056 目撃
花音と潤がお互いを呼び合ったことで教室の中はざわついたのだが、すぐに静かになったのは担任のおかげだった。
「お前らそんだけしゃべってると席替えしないからな!」
その一言ですぐに静まったのは席替えの高揚感だった。中には席替えを望まない生徒もいるのだが、大半の生徒は窓際の席を希望したり前から後ろにいきたかったり、好きな女子の近くに座りたかったりなど色々と理由はあるので即座に静まる。
潤の願いもその中に含まれる。
―――そうしてその後、担任の用意したくじによる抽選で席替えは行われたのだが、潤の願いは虚しくも花音と席が離れてしまう。
次の座席は、潤は後ろになったのだが、花音は教室のど真ん中の前。後ろから眺めることになった。
「(しっかし、相変わらずの人気ぶりだな)」
ホームルームを終えての休み時間、花音の周りには男女問わずクラスメイトが集まっている。
その理由は明白だ。
「ねぇねぇ、浜崎さんって深沢君とどういう関係なの?名前で呼び合ってたけど」
「深沢君一年に彼女いたよね!?もしかして―――」
「違う違う、単に凜達と一緒に夏休みに遊んでたら名前で呼び合うってなっただけだから」
「えぇー?それだけー」
クラスメイトの女子の質問に花音は事実そのまま返した。
「じゃ、じゃあ俺のことも達哉って呼んでもらってもいい?」
「俺も俺も!亮介って呼んで欲しいな!」
「ごめんね、小島君、太田君。それは呼ばないわ」
話の勢いに便乗するように花音に名前で呼ばれたい男子が要求したのだが、花音は考える様子を一切見せることなく一蹴した。周囲の女子達はしょんぼりする男子、小島と太田を笑っている。
花音に近付こうとする考えが透けて見えたのだろうと潤は後ろからその様子を見ていた。
「おぉー、さすがの鉄壁ぶり。こうして見るとすげぇな」
「そうだな」
花音は普通のクラスメイトとしてなら男子と話すことは構わないのだが、必要以上に距離を詰めようとする男子には完璧に拒否していた。その態度から鉄壁と表現されるほどに。
そんな様子を一年の時は噂に聞いていただけで見ることはなかったのだが、同じクラスになって少しだがこうして目にしている。
一年の時はその数が今の倍以上だったらしいとは凜から伝え聞いた話だった。
真吾は近くに来て座って一緒にその様子を見ていたのだが、花音に名前で呼ばれることを断られた小島と太田に睨まれた。
「(知らんがな)」
そう思うのは潤も別に特別な関係ではない。そりゃあクラスメイトのやつよりかは多少近い位置にいるだろうと思うのだが、だからといって今は変わらない。中学の地味な花音を知っているからこそ今もこうして話せるようになった程度だと思っている。もしそうでないなら小島と太田と同じ立場だっただろう。
「それで?この水前寺さんとぶつかりそうになってこけたことで遅刻した、っと」
「ん、そうだな」
真吾は潤の隣を見る。席替えの結果、隣には水前寺が座っており、手に本を持っている。教科書ではないその本はどうやら小説のようだったがカバーがしてあるのでどんな小説なのかはわからない。
水前寺は真吾から自分の名前が聞こえたので視線だけ真吾に向けたのだが、特に話をするわけではないのですぐに視線を手に持つ小説に戻した。
「(まぁ、こんなやつだよな)」
学校に向かうまではそれなりに話したのだが、それから話したことといえば席が隣になった時にお互い「よろしく」と一声かけあっただけだった。
教室の中で見る水前寺の印象は変わらない。
「そういえば浜崎さん、見たわよ?」
「えっ?見たって?」
「隣町の花火大会よ!」
聞こえて来た会話で思わず聞き耳を最大にしてしまう。聞きたいのだが聞きたくはない話。あの時潤が見た花音はやっぱり見間違いでもなんでもなかった。あの花火大会に花音も来ていたんだと。
「あんなカッコいい彼氏いたんだね」
「えっ?彼氏?」
突然振られた話題に花音は覚えのない様子を見せた。
「またまたー。手を繋いでいるところ見たんだから」
「えっ?あー、あれかぁ……」
「えっ!?浜崎さん彼氏いたんか!?」
どうしたものかと考え込む様子を見せる花音に対して、先程下の名前で呼んで欲しいという要求をしていた小島が食いついた。
「……あちゃあ、バレちゃったら仕方ないね。見られちゃったんだね」
花音がそういった瞬間に周囲の女子は黄色い声を上げる。そして男子は残念そうにして項垂れていた。
そして、小島が潤を見て笑っていたところで目が合った。
「(知らんがな)」
と、まるで興味がない様子を装っていたのだが、内心それどころじゃない。懸念していたその事実に驚愕を隠せない。机の下では揺れる太ももを何度もつねってしまっている。
―――翌日。
花音に彼氏がいるという噂はすぐに学年中に広まる。悔しがる男子が多数いる中、女子達は納得していた。その目撃された彼氏が端正な顔立ちの大人の男性だというのだから。
「そりゃあこいつらなんてガキだもんねー」
「大人の男の人かー。憧れるなぁ」
「どこで知り合ったんだろうね」
などという声がそこら中から聞こえて来た。中には「もしかして――」「キャー!」と想像が膨らんでいる姿もあった。
噂されることが煩わしかったのか、花音は休み時間の度に問い詰められることに辟易して教室を出て行っていた。凜の姿も教室の中には見当たらないのは花音と一緒に教室を出て行ったからだ。
「なぁ、どうするんだ?」
「どうしようも何も彼氏がいるんなら別れるまで待つしかないんじゃないのか?」
真吾に小さく話し掛けられる内容は花音のことだというのは百も承知だ。そして現状どうしようもないということはわかりきっている。焦ったところで何も変わらない。
段々と噂話が聞こえて来ることにイラついてしまう。聞きたくなくても聞こえてくるのだから。
「どこいくんだよ?」
「んー、静かなところ」
どうせ面白がって噂をするのなんて今日一日だけだろう。明日になれば噂も収まっているはずだ。
昼休み、そんなことを考えながら教室にはいたくなかったので、一人図書室に来ていた。
潤の教室から校舎の外に出たところにある図書室。図書室という言い方が間違っているのでは、と思う程にそこは図書館だった。
教室の数倍はある大きさに所狭しと本棚が数多く設置されており、その本棚を敷きつめるようにぎっしりと本で埋め尽くされていた。図書室に来ている学生達は静かに過ごしており、聞こえる音は椅子を引く音とページをめくる音、あとは外から聞こえる音だけだった。
ここなら噂が聞こえてくることもない。静かに過ごせるではないかと。
そして本棚に手を伸ばしているところ―――。
「――あれ?深沢君じゃない?珍しいわね?っていうか初めて?」
図書室に入り何か適当に本でも読んで過ごそうと思うのは、何もしていないと考え込んでしまいそうになるので、何か気晴らしにでもなることがないかと思い本を探していた。
そんな中、不意に後ろから声を掛けられたので少しの驚きと共に振り返ると、そこには見知った顔の女生徒がいた。
「なんだ、水前寺か」
「なんだとは失礼ね」
少しムッとしているように見えるのだが、それよりもやっぱり前髪が長すぎるだろと正面に立って再び思う。まぁ個人の好みの問題なので別にわざわざ追及することはないのだが。
「それでどうしたのよ?図書室に来るなんて珍しいわね」
「いや、なんとなく来てみただけだ。来たことなかったしな。そういう水前寺はいつも来ているような口振りだけど?」
「えっ?いつもここにいるわよ?」
「なるほど、それで教室にいるお前に印象がないわけか……」
短い休み時間、微動だにせず本を読んでいる水前寺の印象の薄さは昨日確認した。その印象の無さに更に納得がいく。いつも昼休みの度に図書室に来ているのなら見かけない筈だ。
「それで?何か探している本でもあるの?」
「いや、特にこれが読みたいってわけじゃないんだけどな」
「どういうのが好きなの?」
「活字ってあんまり読まないんだよな。まぁラノベぐらいかな?けど図書室にないだろ?」
図書室に来ている理由を再度問い掛けられた。本棚に手を掛けていたのだから探している本でもあるのだろうかという疑問を抱くのも自然なこと。
しかし探している本などないし、そんなに興味もない。あるのはラノベなのだが、学校の図書館にあるということは聞かないのでないと決めつけていたのだが、それを口にすると水前寺は薄く口角を上げる。
そして―――。
「あるわよ」
「は?」
ある、と確信をもった目をして断言したのだった




