064 修学旅行二日目
――――翌日。
「潤、お前ほんとなにやってんだよ……」
「俺が一番反省……ってか後悔してるよ」
「まぁ今日ちゃんとしていれば明日は自由にできるみたいだし仕方ないな。この話、花音ちゃんには?」
「言ってない。真吾から言っておいてくれ」
どうして花音に言うことができるのだろうか。『ごめん、俺今日一緒に回れなくなったんだ』ってわざわざ花音にどういう理由で言う必要がある。いや、友達だから別に言えることは言えるのだが、言いたくなかった。
昨晩、規定時間を越えてしまったことはもちろんなのだが、女性と共にいただけでなく腕を強引に引っ張っているところを教師に目撃されてしまったのだった。
その場で言い訳をしようにも、響花は変装して出てきている。どう伝えたらいいものかわからず思わず口を噤んでしまった。
教師は響花が生徒だということに気付かず、変装していた響花にただ謝罪をしているのは自分のところの学生が迷惑を掛けたのではないかという理由からである。
響花もどうしたらいいかわからないのだが、潤は自分以上に響花の方がより問題があると判断した。
必死に目配せしながら「すいません、先生。俺がこの人に話し掛けたんです。ちょっと夜風が気持ち良すぎて修学旅行の気分と合わせて調子に乗りました」と言うと、響花は目を見開いた。そうして口を開こうとしたのだが、上手く言葉を選べず、結果教師は潤の後頭部を押さえながら一緒に深々とお辞儀をして謝罪したのだ。
そのあとすぐにホテル内に連れ戻されて処分を検討される。潤は部屋に戻ってその処分の内容が決まるのを待った。寝るだけなのだが、ほとんど寝られない。どういう処分になるのか想像もできなかった。
そして朝になり処分の内容が伝えられる。夜には決まっていたのだが遅くなったので朝に報告したとのこと。寝られなかったんだから決まった段階で伝えろよと思ったのだが潤の方に非があるので不満も筋違いではあるのだが。
そうして決まった処分の内容が、二日目の自由行動を班行動ではなく教師と一緒に行動するということだった。
「はぁ、まぁ仕方ないか。せっかく響花が花音や凜と仲良くなったのに俺みたいになったら悪いしな」
一人取り残されたホテルの部屋で仕方ないと割り切る。この程度と思えばこの程度である。
花音と修学旅行を一緒に回れるかと思い楽しみにしていたのだが、こればっかりは過ぎたことだ。出来る中でも最善を選んだつもりではある。
ただ、どうしても心残りがあった。
「……花音、今日誕生日なんだよな」
凜が言っていたことなのだが、聞こえてはいたものの、そもそも知っていた。
中学のあの頃、子供の様なくだらない言い合いをしていた時だ。
『ほんと深沢君って口は達者よね!』
『まぁ絶対俺の方が年上だからな』
『わからないじゃない、誕生日いつよ?』
『8月20日だ』
『あっ――』
『んー?浜崎はいつなんだよ?』
『……10月……2日』
『よしっ!はい俺の方が年上ー!』
『そういうところが子供なのよ!』
「今日だもんなー。まぁプレゼントどうしたらいいか結局決まらなかったし。今回は丁度良かったのかもな」
一応今日を迎えるまでにあれこれプレゼントをどうしようかと考えはした。しかし、彼氏がいるらしい今の距離感で何を渡したらいいのかわからないまま当日を迎えている。
都合の良い解釈をするものの溜め息が漏れ出る。
そこで部屋をノックする音が聞こえてすぐにドアが開かれた。
「深沢ー、いくぞー」
「はーい」
今日行動を共にする教師が迎えに来た。教師陣の中でも三十代前半で若い方に当たる。面倒見が良く、顔立ちも良く男女問わず生徒から好かれている。ちなみに既婚者である。
他の学生と出発時間を一時間遅らされているのは周囲の目もあるためだ。潤の本日の動きを同室者は当然知ってしまっているのだが、きっとすぐに噂は広まるであろうことは覚悟している。しかし内容は曖昧にしか伝わらないはずだ。
まぁそれは仕方ないと覚悟しており、ダメージもきっと少ないと思うのは噂と事実が異なるためだ。修学旅行が終われば真吾や凜には話そうと思うのだが、気になるのは響花が話すとしたらどう話してしまうのかだった。思い悩んでいなければいいのだが、と少しばかり心配しながら移動しつつホテルのロビーに着く。
「ちょっとフロントに行って来るからここで待っててくれ」
「わかりました」
「まぁあんまり気にするなよ。若い内は色々あるからさ。こういうのも一つの経験だと思えばそれほど辛くないさ。歳を取れば笑い話に変わるって」
そうして声を掛けられることにいくらか救われる。なるほど、好かれるはずだ。きっと素で言っているのだから。
五分程待つとその教師、立花先生が戻って来る。
「よしっ、じゃあ行こうか」
「はい。 ん?あれって―――」
立花先生が戻って来ると同時に立ち上がっていたのだが、先生の背後、その奥に見える場所、エレベーターがある場所から人影が出て来たのが見えた。その人影は見るからに潤と同じ学校の制服を着ているのはすぐにわかった上に、その女子が誰かもすぐにわかった。
「ちょ、先生、あの子―――」
「ん? おぅ、もう具合は良くなったのか水前寺」
「はい、少し休めば調子良くなりました。ご心配おかけしましたようで申し訳ありません」
そこに近付いて来たのが、潤がこうして別行動をすることの要因の一つである女生徒なのだから。ただ、その見た目は昨日の夜と違い、いつも通りのやぼったい髪型の響花だ。
そんなことよりも気になることがある。どういうことなのか理解できない。あれ?もしかして響花もバレたのか?と考えたが、いや、それにしては立花先生の様子にそういう節は見られない。それどころか体調を心配している様子も見られる。
一体どういうことなのか。
「それで、先生、みんなもういっちゃいましたよね?」
「んー、あー、そうだな。ちょっと待ってくれ」
立花先生はすぐにポケットからスマホを取り出し、潤達から距離を取ってどこかに電話を始める。
そこでやっと響花に話し掛けることができた。
「お、おい!どういうことだよ!どうして響花がここにいるんだよ!お前、もしかしてバレたのか!?」
「んーん、違うわよ。朝ね、潤君が立花先生と一緒に行動するってことを先生たちが話しているのを聞いたのよ」
「それで、なんで」
一言聞いただけでは理解出来ない。
「えっ?そんなの体調が悪いって―――ま、まぁいいじゃない、女の子には色々あるのよ。そんな感じで先生に話して部屋で休んでいたのよ。あとはタイミングの問題だけかな」
「えっ、いやお前体調悪いってそんなにひどいのか?」
「んーん、嘘だよ」
「おまっ!そんな嘘がバレたら――」
「バレるわけないでしょ」
思いっきり笑う響花を見て思い直す。よくよく考えたらどうやって確認するんだよと我ながらテンパっているなとそこで自覚する。
「ってかそもそもそういうことじゃねぇって、どうしてそんな嘘ついたんだよ!」
理由がわかっていてもつい質問してしまう。ただ確認したいだけなのだから。
「そんなのあたしのせいでせっかくの修学旅行を潤君だけこんな風になんてできるわけないじゃない。だからこうすれば一緒に行動できるかなって」
俺が誰のためにこんなことしたんだよ、と響花の行いに衝撃を受けるのだが、同時にめちゃくちゃ嬉しかった。
色々と思うところはあるのだが、その気遣いだけで何故か気分が高揚する。割り切っていたつもりなのだが、思っていた以上に花音たちと回れなかったことに気分は沈んでいたのかと。
そうして話していると、立花先生が戻って来た。
「今学年主任に確認したら、もう仕方ないから俺が水前寺も一緒に見ることになった。すまんな水前寺」
「いえ、大丈夫です」
「そうか、というわけで深沢、水前寺も一緒に行動するからな」
「よろしくお願いしまーす」
振り返って潤に挨拶する響花は明らかに悪い顔をして笑っていた。まるでいたずらが成功して喜んでいる子供の様な。前髪で表情を上手く確認できないのだが、断言できる。こいつは内心で笑っていると。




