046 理解できない状況
「あーっ!また負けたわ!」
「そりゃーそうでしょう。昨日の今日で勝てると思ってる方がおかしいのです」
「むぅー」
「(意外と似た者同士なのか?)」
誕生日の翌日、星空が示した予告の通りに晴れ渡る空の中、さっそく花音は潤の部屋でゲームに興じていた。ただ隣には約束相手の潤が座っているわけではなく杏奈が座っている。杏奈は花音が来たことで嬉しくなり自分から相手になるのを志願していた。
そうして負けず嫌いを発揮して何度も杏奈に向かっていく花音の後ろ姿を見ながら潤は複雑な思いを抱いていた。
「(花音に好きな人かぁ。別に考えなかったこともないけど、やっぱそれが理由で誰とも付き合わないんだろうな)」
昨日、不意に聞かされた真実。以前買い物に出かけた時と先日潤が洗濯物を取り込んでいる最中に杏奈が聞いたらしいのだが、杏奈がうっかり口を滑らせたのだ。
あくまでも杏奈から聞いただけなので真実とはいっても信憑性の程は定かではないが一定の納得はいく。
これではっきりとしたことが二つあった。
一つ目は、花音の容姿が劇的に変化した理由。それは好きな人のために努力をしているだろうということ。
二つ目は、好きな人がいるから誰に告白されても振っているだろうということ。
「(その好きな人が俺だったりして?―――って、んなわけないか。こいつが振った中には俺よりもっとモテる奴いっぱいいたしな)」
もしかすればという可能性を模索するのだが、自信過剰になるほど過大評価はしていない。それは花音がこれまで振り続けた相手が相手だ。学校でも女子から人気があるやつでさえ取り付く島もないというのは潤や花音に近しい周りの人間どころか、学校中が知っている話で事実だ。内々でいくら中学から知っているとはいえ、その中に割って入るほどの人気を持ち合わせてはいないのは自分自身が知っている。
「(けど、俺じゃないって可能性はないことはないんだよなー)」
多少自分を卑下してみたが、だからといって、これまでのことを振り返ると花音が好きな人というのが自分ではないということも否定できないでいた。微かな可能性に望みを繋ぐのだが、確認するにはどうすればいいかも同時に考える。
「(『おい、花音、お前俺のこと好きだろ?』 『なぁ、お前の好きなやつって俺なのか?』……ははっ、何考えてんだ俺)」
自分でも馬鹿なことを考えていると思う。
聞く勇気がないのは、ここまで築き上げてきた関係に十分に満足とまではいかないが多少は満足している。ここまでもう何度も頭を悩ませ繰り返し考えて慎重にやってきた。
「(せっかく杏奈ともこうやって仲良くやってんだ。別にこのままでいいんじゃないか)」
仮に告白して振られて花音との関係が今後悪化することになったとしても、「(杏奈のことだから俺のことは度外視して花音と仲良くやってるんじゃないか)」と思うのは杏奈のことを良く知っているためだ。そしてその予想は恐らく外れていないだろうという見解を持つ。その根拠に、潤よりも杏奈の方が先に花音の連絡先を知っていたのだから。友達になったのは自分の方が先だと言い出しかねない。
だとすればどうして今花音が自分の部屋にいるかということなのだが、杏奈が花音を慕うように、花音も杏奈を可愛がっているということに結論付けた。
「(そういや中学の時に『妹か弟欲しかったんだよね』なんて言ってたか)」
ふと忘れていた中学の時の花音が言っていたことを思い出す。自分が妹だからだということも言っていたなと。
「(まぁ今こうしてここにいるってことは、その好きな人との関係は進展していないってことだよな)」
結局、現状に甘んじてこのままの関係を維持する事を優先して考える事をやめた。
ぼーっと考えていたらそこで花音が振り返り、目が合った。
「どうした?」
「えっ?杏奈ちゃんと潤ってどっちが強いのかなって」
「そんなもん俺の方が強いに決まってるだろ?持ち主だぞ?」
「そんなことないよ!潤にぃより私の方が強いもん!」
「んなわけあるか!花音コントローラー貸してくれ!」
「う、うん」
花音からコントローラーを受け取り、杏奈と勝負する。
対戦型のゲームで一進一退の互角の攻防を繰り広げ、いつの間にか考え込んでいたことを放棄して目の前の勝負に集中してしまっていた。
潤に場所を譲った花音は一歩後ろに下がり、慈しむような優しい視線を送っていたのだった。
「くぅぅううう!」
「ははっ、まぁこんなもんだ。修行が足りんよ修行が」
「っていうかどっちも凄い上手だったわよ」
「花音も早くこのレベルに追い付くんだな」
「え~、これは私にはちょっと荷が重いなぁ」
悔しがる杏奈に対して満足そうにする潤。そんな二人を微笑ましくも苦笑いしながら見ている花音。
「でも追い付けるように頑張る!だからこれからももっと色々教えてね!」
「おぅ、任せろ」
「私も色々教えますよ?」
「ダメよ、杏奈ちゃんは」
「え?」
「杏奈ちゃんの知らないところで強くなって杏奈ちゃんを越えるんだからね。 ねっ、お師匠様」
おどけて急に師匠と呼んでくる花音の様子に戸惑いを隠せない。急にそんな笑顔を向けられてもどういう反応をしていいか混乱する。
「お、おぅ、任せろ!弟子よ」
「ふふっ、急に言ったから驚いたでしょ?いつも潤には驚かされるけど、今回は私の勝ちね!」
「(いやいや、そんな勝ちぐらい譲るさ)」
いつも驚かされるというのは体育祭の打ち上げの電話や海水浴の時の咄嗟の行動など、常に偶然の産物なのだろうと思うのだが、こんなに可愛らしい笑顔を向けてくれるのなら何度だって勝ってくれて構わないと思う。
「あら、花音ちゃん。騒がしいと思ったら今日も来ていたのね」
「昨日に続いてすいません、お邪魔しています。小乃美さん」
「光汰君に次いで二人目ね。私のこと名前で呼んでくれるの。嬉しいわぁ、いつでもお嫁に来てくれて構わないからね」
「えっ!?」
母親の小乃美は手の平を頬に当て、嬉しそうに笑顔で花音に声を掛ける。
「おい、おばさん、そのネタはその辺にしといてもらえませんか?困っていらっしゃるので」
「誰に向かっておばさんって言ってるのよ!」
「花音が言わなかったから代わりに言ったんだよ!しょうもないこと言ってるからな」
「あらっ?なんだったら花音ちゃんと代わってくれていいのよ?女の子欲しかったしね。ねぇ杏奈」
「そうだねぇ、花音お姉ちゃんかぁ。悪くないわね」
「くっそー、杏奈まで」
「ちょ、ちょっと小乃美さん!杏奈ちゃん!」
「冗談よ冗談。本気にしないでね」
女は強しと言うが、母親と杏奈が合わさるといつも大体こんな感じなのでいつも通りに対応するのだが、花音一人だけが慌てふためいていた。
「もう、ほんと潤の家って賑やかね」
花音は潤達が家族揃って口裏を合わせた様なやりとりを目の前で繰り広げられたので思わず笑みがこぼれる。
「でもさっきのは冗談じゃないからね」
「えっ?」
「お嫁の話よ。ほら、こんな子だからちゃんと結婚できるか不安なのよねぇ。良かったらいつでももらってね」
小乃美が嫁の話を改めて持ち出すと頬を赤らめて目が泳いでしまった。
「こらっ、早く出て行け!」
「はいはい、あっ、今日も食べて帰っても良いからね」
「あ、ありがとうございます」
花音はその場ではお礼を言うものの、時間が経った頃に帰ろうとした際、昨日と今日の二日続けてだったので夕食の誘いを断っていた。しかし、小乃美と杏奈の包囲網を突破することなく結局テーブルを共にしている。
潤はそんな花音を横目に杏奈はもちろん母親とも「(きっと上手く付き合えるんだろうな)」と思うのは、流石に花音もただ食事に呼ばれるだけでは申し訳なく思って片付けを小乃美と共に並んで行っている。小乃美も小乃美で断ることなく嬉しそうにその申し出を快く受け入れて食器の片付けを行っていた。
そんな夏休みの何気ない日常の一ページなのだが、潤にとってはたったこれだけのことでも特別な日に感じられていた。




