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恋に不器用な俺と彼女のすれ違い  作者: 干支猫
修学旅行が生んだ結果
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057 開いた距離

 

「また図書室行くのか?」

「ああ、思ったよりも面白いぞあそこ」


 昨日、昼休みに水前寺と話していたその内容。意外と興味を引く図書が入っていることを聞かされたのだが、その昼休みは話していたことでそんなに時間がなかった。

 それでも図書室の中を一通り案内してもらってはいる。

 放課後に多少は残れないこともなかったのだが、昨日の放課後はバイトがあったために早々に帰っていた。時間を忘れて読書に耽って万が一遅刻するとオーナーが恐ろしい。


 週に三日程度のバイトなのだが、継続しているのでもうかなり慣れてきている。特に目立った問題はなく勤められていた。



 そうして翌日の今日、昼休みに再び図書室へ足を向けた。



「あれ?潤どこに行ったの?」

「ん?なんか図書室に好きな本があったんだと」

「ふーん」


 真吾と凜の会話を横で聞いている花音も不思議そうにしていた。潤が図書室に向かうなどということはこれまで見られなかったのだから。少しだけ首を傾げる。



 そうして図書室に向かう中―――。


「はぁ。なんか昨日の今日で教室に居づらいしな。」

 歩きながら勝手にそう思っているだけである。

 授業中に見る背中。花音の背中を見てどこか虚しく感じてしまい、教室に居たくなかった。




 早く図書室で気分転換をしようと思い、歩く足は少しばかり速くなる。予定より数分早く着いた。


「―――ってか、早すぎるだろ」


 昨日教えてもらった本棚の中から手早く本を選び手に取って席に座ろうとしたのだが、水前寺は既に座っている。教室を出たタイミングは潤の方が少し遅かったにしても、それでも水前寺は既に着席して読書に耽っていた。


「ん?別にいつものことよ?」

「そうかよ」


 潤が手に持っているのは先日教えてもらったラノベ。それを持って水前寺の横に座る。


「どうして隣に座るのよ?他にも席空いてるでしょ?」

「なんとなくだよ。そんなに邪険にするなよ」

「いや、別にいいのだけど、隣に座ってもお互い本読んでるだけでしょ?なら気にならない距離を取ればいいのじゃないの?」


 邪険にしているわけではなくて個人の時間ではないのかという意図で再び問い掛けられた。


「それはそうだけど違うぞ?」

「違わないでしょ?」

「こうやって話してるだけでもコミュニケーションになるんだよ」

「そう?」

「そうだ」


 目の前の水前寺は目を丸くしていて、どんだけコミュニケーションが苦手なんだよとは思うものの、それでも話してみると意外と普通のやつだけどなとも思う。

 そのギャップに少しおかしくなった。


「じゃあわかった。座ってていいよ」

「なんで上からなんだよ」


 どうして許可制になるんだと面白くなって笑いかけたら顔を逸らされた。

 まぁいいかと思いつつ隣で静かに読書を始める。


 無言の時間が流れる。静かで落ち着いた時間だ。



 余りにも静かすぎたので少し眠気に襲われるのだが、そこで予鈴が鳴った。

 予鈴が鳴ったところで意識がはっきりするのを自覚して軽く伸びをして立ち上がるのだが、隣を見ると水前寺はまだ動く気配を見せない。


「なにやってんだよ?」

「あと少しだけ!」

「どんだけ好きなんだよ!」


 水前寺の本好きに呆れて苦笑いをしてしまう。


「ほら、行くぞ!」

「あっ!」


 読んでいた本を取り上げると驚き見上げられた。上を見たことで前髪が左右に分かれて眼鏡の奥の瞳がはっきりと見える。

「(やっぱりちゃんとすれば可愛くなると思うけどな)」

 とそんなことを考えていたのだが、その瞳とは別に口元は歪んでいた。


「何するのよ!」

「時間は守れ」

「むぅぅぅぅ」

「怒るな怒るな。今日は俺も放課後付き合うよ。時間あるか?」

「あるけど別にいらないわよ」

「いや、俺が来たいだけなんだけどな」

「じゃあ勝手に来ればいいでしょ」

「じゃあ勝手に来るよ」


 明らかに不貞腐れている。自分のタイミングではないところで本を取り上げられたのだ。怒るのも無理はない。しかし潤の言葉も理解出来ないわけではない。

 そうして待ち合わせとまではいかないのだが、放課後図書室に来るという一方的な約束を交わす。


 水前寺は不満気な様子を見せながらも予鈴は鳴っているのは事実なので溜め息を吐いて荷物を持って図書室を一緒に出ることになった。


「それにしても、あんだけ集中するのってすげぇな」

「別に普通のことよ?家でもよく言われるけど」

「もしかしてそれでよく遅刻しているのか?」

「ついつい寝るの遅くなっちゃうのよねー」


 呆れてものも言えない。だがその気持ちもわからなくもない。ゲームで夜更かしするのと同じことなのだろう。潤にも覚えがある。

 プライベートな時間の過ごし方は自由なので苦笑いするだけで留めて、それについては特に言及することなく教室に入った。




 ―――そして放課後。


 生徒の数は昼休みに比べて圧倒的に少ないのは下校している生徒もいるからなのはいつものこと。学校に残っているのはクラブ活動をしている生徒か用事がある生徒、それに一部の暇を持て余している生徒だけだ。

 昼休みよりもさらに少なくなった人数でも潤と水前寺は変わらず隣同士で座った。昼休みと変わらず本を読む。



 少しばかりの無言の時間、変わらず落ち着いた空気が図書室の中を流れている。



「―――ふと思ったけど、どうして学校の図書室にラノベなんかあるんだ?」

「あー、それはね。活字って見ているのしんどくなる人もいるでしょ?」

「まぁジャンルによっては苦痛なものもあるな。実際俺文学とか、こう固い文章とか無理だし」

「そんな潤みたいな子の為にも置いてあるの。少しでも活字に興味を持ってもらおうとして、それが例えラノベであっても一役買えるならそんなことにはこだわらないんだって」

「へぇ、良い考えだな。そうやって少しでも裾野を広げるのって大事だよな。俺もまんまと策略にハマっちまったしな」

「ふふっ、そうよね」


 浮かんだ疑問を水前寺に投げ掛けたら水前寺からは明確な答えが返って来た。さすが図書室の住人は事情にも聡い様子を見せたのだった。

 そうして浮かべる笑顔に妙な既視感を覚えてしまうのだが、理由ははっきりとわかっている。


「(違うことといえば活発さぐらいかな?)」

 思い出すのは花音のこと。花音の中学時代、確かに見た目は地味だが精力的に活動しており社交的だった。対して水前寺は見た目の地味さは同じかもしくは上回る程。活動にも消極的というか興味を示していない。高校を日中過ごす環境という印象を受けるのだが、こうして実際に話してみると普通の掛け合いができるただの女の子だった。


 まだわずか三日ばかりの関わりだが、妙に話し掛けたくなったのはそういったことからなのかもしれない。

 そんなことを思いながら下校時間を迎えたので自転車に跨り帰宅する。水前寺とは下駄箱のところで軽く声を掛けて別れていた。





「――あっ」


 そうしていつの間にか花音のことを頭の片隅に寄せられていたのだが、再び思い出すことになった。

 それは、今正に目の前いる、帰宅した途端に潤の家から出てくる花音に遭遇したからだ。


「お帰り、遅かったのね」

「ああ、ちょっとな。今日来ていたのか?」

「うん、杏奈ちゃんにゲームの相手してもらっていたの。また負けちゃった」

「そっか」

「あんまりお邪魔しても悪いかな?」

「いや、杏奈は喜んでるから遠慮なんかしなくて良いよ」


 どこかそっけない態度を取ってしまう。理由はわかっている。

「(彼氏いるんだから今はあんまり親しくしない方が良いよな)」

 自分では答えの出せない疑問だけが胸の中に残っていた。



「――そういうことじゃないんだけどな」

「なんか言ったか?」


 家に入ろうとする潤には花音が呟いた言葉が聞こえていなかった。


「ううん、なんでもない。じゃあまた来るわね」

「? ああ、またな」


 何か言ったのだろうと思い問い掛けたのだが、返ってくる返事は『また』ということ。

 また遊びに来ることの喜びと同時に、果たしてそれでいいのかという疑問を抱く、なんとも言えない複雑な感情が入り乱れた。



「あっ、お兄ちゃんおかえりー。さっきまで花音先輩来ていたんだよ?もうちょっと早く帰って来れば一緒に―――どうしたの?なんか元気ないけど?」

「なんでもねぇよ」

「? あっそう」


 家の中に入ると、丁度二階から降りてくるショートパンツにタンクトップ姿の部屋着の杏奈に声を掛けられたのだが、先に潤の様子がいつもと違うことを感じ取られてしまう。

 話せる内容ではないので適当に応えると杏奈もそれ以上は取り合わなかった。


 微妙に不思議そうにする杏奈とすれ違い二階の自分の部屋に入り、ベッドの上へ適当に鞄を放り投げてそのままベッドにドサッと倒れ込むようにして寝転がりスマホを眺める。


「いっそ、聞いてみた方がいいのかな……」


 口にしてはみるものの、実行できずにいるその行動で情けなさが込み上げて来た。


「けど、せめて来月、お礼を返すぐらいは…………別にいいよな」


 それでも少しばかりの決心を胸に抱いて壁に掛かっているカレンダーの右下に記載されている来月の日付、修学旅行に行く日付に目を向けた。



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