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051 決意

 

「…………」

「…………」


 目が合ったのは、無言の数秒前に一度だけ。その時間もそれほど長くはない。



 潤は乾いた唇を、向けられた想いに対して答えを告げるために開こうとする。しかしなぜか上手く言葉に出せないような感覚に襲われる。喉から上手く言葉が紡げない。だがここで答えを出さなければいけない。



「っ…………ごめん」


 それでも、それでもゆっくりと口を開いて絞り出すようにその答えを告げた。


 月の灯りと街灯の灯りが間接的に部屋の中を仄暗く照らす闇の中、静寂が流れるその時間にただ一言、たった一言だけが小さく告げられた。


 決別の意味ではないその一言、それがどれほどの意味をもたらすのかなどというのは今この場にいる二人共理解している。


「…………」

「ひっく…………えぐぅ……ひっく…………んぅ」


「…………」

「……ぐす、んずっ」


「…………」

「…………ひくっ」


「…………」

「…………」


 瑠璃は潤の横でただただ泣き続ける。嗚咽だけがその場に響き渡る。



「……ずぅ。…………お待たせ、しました」


 横で泣く瑠璃が泣き止むのを静かに無言で待っていた。

 断ったことに対する気まずさは多少あるものの、別に今すぐ帰りたいとは思わなかった。

 ただ隣で泣き止むのを待つ、それだけなのに考えることは多い。


 瑠璃は浴衣の袖で涙を拭うと泣き顔の中に笑顔を含める。その表情をじっと笑顔で見つめた。そうすることが今できることで良いことだと思えた。


「やっぱり、先輩は優しいですね」

「そう言われても、なんて返したらいいかわからないな」


「先輩を好きになって良かったです」

「ありがとう、それとごめんね」

 目を腫らしながら微笑む瑠璃に対して小さな戸惑いを抱きつつもどこか冷静に答える。


「今からごめんは禁止です!」

「ごめんごめん、わかった」

「ほらまた!」

「今ので最後だから。ねっ」

「もう」


 口調から怒っていないことはわかる。それでなくてもここで『ごめん』と伝えたかった。さっきの『ごめん』とは全く違う意味のごめんなのだから。


 あの重たい空気で放たれた『ごめん』をここでの最後のごめんにしたくはなかったのだ。



「先輩にお願いがあるんです」

「なに?」


 再び要求される瑠璃のお願い。

 これ以上何を要求されるのかわからないのだが、瑠璃自身に関することではないのだろうということは何故か理解出来ていた。瑠璃自身に対するお願いは既に終えているのは理解というよりも感覚的に知っている。


「私ね、今日凄い勇気を出して先輩にもう一度告白しましたよ?」

「うん、全部わかるわけじゃないけど、それはわかるよ」

「だからですね、先輩にも勇気を出して欲しいなって思います」

「う……ん」


 瑠璃が言いたいことはわかる。それが花音に対する気持ちの向け方のことだということは。

 ただ、そのお願いを嬉々として受け入れることは出来ない。


「でも、ちょっと待ってくれないかな?」

「それはもちろんです。先輩のタイミングで良いですよ!そんなの先輩が決めることですから」


 勇気を出すという意志は伝える。それでも及び腰になってしまう。


「それに押し付ける気もありません。でも私は先輩に後悔して欲しくないなって思って」

「後悔?」

「はい。このまま何もしなくて花音先輩が他の人と付き合ってしまってもいいんですか?」

「いや、それは花音が決めることだし」

「でも何もしなければ何も始まりませんよ!それで何もしなくて結果時間だけが過ぎていってしまって、あの時こうしていれば良かった、ああしていれば良かった、そんなことを考えてしまうことに、先輩がそうなってしまうことが私は嫌なんです!振られた私が言うのもなんですが、先輩にはちゃんと気持ちを伝えて欲しいと思うんです。私も後悔したくないから今できることをしたつもりです」


 瑠璃はもう自分のことを考えていない。潤の行動を応援していることが伝わってくる。その真摯な言葉に胸を打たれる。


「そっか、ありがとう」

「いいえ」


 優しく微笑みかけられる瑠璃に対して申し訳なく思いつつも、決心する。


「いつになるのかちょっとわからないけど、瑠璃ちゃんの勇気を見習って花音にはちゃんと気持ちを伝えるよ」

「はい、そうしてください。きっとその方が良いと思います」


 いつかきっと花音に告白する決心が付いたことをしっかりと言葉にして伝える。


「ごめんね」

「あっ!また言いましたね!?」

「あっ、いや、今のはただの癖で――」

「ほんと先輩はしょうがないんですから」


 つい口を付いて出るごめん。もう何度となく口にした言葉を二人で笑い合った。



「それでですね、これはおまけなんですけど」

「なに?」


 他に何かあるのかなと思い、聞き返した。


 同時に、頬に柔らかな感触を覚える。何をされたのかも理解する。

 振り向くと、瑠璃の顔が近くにあり、潤は右手で頬をなぞる様に触る。数秒前に得た感触を思い出す。


「えっ!?」

「付き合っていませんのでもう口にキスはしません。さっき先輩が夢中で私とキスしてたの知ってますからね。それにきっと私達相性良かったはずなのに、こんな私を振ったことを後悔させるぐらいもっと良い女になりますから!」


 無邪気で、それでいて意地悪く微笑んだ。

 その笑顔が心底可愛らしく思う。


「瑠璃ちゃん、ほんと可愛いし、良い子だね。俺なんかにはもったいないよ」

「そ、そんなことないですよ! 先輩も……その…………かっこいいです」

「ありがとう、嬉しいよ」


 潤も無邪気に瑠璃に微笑んだ。もうごめんを言う必要はない。


「も、もう!さっさと花音先輩に告白して振られてきてください!」


 目が合った瑠璃は思わず顔を逸らす。


「あっ!ひでぇなそれ!さっきまであんだけ応援してくれていたのにさ」

「ふんだ」

「おい、なんだそれ!こっち向けよほら」

「いやですー!」


 悪態を吐く瑠璃に対して、まるで杏奈に接するかのようにじゃれるように逸らされ続ける顔を追いかける。


「(先輩、大好きです)」


 瑠璃は心の中で三度目の告白をした。





「じゃあ、また新学期。それかまたうちに遊びに来た時かな?」

「はい、またお邪魔しに行かせてもらいます」

「うん、いつでもおいで。じゃあ」


 瑠璃の家の前、見送られる。


 ふり返り背を向け歩き始めるのだが―――。


「先輩!」


 数歩歩いたところで呼び止められた。


「どうしたの?」

「あの、新学期からは学校で私と付き合っているって嘘、もう大丈夫ですから!」

「えっ?」


 どういうつもりなのか理解できないのだが、瑠璃は真剣な目で潤を見る。


「それが足枷になるのが嫌なので、大丈夫です!」


「そっか、わかった。けど、無理に辞める必要もないよ。俺達が理解しているんだからそれでいいよ。まだ必要な間はそのままでいいからね。 それに、もし何か問題が起きそうなら教えて。その時はいつでも力になるよ。 あぁ、あと、これからのことだけど、もし花音とくっつけようとして変に気を遣わなくていいからね、普段通りにしておいてくれよな」


「はい、わかりました、ありがとうございます!じゃあ、今まで通りにしていますね!」


「うん、お願い。 じゃあ、また。 おやすみ」


「はい、また。 おやすみなさい」


 そうして再度家の方角に振り返り、そのまま歩いて公園の角を曲がった。



 潤の背中が見えなくなると瑠璃も玄関のドアを開けて入り、ドアにもたれかかる。


「もう、ほんと最後まで優しいんだから。これじゃ先輩を諦めきれないよ」


 その場にずるっと座り込んだ瑠璃は顔を伏せ、静かに泣き続けた。





 帰り道、歩いて自宅に向かう潤はひたすら考える。


「いつか花音にはちゃんと告白しよう。 けど、今いきなり告白するのもな……」


 花火大会で見た花音の後ろ姿にその横顔を思い出すと同時に、隣にいた男の顔までは見えなかったが一緒に思い出してしまう。


「あれが花音の好きな人……? ってか直接聞けるのかこれ? 無理だよなー。 けど、瑠璃ちゃんに約束したしな」


 瑠璃との約束を反故にするつもりはないのだが、これかからどうしようかと考えてしまう。


「まぁとにかく、何かきっかけを見つけて何かしら行動を起こさないとな」


 そうして考えている間に自宅に帰り着いた。



「おかえりー、遅かったね。どうだった花火?」

「ん?まぁ綺麗だったよ」

「ふーん、なんかあった?」

「いや、どうしてだ?」

「ううん、なんかそんな感じがしたから」

「まぁそのうちわかるんじゃないか?わかんないかもしれないけどな」

「どゆこと?」


 予定より遅く帰ったこともあってか、リビングでソファーに座ってテレビを観ていた杏奈に問いかけられた。もしかしたら瑠璃から聞くかもしれないのだが自分から言う気はない。結果曖昧に伝えることになる。

 杏奈はリビングを通り過ぎる兄を不思議に思いながら首を傾げていた。


 そうして夏休みがもうすぐ終わろうとして、二学期が始まる日がすぐそこまできている。



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