分、予定の時間を15分過ぎている。まだ待つ時間は十分にあるのだが、1分経つだけでも妙に焦りを覚える。
そうして、ふと非常階段に向かう扉に目を向けると丁度扉が開かれるところだった。




