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005 過去

 

「ふーん、そっかぁ。浜崎花音とカラオケで偶然一緒になったってか」


 高校一年の終業式だった今日の出来事を光汰に話して聞かせると、光汰はどこかニヤニヤして潤を見ていた。


「まぁ一応の話はわかった。それで?お前はどうしたいんだ?」

「どうしたいとかじゃないんだ。どうしてあいつが怒ったんだろうって、それが知りたいんだ」

「お前が自意識過剰なだけで、もしかしたら本当に用事があって帰ったかもしれないだろ?」

「いや、凜の話だと今日は予定が空いていたらしいし、俺と話してる時も何か急ぎの連絡が来たわけでもないはずだ。スマホにも手を付けていなかったしな」


 光汰は潤の考えすぎなのかと言ってくることに対して、潤は花音の様子や仕草を思い出し、その可能性は低いだろうという見解を持っていた。そして恐らくそれは間違っていない筈だ。


「そんなに気になるなら直接聞いたらいいだろ?」

「それができたらこんな話をお前にするかい!」

「っていってもなぁ。もう1年も前の話だろ?あれから。向こうも忘れてるかもしれないじゃん?」

「ああ、けどどうやって話をしたらいいのか正直わからん。ちょっと話した感じだと中身は変わってなかったぽいけど、あいつの見た目が変わり過ぎたし隣のクラスの俺が急に学校で話し掛けに行ったりしたら何を噂されるか…………。いや俺は噂されるのは別にいいんだけど、あいつが男をフリまくっているのにまともに相手をしてくれるかどうか……」

「ふーん、あの浜崎が学校一の美少女ねぇ。まぁ素質はある方だと思ってたけど、高校行ったら化ける子は化けるっていうしなぁ。―――あっ、だからお前声かけられないんだ?あの事気にして?」

「―――っつぅぅぅ!!うるっさいな」


 光汰は話を聞いてどこにそんな悩む要素があるのか理解出来ないでいた。

 浜崎花音に話し掛けたいのだが、話し掛けられない理由が潤にはあった。


「確かにあれはあいつらもだけど、お前もその一翼を担っちまったからな。まぁもしかしたらだからこそ今の浜崎があるのかもしれないな」



 ―――そう、それがどうしても引っ掛かっていた。


 俺が浜崎花音と知り合ったのは中学3年後期の体育委員を一緒にしたことだった。俺の中学は秋に体育祭があったので、体育委員は放課後に集まるから一緒にいることが多かった。

 浜崎とは小学校は別で中学のクラスも一緒になったこともなければ話したこともなかった。当時の浜崎は地味な見た目、中学生だから当然なのだが今とは違って染めていない艶のある黒髪ロングでいつも三つ編み。眼鏡を掛けて前髪はいつも額に垂らしていた。


 そんな見た目の彼女と話したのは体育委員で一緒になった最初の委員会だった。



「えっと、確か深沢君……だったよね?」

「ん?ああ。えっと君は?」

「私?自己紹介の時聞いてなかったのね?副委員長の浜崎、浜崎花音です!」

「ああ、それはすまんかった。それで?」


 最初の委員会、体育祭の準備に向けてグループ分けをしたあと、倉庫に備品を確認しに行くのだが他の委員は部活に出たいという希望があり、部活をしていなかった俺のことを知り合いの委員長が名指しで指名してきたのがきっかけとなった。


「――ったく、部活と委員とどっちが大事だってんだ」

「普通に部活でしょ?こういうのは手が空いている人がやればいいのよ」

「ふーん、浜崎って結構面倒見が良いタイプなのな。 あった、これでいいのか?」

「ええ、それで間違いないみたいね。 どうしてそう思うの?」

「いや、普通に考えてこんなめんどくさいこと誰もやりたがらないだろ?それを部活やってるやつのために率先して取り組んで嫌そうな顔一つしてないじゃん」


 体育倉庫の中、体育祭で使う備品の確認をチェックリストと照らし合わせながら手と口を動かしていると、浜崎は突然手を止めてじっとこちらを見て来ていた。


「んーん、その理屈で言えば深沢君も面倒見が良いってことになるよね?」

「えっ?俺が?俺は文句しか言ってないけど?」

「だって副委員長の私がするのはまだわかるけど、発足して間もない委員会で突然知らない女子に声を掛けられてこんなことに付き合わされてるのに、口では嫌々なこと言いつつも動きが精力的に動いているなぁって」


 潤を見る浜崎花音はどこか不思議そうな様子で潤の動きを観察するように見ていた。言葉にされたその内容に潤はどこかむず痒さを感じたので少し慌てるように照れながら次の道具の確認をする。


「ちげぇよ、早く終わらせて帰りたいだけだって。買い被って後で勝手に俺の評価を落としても俺は知らんからな」

「へぇー、まぁ今はそういうことにしておくわね」

「おぅ、今とは言わずにこれからもだけどな」


 潤がチラッと視線を向けた先の花音は薄く笑っていたのだが、視線は交差することなく花音は花音で道具の確認を再開していた。一瞬惹かれたその眼鏡の奥の笑顔が何故だか綺麗に見えたのだが、この時には特に気にすることなく、潤も作業を再開していた。



 思い返せばあの笑顔を見てから浜崎のことが気になり始めていたのだろうと思う。当時はそんなことを考えたこともなかった。




 そうして道具の確認を最初にしたことがきっかけで体育祭の備品管理の主担に抜擢されてしまったのだが、花音も一緒にすることになった。


「なんかごめんね、私が声を掛けたばっかりに」

「いや、いいよ。別に帰ってもゲームするか漫画読んだりして適当に時間潰しているかぐらいだし」

「そう?ならいいけど」

「それよりそっちの方が大変だろ?副委員長で色々とまとめなければいけないことがあるのにこんなことまでしちまって」

「ううん、いいの。深沢君を巻き込んじゃったからせめて一緒にするぐらいはしないとね!」


 花音は副委員長として体育祭の全体把握に務めなければいけないので、こんな道具運びとかの雑用なんかしている場合じゃないのに一緒に行ってくれていた。その理由がお詫びなのだということなのだから、結局潤の中での浜崎という女子は良い奴ということで認定されていた。


「そっか、まぁやっぱり浜崎は良い女だってことだな」

「な、何を言ってるのよ!バカなこと言ってないで早く片付けるわよ!」

「あいよ」


 冗談交じりで浜崎に声を掛けたら花音は少し慌てたように視線を逸らしてしまう。その反応がどこか面白かったのでそれからというもの潤は花音と一緒にいる時はこういったことを口にしていったのだが、それは冗談であり冗談ではないという気持ちに変化していった。


 学校から帰るときには家の方角が違うので学校の門で別れるのだが、花音は決まって笑顔で「またね」と声を掛けるので、俺もいつも「ああ、またな」と笑顔で返していた。



 そうして体育祭当日は無事何事もなく終わりを迎えたのだが、それから潤と花音は廊下などで会うと簡単な挨拶をする程度という具合に距離が離れて行った。すれ違う時に後ろ姿を目で追うぐらいのことはあったのだが、わざわざ話し掛ける用事があるわけでもなかった。



 ―――そんな中学3年の12月。体育祭から2か月後に後悔する出来事が起きた。



 昼休み教室でクラスの男女数人で話していた時のことだった。


「深沢ってモテるのに彼女作らないよな。もう3年の冬だぞ?」

「んー、まぁ別に今はいいかな」

「そんなこと言ってるといつまで経っても彼女できないわよ?試しに誰かと付き合ってみたら?試しでいいなら私が試されてみるよ?」

「おいおい、清美そんなこと言ってほんとは潤を狙ってるんだろ?」

「ち、違うわよ!」

「あー、でもこいつダメだぞ?2組の浜崎に熱を上げてるからな」

「えっ!?浜崎って浜崎花音?あの地味な子?ねぇ潤あの子が好きなの?」

「えっ、いや……」


 潤は話の流れで花音の名前を出されて口籠ってしまう。その様子を見たクラスの連中が視線を潤に一心に浴びせてしまい、思わず語気を強めて反論してしまった。


「お、おいおい、違うに決まってるだろ!?俺があの地味な子を好きだってか?冗談もほどほどにしろよ?それに眼鏡もないわぁ。髪ももっと工夫して欲しいし、俺はもっとオシャレな可愛い子が好きなんだって!」


 慌てて口にしたその言葉をへらへらと放ち続けるのだが、目の前の同級生の顔が思わしくない。お前らから聞いて来たのだろうと思い、声を掛けようとすると―――。


「深沢君、ごめんね話しているところ」


 突然後ろから久しぶりに聞く声が聞こえた。


「えっ、浜……崎?」

「これ、体育祭の委員の写真、先生が撮ってくれていたやつなんだけど。いらないなら返しておくけど?」

「あ、ああ……ありがとう。もらうよ」

「それじゃあね。バイバイ」

「ああ、じゃあな」


 花音はそれだけ言い、写真の入っていると思しき封筒を渡して教室を出て行った。

 それまで楽しそうにしていたクラスの連中も午後の授業が始まることも相まって気まずそうに黙って自分の席に戻っていく。


 そしてその日、家に帰ってからもらった写真の封を開けて見てみた。


「これ……」


 そこには体育祭の用具を一緒に運んでいる花音と潤の姿が映っており、2人共楽しそうな笑顔をしていた。

 そして同時に思い出されるのは封筒を渡して来た時の花音の表情。それは写真の表情とはかけ離れていた。明らかに今日していた表情は影を落としており、潤の発言を聞かれてしまったのだろうということは容易に推測できた。


「はぁぁぁ、俺なんてこと口にしたんだ。思ってもないのに、あんなこと……」


 その日の夜は後悔だけしか残らなかった。


 それからは花音とは廊下ですれ違って視線は合っても、あの沈んだ表情がチラついて声を掛ける勇気がなく挨拶すらできずにいる。そうしてその距離は徐々に離れていき、もう既に他人と言える位置にまでなってしまっていた。


 潤はあの写真を受け取った時の言葉、『バイバイ』が最後に花音と交わした言葉になってしまい、そんな後悔を引き摺りながら今日のカラオケを迎えたわけだった。



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