052 夏のやり残し(前編)
夏休みももうあと数日で終わろうとしている頃。
潤はベッドの上で漫画を読んでのんびりと過ごしており、杏奈も自分の部屋で過ごしていた。
ピロン!
「ん?」
スマホから鳴る音が耳に入ってくる。
スマホの画面を確認しようとするのだが、確認するよりも先に立て続けにピロン!ピロン!と音が鳴り続けた。
そうして覗き込むように画面を確認する。
「真吾と凜か……杏奈のやつも返してやがるのな。どんだけ反応早いんだよ」
画面に通知されるトークアプリの文字を見て誰の何かを理解する。
途端にバンッ!と部屋のドアが開かれた。
「お兄ちゃんももちろん大丈夫だよね!?」
「ああ、今から返そうと思ってたところだよ。ってか早いなお前」
「大丈夫!潤にぃの分は今私が返信しといたから!」
「はぁ?」
杏奈が潤の部屋に勢いよく飛び込んできて、スマホを潤に向けてかざしている。
潤は呆れ混じりに妹を見た後にスマホを手に持つ。スマホをかざしながら放たれる杏奈の言葉の意味は確認しなくても理解できたが、そのままスマホの画面に視線を送る。最初のいくつかは既に目を通してある。
『しまった!肝試しやってなかった!』
『ってなわけで、今日19時に集まって肝試しをやるよ!場所は応相談で!』
『はいはい!もちろん参加しまーす!』
『おっ、いいねぇ。じゃあ俺も参加で』
『もちろんお兄ちゃんも参加します!』
『うーん、あんまり得意じゃないんですけど、参加します』
アプリのグループトークが展開されており、既に話が進んでいる。
海水浴に行ったあの日にグループを作っており、日常的にくだらないやりとりが行われていた。
ピロン!
再びトークが投稿される。花音が投稿したその文字を見て胸が高鳴った。
『私だけ参加しないわけにはいかないので参加するわ』
そう書き込まれていた。
―――夜。
潤達は初詣に行った近所の神社、プロ野球が行われるほどのドームと同じほどの大きさであるその神社に集まっていた。周囲には人の気配は見られない。
本堂に向かう道とは別の、古ぼけたところどころに雑草が生い茂る石畳の方向に向かって立っている。その通りには木々が立ち並んでいるのだが手入れをされている様子はほとんど見られない。
「ほんとにこんな時間に勝手に入っていいの?」
「ああ、本堂の方は流石にダメだけど、隣に建てられている数百年前まで使われていたこっちなら問題ないんだって」
「ふーん」
「まぁいいじゃねぇか、早く組み合わせ決めちまおうぜ」
実際出入りは自由にしていいので、地元では時々こうやって肝試しに使われる。
本堂の方は百年程前に建て替えられているので灯りも十分に備え付けられておりいくらか綺麗なのだが、潤達が居る方は街灯が少しある程度でさすがの年季を思い起こさせる。
参加者は潤と杏奈に凜と真吾に瑠璃と光汰に花音の七人である。そのため、組み合わせは三組で男子はそれぞれ一人ずつ入ることになった。
割りばしで作った番号の書かれた簡単なくじを行いグループと順番を決める。
1・光汰、凜
2・真吾、杏奈
3・潤、花音、瑠璃
結果、こう決まった。
「…………どうしてこうなった」
組み合わせは完全抽選。この組み合わせ以外ならどんな組み合わせでも受け入れただろう。
光汰と真吾に肩をポンと叩かれる。
言葉がなくとも言いたいことはなんとなく伝わった。
肝試しのルールは、一組目が二百メートル程先にある旧お堂に辿り着いてボールを二つ置いて来る。そして次の組が証拠としてボールを一つ持って帰る。最後の組が残ったボールを持って帰るということだった。
「光汰、お前らがびびってボール置けなかったら次行けないから頼んだぞ」
「当り前じゃねぇか、こんなん全然怖くねぇよ」
「じゃあ行って来るね」
木々が立ち並ぶ薄暗い石畳の上を光汰と凜は何の気なしに歩いて行った。
「相変わらず光汰は物怖じしないな」
「凜ちゃんもそうだよなぁ、お化け屋敷とか全然平気だもんな」
真吾と二人で見送る光汰と凜の背中は堂々としていた。しかし、後ろではひそひそと話し声が聞こえる。
「ねぇ杏奈ちゃん、杏奈ちゃんは怖くないの?」
「ん?全然怖くないよ?だって幽霊なんているわけないじゃん」
「そうかもしれないけど、暗いだけで十分怖いじゃない」
少し怖がっている瑠璃に対して問題なしとばかりに答える杏奈は、昔からこうだった。自分の目で見たものしか基本的には信じない。
「(そっか、やっぱり瑠璃ちゃんあんまりこういうの得意じゃないんだな。花音の方は―――)」
「大丈夫よ、瑠璃ちゃん。私たちは三人なんだから人数が多い分前の二組よりは多少安心できるでしょ?」
花音の方はどうかと思い花音を見ると、口振りから見る限りでは花音もあまり怖そうにしているようには見えなかったのだが、微妙に表情が引き攣っているように見えるのは気のせいなのか。
「そうですね、潤先輩と花音先輩が一緒だと思うと安心です」
「……あぁー、そうね、任せて」
まぁあれだけしっかりと受け答えしていれば大丈夫なのかと思う。
「ただいま」「置いて来たよー」
十分ほど待つと、光汰と凜が帰って来た。花音が凜に駆け寄る。
「凜?どうだった?」
「ん?別に何もなかったわよ?敢えて言うならお堂が年季入っているから雰囲気だけは抜群ってところね。こういった催しにはうってつけの良いところよ」
「ほんと凜ちゃん全然怖がらねぇの。まぁ怖がられても困るけどな」
「雪ねぇはこういうの得意じゃないんだけどねー」
花音の問いかけに凜はあっけらかんと答えるのだが、その中に不気味な表現が入っている。瑠璃は身震いしており、花音もどこか苦笑いをしていた。
「そんじゃあ行って来るな」
「じゃあねぇ」
手を振り歩き始める真吾と杏奈。
真吾と杏奈も特に怖がる様子を見せずに歩いて行き、それを見ている潤達も真吾と杏奈は問題ないという風に見ている。
「(そういやあいつお化け屋敷とかも結構好きで自分から入って行っていたしな)」と家族で行った遊園地のことを思い出した。
その予想通り、光汰と凜と同じぐらいの時間で帰って来る。特に目立った様子の変化は見られない。
「これでいいんだよな」
「ほんとだね、こういうの一応あるのは知ってたけどここ初めて来たのよね。あのお堂確かに雰囲気あった!どうせなら何か出てこればいいのに」
「おいおい、杏奈ちゃん、俺はさすがにあれぐらいになるとちょっとくるもんがあったぞ」
「えっ?そうだったの?全然そうは見えなかったけど?」
「そらぁ女の子の手前カッコ悪いところ見せられないから我慢していたんだって」
「ふぅーん」
置いて来たボールを見せながら真吾とタメ口で話す杏奈は潤と光汰と接する時と同じような態度で接している。
真吾としては中々に怖さを感じる要素があったことを認めていた。
そしていよいよ潤と花音と瑠璃の番が来た。




