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047 大きな花火

 

 八月下旬の日曜日。学生達が謳歌している夏休みがもうすぐ終わろうとしている頃。


 前日大雨が降ったのだが、翌日の今日は大雨の影響か雲一つない空が広がっていた。日差しの暑さは多少気にはなるのだが、それも時間の経過と共にいくらかは落ち着いてくる。


「じゃあ行って来るよ」

「楽しんで来てねー」

「気を付けていってらっしゃい。ご飯はいらないのよね?」

「うん、向こうで適当に何か食べるからいいよ」


 夕方、時刻の割にまだ陽はそれほど傾いていないのは夏だからということは誰もが知るところ、潤は家を出る。



 普段なら自転車に乗ってそこかしこに出掛けるのだが、この日は歩いて出掛けていた。

 そうして駅に着くと、人がまばらに見られる。

 そこに普段は見ない浴衣姿の背の低い可愛い顔をした黒髪の女の子が潤を見つけて笑顔を向けられると同時に小さく手を振られた。

 その笑顔を見て嬉しくなるのと多少の罪悪感を同居させてしまうことにこれでいいのかという疑問を頭の片隅に持つ。


「瑠璃ちゃん早いね。もしかして待った?」

「いえ、大丈夫です。私も今来たところですから」

「そっか、良かった。じゃあ行こっか」

「はい」


 そうして二駅だけ電車に乗って移動した。


 潤の最寄りの駅とそれほど大差のない規模の駅を出るのだが違いがはっきりしているのはその人出の多さ。その多くの人の目的は同じだった。

 今日この日、潤の住む街の隣町では夏の風物詩、一大イベントともいえる花火大会が開かれるからだ。



 駅周りにもちらほら見られたのだが、最寄りの花火大会の会場に近付くにつれてそれは多く見られる。たこ焼き、フランクフルト、お好み焼きなど多くの出店が立ち並び、飲食店以外にも金魚すくいやヨーヨー掬い、的当てなどのゲームの出店も多く立ち並んでいる。


 多くの人で活気ある賑わいを見せており、行き交う人で浴衣を着ている瑠璃が特別目立たないのは周囲に同じような大勢の浴衣姿の男女がいるためで、そのほとんど、恐らくカップルであろう二人組は仲睦まじい姿を見せていた



「やっぱ凄い人だな」

「そうですね」


 潤はそんな中で周囲を見ながら隣に立つ瑠璃に声を掛ける。


「瑠璃ちゃん大丈夫?かなり人多いけど」

「もちろんです。せっかくこうして先輩と花火デートしてるんですから人酔いなんてしてられませんよ。それに、人に酔う程きょろきょろしてません。先輩しか見ていませんので」

「あー、うん、ありがとう(デート、か。まぁ、俺も実際そんな気分だしな)」


 積極的にアプローチして来る瑠璃の言葉を受けて微妙に照れてしまうと同時に返す言葉に困ってしまう。瑠璃の方に顔を向けると口にした瑠璃も照れてしまっている。「(頑張って気持ちを表現してくれてるんだもんな)」とその気持ちを汲みたいとは思うのだが―――。


 しかし、それとは別に思うところもあった。


「先輩の浴衣姿も見たかったです」

「あー、持ってないし、あんまりそういうのは似合わないからさ。けど瑠璃ちゃんはよく似合ってる。可愛いよ」

「あ、ありがとうございます」


 照れている瑠璃が可愛いなとは思うものの、笑って誤魔化している自覚はある。

 潤の隣に立つ瑠璃も周囲と同じように浴衣姿で、赤とピンクを織り交ぜた花柄の浴衣姿がよく似合っているというのは本心であり素直な気持ちだ。対して潤の方はというと、特に普段と変わらないTシャツにジーパン姿。浴衣など着慣れないのであまり積極的に着たくないというのは気持ちとしてはあるのだが、それ以外に流石に並んで浴衣で歩くというのには気が引けた。



「もうそろそろかな」

「そうですね、それにしてもこうやって先輩と花火を見に来れて良かったです。海の時から日があったから忘れてないか心配でしたし」

「まぁ約束したしな。だから忘れてない証拠にメッセージを送っただろ?」

「先輩から連絡来るの嬉しいです」

「まぁ、ちょっとはわかるな」


 花火の開始を待っている間に交わした会話は日常のことなのだが、やはり好きな相手と連絡を取り合うことの嬉しさといったらなんとも言えない気持ちになるのだが、潤は花音と連絡を未だに取り合えていない。瑠璃に連絡をする事は問題なく行えるのだが―――。


「……今日付き合ってもらったのってやっぱりちょっとズルかったですかね?」

「いや、まぁ、花音とは別に付き合ってるわけじゃないからな。いいんじゃないか?」


 そう思うようにしているのは今の自分の行動を正当化させようという気持ちから来ていた。瑠璃に好意を向けられているということは変わらない。花音のことも好きだということも変わらない。ただの友人関係で来ているという風に思えばなんてことはない。


 ―――瑠璃の態度や発言は別としてだが。


「進展は、ないんですか?」

「……さぁ、どうなんだろう」


 あることはある。いや、あると言えば良いのか、ないと言えばいいのか、自分でもよくわからないでいた。それ程に最近の花音との距離を測りかねている。


「ならまだ私にもチャンスがありますね」


 横に並び可愛らしく笑いかけて来る瑠璃を素直に可愛らしいと思う。


「あのさ、ずっと聞きたかったんだけど」

「はい?」


「どうして俺のこと―――」

 ドンッ―――ヒュゥゥゥゥン―――パァァァァン!


「あっ!始まりましたよ!」


 好きなのか、と聞こうかと思ったのだが、花火の音と共に潤の声がかき消された。


 そうしてその場では打ち上げられる花火を多くの人が見上げて眺めている。

 子供は指差し喜んでいたり、耳を塞いでいたり、花火に興味なく食べ物に集中していたりする子もいる。

 カップルの中には人目もはばからず女性が男性に寄りかかっている姿も散見された。しかしそんなカップルを気にする人など多くはいない。むしろその光景が自然に見える。


「きれーい」

「ま、いっか」

「何か言いました?」

「いや、なんでもないよ」


 潤の横で打ち上げられる夜空に舞い上がる無数の花火をうっとりと見ている姿を横目にして今じゃなくてもいいかと思ってしまった。

 花火を見ながら「(花音と見られたら良かったけどな)」とも思ってしまったのだが、すぐさま考えることをやめるのは横に立つ瑠璃のことを思ってのことだ。


 そうして打ち上げられる花火を数十分に及び十分に堪能した。



 花火の終わりには本日最大の大花火が満天の星空の中、まるで一時だけ昼間のような明るさを見せる。花火の音に混じって歓声が沸き起こるのが聞こえてくるほどに多くの人がその大花火に酔いしれる。

 そして終わると同時に万雷の拍手が巻き起こった。


「凄かったね。じゃあ、帰ろうか」

「はい、もう大満足です!」


 がやがやとした雑踏の中、潤と瑠璃も帰り支度を始める。歩き始めると立ち止まれない程に人が多くいる。立ち止まる方が押されて危険である。


「まぁ、案外知り合いっていないもんだな」

「そうですね、大きな花火大会ですし他市からも結構来ているみたいですから、知らない人の方が多いですもんね」

「だよな」


 最初は隣町ということもあって地元の知り合いや高校の同級生に会わないかと思ったのだが、仮に会ってもどうってことはなかったことに気付いた。

 地元の知り合いは瑠璃が杏奈と仲が良いのは潤を知っていれば大体知っている。会ったとしても、当初杏奈も一緒だったのだが、熱を出したとでも言えばいい。高校の同級生に至っては瑠璃とは付き合っていることになっているのだ。つまりこうして一緒に居ても普通のことだった。



「あれ?」

「どうしたの?」

「い、いえ、なんでもないです!」


 歩きながら突然疑問の声を上げた瑠璃を不思議に思い、声を掛けると同時に瑠璃の視線の先を確認する。慌てて誤魔化そうとする瑠璃なのだが、誤魔化せるよりも先に潤は瑠璃が何を誤魔化そうとしているのかをその視界の中に捉えた。



「…………花音?」


 瑠璃と潤の歩いている先には花音の後ろ姿があった。

 その格好は水色を基調とした青の水玉の浴衣姿であり、その腕が横に居る男性と繋がれていたのだった。


「えっ?」


 その状況をどう捉えればいいのか理解できなかった。



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