060 出発
修学旅行の班編成を決めて早くも二週間が過ぎるのだが、それまでに花音の彼氏については確認することはできないでいた。
数日前には瑠璃が杏奈と遊んでいて、杏奈が席を外している際に問い掛けられた内容。「花音先輩に彼氏がいるって噂を聞いたのですが……」と。それは瑠璃も知っている話、あの花火大会で瑠璃も潤と一緒に見ていたのだから。
一応そうらしいとは伝えているのだが、返って来た言葉は呟くような小さな声で「本当に彼氏なんですかね」と言っていた。
潤が「どうしたの?」と確認するように問い掛けると瑠璃は慌てて手を振って「いえ、なんでもありません」とだけ答える。
それから何度か花音が潤の家に来ることはあったのだが、都合が良いのか悪いのかバイトが入っていたり、バイトがない時でも杏奈が家にいたりするなどして二人きりになるということはなかった。話の内容もゲームの話を始めとして取り留めのない話に終始している。
そうして迎えた修学旅行当日。潤達はそれぞれクラス毎に新幹線に乗る駅に集まっていた。家で杏奈と母に見送られた潤は当然のようにお土産を念入りに催促されることに呆れてしまう。
生徒たちは大きな荷物をそれぞれ抱えており、早く移動したい様子を見せていた。
「今から三時間も乗らないといけないのか」
「まぁ遊んでたらすぐに着くだろ」
他愛もない会話をしている中、前に立つ教師たちが人数点呼をして注意事項を述べている。
少しの時間を要してクラス毎に新幹線に乗って修学旅行は出発した。
「はいあーがり」
「くっそー」
新幹線の中では暇を持て余しているクラスメイトの男子がトランプに興じている。
「ほんと男子っていつも遊んでるよね」
「子供みたいよね」
そんな男子を横目に女子達は話に華を咲かせていた。
男女の差はあれど、一様に修学旅行を楽しみにしている様子が窺えるのは普段一緒に過ごす仲間同士、普段とは違う環境に飛び込んで寝食を共にするのだ。部活の合宿を経験している者は多少慣れてはいるが、それでも部活と修学旅行では内容が大きく違う。
「響花ちゃんって、ぶれないよねー」
「そうよね」
「何が?」
「それよ、それ」
「あぁ、これ?」
そんな中、並んで座っているのは凜と花音と響花。花音と凜の手には何も持たれていない事に対して、響花の手には小説が持たれている。
新幹線の中、動き回る事はあまりできないのはもちろんなのだが、響花は学校の休み時間と様子が変わることなく読書に耽っていた。
「まぁあたしは字を読んでるのがやっぱり好きだからねー」
「潤の部屋にもいくつか小説があったけど、またそれとは違うのよね?」
「あー、潤はライトノベルっていうジャンルのやつだよね。いうなれば特定層に対する小説って言えばいいかな?まぁどのジャンルもほぼ特定層に対してだけどね」
小説情報に聡い響花が簡単に説明する。花音と凜はその話を聞いてはいるのだが、共感しづらい様子を見せているのはこれまであまり触れて来なかった部分だからである。
「あっ、そういえば真ちゃんも少し持ってるよ?私が興味ないから控えめにしてもらってるけどね」
「響花はそういうのとは違うの?」
「もちろんそういうのも読むけど、好みが分かれるから。 あたしは基本的にはミステリーだろうと文芸だろうとSFだろうとファンタジーだろうと割となんでも読むわよ。読んでみなければわからないことっていっぱいあるからね。まぁ読み手としてはそういうジャンル問わずっていうのは少数派かな」
「ふぅーん」
少しばかり目にしたことがあるのだが、それでもよくわからない。響花に尋ねると、響花は好き嫌いがある事も踏まえて再度簡単に説明した。
「――あっ、もし良かったら何冊か持ってるから読んでみる?それに今の時代ネットでも色んなジャンル読める様になってるからおススメ教えるけど?」
「あー、じゃあせっかくだから読んでみようかしら?ジャンルは…………そうね、やっぱり恋愛ものかな?なにかいいのある?」
「恋愛ものなら潤が好きなやつで良いかな?もちろん初心者の女の子でも読み易いやつにするから」
「そうね、それでお願い。それなら内容の話もできそうだしね」
響花が百聞は一見にしかずとばかりに勧めて来る。花音は少しばかり悩む様子を見せながら読んでみることにしたのでスマホを取り出してすぐに探し始めた。内容の善し悪しなどはわからないのでタイトルの選択は響花に任せることにする。
「私も私もー!そんな二人で盛り上がるのも嫌だから私も読む!」
「ふふっ」
「どうしたの?」
凜は自分だけ仲間外れになりかねないので即座に反応するのだが、その様子を見て響花は思わず笑みをこぼす。そんな響花を目にして花音と凜は顔を見合わせて疑問符を浮かべて響花を見た。
「ううん、なんかこういうの久しぶりだなーって。潤と最初話した時もあたしみたいな変わってるのに話し掛けるなんて物好きだなーって思ったからさ」
「響花別に変ってないわよ?」
「うん、むしろどうして今まで話さなかったのか不思議なぐらい」
これまで他人とあまり接してこなかった響花はその関係にくすぐったさを感じながら思ったままのことを口にした。
先程響花がどうして笑ったのかを理解した花音と凜は再度お互い顔を見合わせて笑顔になって響花に感じた印象を思ったまま伝えた。
「ありがと、嬉しいわ。まぁ自分のせいというか、積極的じゃないってことぐらいは自分でもわかってるからね。むしろ――」
「えっ?なに?」
「ううん、なんでもないわ。 それよりも、潤君が言っていた通り二人とも凄い良い子ね」
「えっ?潤がそんなこと言ってたの?」
「ええ、何日か前にあたしがここに入るの気にして大丈夫かって聞いて来たの。その時に花音ちゃんと凜ちゃんは良いやつだから遠慮するなって。心配しなくてももう遠慮してないわって言ったら笑っていたわ」
「そう」
数日前のやりとり。流れで一緒の班になったとはいえ、潤は響花のことを気にかけて様子を聞いていた。女子達は親睦を深めるために今日までに何度か話していたので潤のその心配は杞憂でしかなかったのだが、その時の話を話して聞かせると花音は響花に優しく微笑んだ。
「凜と花音ちゃん仲良くやってるみたいだな」
「そうだな、まぁ響花は話してみると良いやつだしな。それにたぶんちゃんとすれば可愛くなるぞあいつ」
少し離れたところから花音たちの様子を眺める潤と真吾は修学旅行中に行動を共にする事になった水前寺響花のことが若干気がかりだったのだが、その心配がない様子を見て安心していた。
「そうか?なんでそう思うんだ?」
潤の突然の発言に真吾は思わず眉をひそめる。いきなり何を言ってるんだとばかりに。
「いや、単純によく見れば色々と整ってるだろ。目も大きいし、口と鼻の形も良いし、それに髪も綺麗だよ。あとスタイルも悪くないぞあれ」
「……お前って、結構女子見てるのな」
「こらっ、引くな引くな!」
「ならあっちをやめて響花ちゃんに乗り換えるか」
「なんでそうなるんだよ!」
「冗談だって」
真吾は想像以上に潤が響花を見ていることに驚くと同時に若干に引いてしまう。しかし、そんなに響花のことが可愛くなると評するのなら花音のことを諦めるように提案してきた。濁しながら言っているのは周囲にわからないように配慮しているためである。
そんなことを話していると時間が経つのは早いもので、新幹線に乗って三時間。
目的地の駅に着いて修学旅行の一日目が本格的に始まった。




