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006 冬休み

 

 冬休みに入って2日、特にすることがなくゴロゴロとベッドで漫画を読んでおり、妹の杏奈は潤の部屋でテレビゲームをしていた。


「お兄ちゃん、冬休み中そうやってゴロゴロしているつもり?」

「んー?だってなぁ、別に冬休みだからって特にすることがあるわけじゃねぇしな」

「はぁ、そんなんだからモテないのよ」

「いやいや、ゴロゴロしてるやつがイコールでモテないっていう理由にはなんねぇだろ」


 ゲームをしながら顔を向けずに声を掛けて来た杏奈は手慣れた様子で真剣に画面を見ている。

 いきなり妹に否定されたことに特に腹を立てるわけがないのはいつものことだからでもあった。ただ、今日に限っては思うところがなくもない。それに杏奈が言うほどに潤もモテないわけでもなかった。だからといって別にモテたいとかではないのだが、先日の花音とのやりとりと同時に思い出したくない過去を思い出さずにはいられなかったことがまだ少しばかり尾を引いている。


「ってか、お前もゲームなんかしていていいのか?受験勉強は?」

「お兄ちゃんも受験前にずっと勉強ばっかしてたわけじゃないでしょ?過度にプレッシャーを感じていると必要な時に力が出せないじゃない」

「まぁ結果が伴えばやり方は人それぞれだから俺が口うるさくいうこともないわな」

「お兄ちゃんのそういうところ好きだよ!お母さん口うるさいからね」

「まぁそう言うな。母さんは母さんで真剣に考えてくれてるんだ」

「知ってるよ、けどそれとこれとはまた別の話だからね」

「なんでそこで妙に達観的になってるんだよ」


 杏奈は中学3年、高校進学の為の受験を控えている。潤の部屋でゲームをしているのはいつものことで、自分の部屋でしないのは「いちいちゲームを持って行くのめんどくさい」とのことだった。


 そんな中、スマホがピリリと鳴り出した。映し出された画面を確認すると真吾からの電話だった。


「はいー?どうした?」

『おお、予定通り暇してるか?』

「ああ、予定通り暇してるぞ」

『なら良かった、ちょっとこっち来てくれないか?実はな―――』


 真吾との電話を終えるとベッドから立ち上がり、着替えて出掛ける準備を始めると、杏奈が不思議そうにこっちを見て来る。


「どっか出掛けるの?」

「ああ、前に遊びに来た真吾と凜っていただろ?」

「お兄ちゃんの高校の同級生の人だよね?」

「その凜の親父さんの家がケーキ屋なんだ」

「へー、家がケーキ屋って羨ましいね。それで?」


 着替えをしている潤に対して声を掛けて来た杏奈に、電話の相手であった真吾と合わせて凜のことも話す。真吾も凜も以前潤の家に遊びに来たことがあり、その時に杏奈とは面識があったのだが、距離もあるためにそんなに頻回に遊びに来るわけではない。ただ、出掛ける内容の要件がその凜の家のことであり、凜の父親が経営しているケーキ屋についてのことだったからだ。


「そこのバイトの子が急に辞めてしまったらしくてこの時期人手がいるだろ?」

「まぁクリスマス前だしね」

「それでクリスマスが終わるまで店を手伝ってもらえないかってな。まぁ暇だしもちろんバイト代も出るらしいし、丁度良かったよ」

「ふーん、そうなんだ」


 着替えが終わって折り畳み鏡で簡単に寝ぐせの確認だけして出かける準備が整った。杏奈はもう潤のことは見ずに画面のテレビゲームに集中している。


「じゃあ行ってくるよ」

「行ってらっしゃーい。 あっ!ちなみにどこのお店?」

「沿線が違うが三笠駅のル・ロマンってとこらしい」

「えっ!?ル・ロマンってあの!?」


 部屋を出ようとした潤に杏奈は一応聞いておこうか程度に興味なくどこのケーキ屋なのか尋ねると、真吾から説明を受けたケーキ屋の場所と名前を言うと杏奈は持っていたゲームのコントローラーを落として驚きながら潤の方を見て来た。


「知ってるのか?」

「なに言ってるのよ!?知らないお兄ちゃんの方がどうかしてるって!ル・ロマンって言えばこの辺で一番美味しいって有名じゃないの!?ほら、前にお母さんが買って来てお兄ちゃん美味しいって言ってた」

「あぁ、あのケーキの店が凜の家だったのか」


 杏奈は少しばかり興奮気味に話すのだが、杏奈が言うケーキを思い出すと確かに美味しいといった感じの感想を言った覚えはあるのだが、杏奈との温度差は男女の違いによるものだからなのか……。


「じゃあじゃあ、お兄ちゃん、バイト終わったらケーキ買って来て!味は任せるから!!」

「えらい食いつきようだな。ん、わかった」

「やたっ!!」


 勢いそのままに杏奈はバイト終わりにケーキを買って来て欲しいと言う。初めて行くところだがバイト終わりにケーキぐらい買えるだろうと思い、杏奈の希望をそのまま承諾すると杏奈は表情を綻ばせて早くもケーキを食べることを想像している様子を窺わせた。

 そんなやりとりがあり家を出て行く。



 ―――数十分後、目的のケーキ屋に着いたらさすがに驚いた。


「おいおい、俺の想像の数倍でかい店じゃねぇか」


 潤の想像ではてっきりこじんまりとした店なのかと思っていたのだが、杏奈のあの興奮振りから少しばかりその想像を上方修正していたのだ。それでも店の規模が想像に届いていなかった。


「こんな規模の店に俺が急にバイトなんかしてもいいもんなんか?」


 電車で行くなら沿線の都合上乗り換えが必要なところにある店なのだが、潤は例に漏れずに自転車で向かった。電車で行くよりも直線で向かえる上に短時間で着くから尚更だ。


 だが、そのケーキ屋の店自体はそれほど大きくはないのだが、問題はその客の人数だ。

 一般的なコンビニより少しばかり大きい程度の店の広さに対して所狭しと客が入っている。そしてその列は店の外まで続いているのだから。


 その状態でバイトに呼ばれて俺に何ができるのかと思うのだが、とにかく真吾に連絡を取ろうとスマホを手に取り連絡をした。



『おお、着いたか、ちょっと待っててくれ』


 電話口に出た真吾は端的にそう話してすぐに電話を切った。数分も待たない内に建物の裏手から真吾が顔を出した。


「こっちだこっち!」

「おいおい、こんだけ繁盛しているなんて思ってなかったぞ。こんなの俺が急に手伝ってもいいもんなんか?」


 手招きする真吾に向かって文句と不安を口にすると、真吾も少しばかり困ったように苦笑いした。


「いやぁ、いつもはここまでじゃないんだが、流石はクリスマス前ってところだな」


 凜の家なので普段から顔を出している真吾だが、それでもクリスマス商戦の物凄さを知らないので今回身に染みて実感したのだということを店の裏手に案内されながら聞かされる。


「まぁそんなだから猫の手でも借りたい状況で急に辞められて困ったところにお前に声を掛けたってわけだ。もちろん俺も手伝うからさ」

「そのバイトはどうして急に辞めたんだ?」

「まぁ詳しくは知らないが、彼氏が出来たから辞めたらしいぞ?」

「なんだそりゃ?彼氏とクリスマスを過ごしたいからケーキ屋のバイトはできないってか」

「ご明察の通りで」


 如何にもケーキ屋のバイトの子らしい理由で辞めたその代役で潤に白羽の矢が立ったそうだ。

 まぁ彼氏彼女とクリスマスを共に過ごしたいっていうのはわからなくもないが、相手がいればの話だ。それでシフトが決まっていたバイトを簡単に辞めるなんてのは些か無責任な気もするが、案外そんなものなのかも知れないなとそんなことを考えていた。

 潤は浜崎花音とクリスマスを一緒に過ごしたらどうなるのだろうと考えを過るのだが、今考えても仕方のないことだった。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」

「ああ、それについては俺じゃなく、この人が説明してくれるよ」

「この人?」


 真吾に案内されるまま店のウエイターの制服に着替えた潤は腹を括ってバイトに専念しようとするのだが、何をしたらいいのか皆目見当もつかない。真吾に聞くのだが、真吾は店内のバックヤードを少し歩き、目の前に立った女性を潤に紹介した。


「やぁ、君が潤君だね、急にごめんね」

「あ、いえ、どうせ暇だったんで。その、初めまして……」

「ああ、初めまして、ごめんごめん、凜と真吾君から話に聞いていたからどうも他人のような気がしなかったから。私は凜の姉の雪っていうの」

「あっ、凜のお姉さんでしたか。よろしくお願いします」


 えらく若い女性を紹介されたなと思っていれば、紹介されたのが凜の姉だということだったのでいくらか納得した。

 それにしても凜も整った容姿をしているとは思っていたが、姉の雪も凜と同じように整った容姿をしているが、背がそれほど高くないにも関わらず、ショートで艶のある黒髪と大きめの目がその落ち着いた雰囲気と相まって綺麗な大人の女性を見事に映し出していた。



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