062 予想内と予想外
「えっと…………響花……だよな?」
恐る恐る確認する様に声を掛けるのは、目の前にいるのが響花だということを断定できずにいるからだ。それほどのギャップを生んでいる。
「何言ってるのよ?見てわからないの?あたしに決まってるでしょ?」
「いやいやいやいや、ちょっと待て!今ので確定したけど、お前それ――――」
「ん?あぁ、これ?そっか、忘れてたわ。だってジャージだと外に出るのにいちいち申請しないといけないでしょ?こうすれば一般のお客さんに紛れ込めるかなーって。案の定誰も気付かなかったわよ」
髪をくるくる巻き取る様に触りながら意地悪い笑顔を浮かべるのは、見事に思惑通りにいったという様子を見せている。
確かに最近よく話すようになった潤でさえも気が付かなかったのだ。クラスの中で地味で大人しい響花が変装といっていいものか素顔といったらいいものか、こんな普段とかけ離れた姿をしていれば気付かなくても無理はない。
「ってか、潤君はその格好を見る限り…………はぁ、素直に従ったのね。潤君は真面目よね」
「当たり前だろ!そんなもんバレたらどうなると思ってんだよ!?ってか、それもそうだけど、なんでまたそんな格好してこんなところにいるんだよ!?」
「そんなものバレなければいいのよ。見ての通り読書よ。こういう落ち着けるところで読書するのって凄い没頭できるのよね」
「…………」
呆れて物も言えない。そんなことでわざわざこんなことをするのかと。いや、元々こいつはこういう奴だろうなと思い直したのは、学校に通う意思があるにも関わらず睡眠時間を削って読書に費やす奴ではないかと、すぐに頭を振った。
「まぁせっかくなんだし、そんなところで立ってないで座ったら?」
「ん?あ、あぁ、じゃあ」
促されてベンチを少し開けられて空いたところに座ろうとするのだが、いつもなら遠慮なく座るその隣の席に座ることに妙な緊張が走る。
それ程大きくないベンチ、二人が腰掛けてあとは子供が一人座れるくらい。両側に肘掛けがあることが余計に圧迫感を生む。
そうして座りながら響花の横顔を見ると、やはりといった感情が湧く。
「(こいつ、すっぴんだよな?やっぱちゃんとすればめちゃくちゃ可愛いじゃねぇか)」
初めて見たその素顔。いつもはその綺麗な目を髪の毛が隠しており、眼鏡と三つ編みを合わせてやぼったい感じをだしているのだが、ことここに至ってはそれを全て取り払っていた。
「あのさ?」
「なに?」
声を掛けると、振り向いた横顔から正面に捉える。その綺麗な顔を正面で捉えたことで先程よりも近いその距離にどこか鼓動が早くなるのを感じるのだが、響花は意に介していない様子を見せている。その姿勢のおかげで普通でいられることに助けられるのだが自覚はない。
「いや、響花って、なんで普段からそうしないのかなって」
「そうしないって?」
「その顔というか、ほら今はコンタクトか?それに髪の毛も綺麗に纏め上げているじゃねぇか。お前、やっぱめちゃくちゃ可愛いぞ?」
ある程度想定していたとはいえ、想定していた以上の美少女っぷりに驚きを隠せない。ただ、そこに恋心があるわけではないので美少女と一緒にいることの胸の高鳴りは覚えつつも、思ったことは素直に口に出せた。
――――数秒、響花は何を言われているのか受け止めるのに時間を要した様子で、理解と同時に顔を真っ赤にする。両腕で顔を隠すその仕草もあって、明らかに恥ずかしがっているのは容易に見て取れた。
「いや!違うのこれは!」
「何が違うんだよ!おい!隠すなって!ちゃんと見せてみろよ!」
せっかくそうした方がいいと言ったのは親切心からなのだが、響花の反応に納得ができない。何故隠してしまうのか。もったいなさが上回りつい強引な態度に出る。
顔を隠された腕をしっかりと掴んで強引に顔を曝け出させてしまった。
いつもの調子を見せないで恥ずかしがっていることに多少は面白さ半分もあったのだが、数秒後にそれは後悔に変わる。
掴んでいた両腕、男と女の腕力の違いだ。すぐにその顔をもう一度拝むことはできた。
だが、響花の目尻にはうっすらと涙が溜まっており、視線は合わない。逸らされる。
「わ、悪い!そんなつもりはなかったんだ!」
「ち、違うの!潤君が悪いわけじゃないの!あたしの気持ちの問題だから!」
「えっ?気持ちの問題って?」
「…………うん」
調子に乗って泣かしてしまったのかと思い罪悪感を覚えてすぐに謝罪したのだが、響花はその言葉を否定する。
否定の言葉を受けても理解できない。それでもこの状況をどうしようかと思うのだが、続けられる言葉を持っていなかった。
この場を去るわけにはいかないのは、そんなことできるはずがない。女の子を泣かして立ち去るなんてどんだけクズ男なんだよと思うが「(まぁもう既にクズかな)」と調子に乗った結果が示していた。
しばらくの沈黙がその場を支配する。居心地はかなり悪い。自分のせいなのだが。
「…………」
「……あ、あのね……」
沈黙のあとから発せられた言葉にしっかりと聞き耳を立てる。何か事情があるにせよ、そうすることしかできないのだから。
「ごめんね、急にこんなことになっちゃって」
「いや、ごめん。響花が謝ることじゃないよ。絶対に俺が悪いからさ」
「ううん、さっきも言ったけど違うの」
「違うってどういうことだよ?それ俺が聞いてもいいのか?」
謝罪をする響花の気持ちがわからない。
「聞かないと気分悪いでしょ?」
「まぁ気分が悪いというよりは、こう、なんかしてやれないかなって」
「ふふっ、やっぱり潤君は優しいね」
笑いかける響花に対して表情を難しくさせる潤。
「そんなことないよ。ただ相手のこと考えられずに泣かせただけだって」
「相手の気持ち全部理解なんてできるわけないじゃない。そんなことできる人なんていないわよ」
「いや、そらそうだけど」
「だから私は一人でいるのよ。本の世界に夢中になってるの。あんまり人と関わらないようにっていうのは言い方としては誤解があるかな?」
そうして潤は響花の過去、今のような格好をすることになったきっかけの話を聞いた。




