061 修学旅行一日目
海沿い、山間部、都会の中、と新幹線は進んでいき、目立ったトラブルもなく駅に着いている。
そんな修学旅行の初日、その行動は学年全員で同じルートを辿っていくことになっていた。
ただ、駅から用意されたバスにそれぞれ乗り込んで宿泊予定のホテルに着いてすぐに荷物を下ろすところまではどのクラスも同じなのだが、違うのは昼食を食べる場所。クラス毎に入る店は違っており、共通しているのはご当地食材を使用した料理を食するということになる。
そして潤達が宿泊するホテルはそこそこに大きなホテルなのは、一学年四百人程いる上に教師も合わせればそれ以上になるのでそれ相応になる。
そうした中、早々に昼食を終えて移動した先は、初日最大の目的地でもある大きな寺院に着いた。
「ほー、これがかの有名な日本有数の寺かぁ」
「だなぁ。最初駅に着いた時はあまりにも街中過ぎてどうしたもんかと思ったけど、こうやって現地に来たら結構くるもんがあるよな」
潤と真吾がそう話しているのはその日本有数の寺のことはテレビ画面や教科書などを通じて何度も目にしており、実際に足を運ぶと寺の周辺の構造物の印象が想定以上に普通の街だったのだ。
それでもその寺の敷地内に入るとそれなりに感動する要素が十分に感じられる辺りに日本有数だと言われる所以なのだろうという風に実感した。それほどの造形美とどこか歴史を感じる部分がある。
「まぁけど、観光客が多いから風情も何もあったもんじゃないけどな」
「俺達もそういう風に見られてるって。修学旅行生なんて集団で動くから絶対に鬱陶しいだろ」
「そんなこと言ったって俺達に責任はねぇよ」
「つまり観光地なんてそんなもんってことだ」
「潤は妙に達観した思考をしてるよな」
「そうか?」
感じる部分はあるのだが、観光客の多さがそういった感じる部分を少しばかり阻害しているのだが、こればかりはどうしようもない。
そうして程々に寺院の見学を終える。
ただそれでも普段見ない環境と景色に一定以上の満足はする。他の学生達の反応は似たようなものもあれば大満足している者もいれば暇そうにしている者もいる。あくまでも規定のコースに従っているだけなので興味の幅もそれぞれだった。
そうしてそのあとは周辺の散策をいくらか行い、時間になるのでバスに乗り込みホテルに戻った。
自由のない他愛の無い一日を終えようとしている。
ホテルに戻ってからは入浴をクラス単位で行い、夕食は宴会場をだだっ広く使って盛大に行われているのだが羽目をはずすこともない。そうして食事を終え、各自のびのびと寛いでいた。
ホテルの部屋は五人一部屋になり、男女が別々の階になるのは不純異性交遊を避ける為の至極当然の対応である。
「なぁ、潤も大富豪するか?」
「んー、いやちょっと辺りを散歩してくるわ」
高校指定のジャージを着て部屋を出る。
「女子の階は先生が見張ってるから行けないぞ?行くならもっと夜じゃないと」
「行かねぇよ!今問題を起こしたら明日の自由行動なくなるじゃねぇかよ!」
入浴だけはいくらか高校男子独特のバカ騒ぎをして多少教師に怒られはしたものの、その程度では罰則はない。
真吾は同室者と他の部屋から合流した生徒と一緒になってトランプで遊んでおり、既に部屋の中は十人以上いて賑やかになっていて、落ち着かないといえば落ち着かない。
潤も少し前までは一緒になって遊んでいたのだが、ふと学校でもできるトランプで修学旅行を埋めてしまってもいいものかと思い散歩をすることにした。せっかく知らない土地に来たのだからこの空気を楽しまないと勿体ない。
自由行動なのでお土産コーナーや21時までなら外を出歩いてもいいことになっている。もちろん教師に申請する必要はあるのは防犯上の理由なので納得しており、ロビーにいる教師に外に出る申請をしてホテル外に出て夜風に当たった。気温もだいぶ下がり、夜の風が妙に心地良かった。
そうしてホテルの庭を気分良く散歩しているのだが、広々と造られたその庭はまるで日本庭園の様に見事な様式美を演出している。その綺麗さに感嘆してライトアップされた木々を眺めながら歩いていると庭園の中でも一際明るい街灯に照らされた一本の大きな木に辿り着いた。
「いやぁ、さすがにこれは壮大過ぎるだろ」
大きな木を見上げるのは近付いて初めてその木の大きさを確認した。
そして見上げていたところから視線を落とすと木の裏にベンチがあることに気付く。
「やっぱこれだけの場所だからのんびり過ごせるようになってるんだな」
独り言を呟きながらせっかくだからベンチに腰掛けてのんびり過ごそうかと思い木の周りをぐるっと回り込んだら薄っすら人影が見えた。
「(あっ、残念。もう人がいたんだな)」
見えた人影は一人。もう木を回り込んでしまっており、そこそこに足音を立ててしまっているのでこれで逃げたら流石に気を悪くするかもしれないかなと思いながら歩いて通り過ぎようとすると、そのベンチに座っている人に思わず目を惹かれた。
「(はぁー、綺麗な人だな。浴衣姿だからここに泊まってるお客さんだろうな)」
横目に見えたその女性、ホテルの浴衣を着付けて綺麗な黒髪は後頭部でアップされており、その髪留めも和物で美しい。長い前髪は横に分けられヘアピンでぴしっと止められている。そして視線の先は手元に向けられていて、その手には本が持たれていた。
横顔から見るだけでも相当に綺麗な人だとは思うものの、その落ち着いた雰囲気と浴衣姿が見事に今のこの状況にマッチしている。さながら和服美女といったところかといった印象を受けた。
思わず見惚れてしまっていると、その女性と目が合ってしまう。
それはそうだろう。わけもわからないジャージ姿の男がじっと見つめているのだから訝しんでも不思議はない。
「あっ、こんばんは(じっと見ていたら気持ち悪いだろうな。向こうにもまだ何かあるし行ってみるか)」
仕方なく軽く会釈をして挨拶の声を掛けた。
突然見知らぬ学生に声を掛けられたことが不思議に思ったのか浴衣姿の女性は首を傾げた。潤のジャージ姿から見て修学旅行に来ているだろうということはすぐにわかるだろう。ホテル内を学生がうろうろしている姿はそこかしこにあるのだから。だから怪しい男として見られることはないはずだと思い振り返り背を向ける。
「あれ?潤君じゃない?どうしたのこんなところに来て?」
「――は?」
背中越しに声を掛けられたのは最近よく聞いた声の持ち主。綺麗で透き通る様な声をしている女性――というよりも同級生の女の子。
水前寺響花の声に間違いなかった。
驚き振り返る。
そこにはベンチに座っている浴衣姿の女性がいる。潤の知っている響花とは似ても似つかない。
疑問がいくつも浮かんでくる。
「(ちょっと待て!響花に間違いないよな?俺のこと潤君って呼んだし、今の声は響花に間違いない。ってか響花だとしてどうして学校指定のジャージを着てないんだ?なんで浴衣姿なんだよ?どうしてこんなところにいるんだ?いや、一番わからないのは響花ってやっぱりめちゃくちゃ可愛いじゃねぇかよ!)」
想定していない事態に目が回りそうになった今の時刻は20時を少し回ったところ。




