063 響花の過去
「あたしね、小学校高学年……五年生だったかな。その時に引っ越して来たの。小さい頃は割と近所の人に声を掛けられていたことを薄っすらとだけど覚えているなー」
思い出すように、振り返るようにして話す響花の過去、水前寺響花の幼少期は活発な子供だった。
容姿が整っているのは子供の頃からであるが、その容姿に期待した親は服にもこだわり、髪型も親の言う通りにするのはいかにも小学生らしい。そういったことに興味が湧かなかったのだが、唯一興味があるもので自発的に何か欲しいということといえば小さい頃から読んでいる本ぐらいだった。それ以外は親の言うことはなんでも聞いていた。
そうした響花は自然と近所の人にはいつも可愛いと言われ、元気に挨拶をするほどだった。
そんな響花に変化が起こったのが小学五年生。ある程度周囲との人間関係に変化が訪れるこの頃、響花には仲の良い同性の友人がいた。
『響花って可愛いよね』
『そんなことないよ。愛美ちゃんの方が可愛いよ』
『ふふっ、ありがとう』
響花に笑いかける少女は響花の家の近所に住んでいた。幼い頃から共に育った愛美とは通学を一緒に行い、よく遊んでいた。
小学生らしい格好で二人とも可愛らしい女の子だったのは間違いない。周囲の声がそれを証明している。
「うん、それでその子と何があったの?」
「うん」
「言いたくなかったら無理しなくていいんだぞ?」
「ううん、大丈夫。もう終わったことだし。それにその子とっていうか、あたしが勝手にそうしただけかな?もっと上手く立ち回れる子もいるだろうし」
そうして響花は少し苦い顔をして笑った。
『響花は佑君のことどう思ってるの?』
『えっ?小野?別になんともないけど?』
『じゃあ、愛美、佑君に告白してもいいよね?』
『うん、いいよ。頑張って!』
突然幼馴染の愛美から掛けられた言葉に驚いたものの、返した言葉に嘘はない。間違っていない。間違っていたのはその後の対応だった。
その頃、より活字に興味を持ちだした響花は色々な小説に触れ始めていた。実際にはない世界でも、想像力一つだけで世界が大きく広がっていくことに楽しみを覚えていた。
『えぐっ、えぐっ。響花ぁ、私振られちゃった』
『そっか』
響花の部屋で涙している愛美。その日も変わらず読書に夢中になっているのはもはや日常のことだった。愛美と過ごす時のこういったことは常日頃の様子。
『どうして響花は愛美の話をそんな風に聞いていられるの!?愛美の気持ちを考えてよ!』
突然声を荒げられて驚き愛美を見る。その眼は真っ赤に腫らしており、泣き続けたことが窺える。今思えば態度は少し悪かったなと反省はしている。
『いや、だってあたしにできることないでしょ?』
『そうだけど、佑君、響花のことを好きだって言ったから』
『えっ!?』
驚き戸惑ってしまった。
『けどね、そうじゃないかって思ってたの。だから響花が佑君に興味ないってことも佑君に伝えたんだけど、ダメだった』
『そっか』
『響花なら佑君と付き合ってもいいわよ』
『あたしが小野と?ないない』
事実、小野佑に対して恋愛感情などという気持ちは一切なかった。
笑って流したのだが、数日後その小野佑から告白されることがあった。当然答えは振るという選択肢しかなかったのだが、小野から返って来た言葉が響花の胸に残った。
『なんでだよ!俺はお前が好きなんだ!』
『でもあたし興味ないしそういうの』
『俺が愛美を振ったからか!?』
『そういうのじゃないんだけどなー』
どうということのないその言葉なのはその時点では何も思わなかった。
しかし、翌日学校にいくと、あることないこと噂される。
『響花、小野のこと振ったんだって。愛美かわいそー』
『佑のやつ愛美のこと振るのにどれだけ悩んだか知ってんのかな?』
『自分のこと可愛いって思ってるんじゃないの?』
直接的な攻撃をされたわけではないのだが、聞こえてくる声は気分の良いものではなかった。学校自体はそれなりに楽しかったのだが段々と友達付き合いが億劫に感じるようになる。愛美は申し訳なさそうにしていたのだが、独力では何もできず、周りの子に促されるまま響花と距離が開いていく。
その結果、好きな本によりのめり込むことになった。本は余計な口出しをしてこない。むしろその無限の世界観に圧倒された。
それから一月後、突然転校することが決まったのは親の都合なので仕方のないことだし響花自身も煩わしい関係にリセットができるのを少なからず喜んだ。
そうして転校したのだが、そこで思い立ったのは今のスタイル。
『そうか、誰にも告白されないようにすれば問題ないんじゃ?』
子供だからそういう発想に至ったのだが、元々読書が好きなのでそれ自体は継続することになる。それ以外を変えることにした。人目を惹く容姿を隠すように地味な髪型と服装。眼鏡は読書のし過ぎで悪くなったのはたまたまなのだが結果好都合と捉えて地味な眼鏡にして、前髪だけは伸びるのに時間が掛かるので諦めて待つことにした。
転校を機に一気に見た目を変えて、結果として転校先ではその地味な見た目から誰かに積極的に声をかけられることがなく暗い奴という印象を植え付けた。最初は話し掛けられることもあったのだが、親しくなることがなく、友達もできなかったので休み時間はもっぱら本を読むことに集中することになった。
一時期、両親はそんな響花を心配していたのだが、学校には毎日きちんと通っているし、教師に聞いても問題はなかった。心配ではあったのだが、響花自身が望んだことなので受け入れる辺りある程度子供の気持ちに合わせてくれていたのだろうと今では思っている。もっと怒られたり心配されたりしても仕方なかったなと振り返ると思う。
その後、中学になってもそのスタイルは変わらなかった。その頃には思春期の恋心も多少は理解して容姿をどうしようかと考えたこともないことはないのだが、もうこのスタイルが定着してしまっている。
必要になればその時に力を入れればいいと考えた。興味があるわけでもなかった。
「そっか、じゃあ慣れないその素顔をまじまじと見られるのが恥ずかしかったってことでいいのか?」
「まぁ、はい。そういうことになります」
潤は大きく息を吐く。
一通りの話を聞いて安心したのだった。
「なんだ、そっか。悪いことしたとは思ってるけど、俺が思ってた理由じゃなくて助かったよ」
「潤君が思っていた理由って?」
「いや、外から見たら強引に迫ったんじゃないかって怖がらせたかと思ってさ」
確かに顔を見る為とはいえ、腕を掴んで力を入れたのだ。人によっては怖くなっても仕方ないと思う。
「あー、いや、そういう風に考えてなかったから怖いというかやっぱり恥ずかしいかな?やっぱあれだけ近くで顔を見られることって今までないから――――」
無言の時間が流れる。確かに近かった。そして近くで見る響花の整った顔はやはりというか、もの凄く綺麗だった。
「そ、それでさ、俺に何かしてやれることあるのか?って、今の話だと別に何もないのか?」
最初の話、何か手伝えることがないのか確認するのだが、響花は首を傾げて考える。
「うーん、まぁそうね。 あたしが潤君のことを好きだったら話は変わるかなー?」
「えっ!?ごめん、後半ちょっとよく聞こえなかったんだけど?俺のことなんだって?」
「ううん、なんでもないわ。気にしないで。それよりもそろそろ戻らないとまずいんじゃないの?」
「確かにそうだな―――って、やべっ!時間過ぎてるじゃないか!早く戻らないと明日の自由行動に制限が付いちまうぞ!ほらっ、響花も早く!」
慌ててスマホで時刻を確認するのだが、時既に遅かった。予定の時間を15分程過ぎてしまっていた。
早く戻らないとと思い、響花の手首を持って立ち上がらせたところに、更に追い打ちをかける事態が発生する。
「おい!深沢!やっと見つけたぞ!こんなところで何してる!? それにそっちの女性はなんだお前!」
潤を探しに来た教師に見つかってしまうのだった。




