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043 延長戦

 

 延長戦を迎えた誕生日。もう陽は十分に傾いている。


 そんな中、潤の部屋で杏奈と花音は楽しそうにテレビゲームに興じていた。

 全くやり方のわからなかった花音は杏奈に教えてもらいながらも、つたないコントローラーの持ち方を見せつつ真剣に画面を見ている。


 不意に訪れた潤へのサプライズプレゼント作戦から既に一時間程度経過していた。


「(意外とこういうことにも真剣になるんだな)」


 潤はベッドに横になり片肘を付いて杏奈と花音がゲームをしているところを黙って見ていた。ずっと見続けていたわけではなく自分は寛ぎながら適度に視線を送っている程度だが。

 時折時計に目を送るのは時間の経過が気になって仕方がない。


「(花音って、色々頑張ったんかな?)」


 そうしてそう思うのは、中学の時との比較。

 今は後ろ姿しか見えないのだが、それでも思うところはある。中学の時は黒髪三つ編みに眼鏡。私服姿は見たことはないのだが今とは大きく違うだろうということは推測でしかないがそう予想と外れてはいないだろうと思う。

 そんな中学の時に対して、今の花音がやぼったい三つ編み姿などというのは潤の知る限り高校では見たことがない。茶色く染めた髪は黒髪時代の艶を連想するほどに残しつつ、眼鏡はコンタクトに変えて目にかかる程の前髪を今は程よく整えられている。私服姿にしても何度となく見ているが、まるでファッション雑誌のモデルかのように見事に着こなして綺麗な女性を映していた。


「(そういや今更だけど、杏奈は花音が中学の先輩だって知ってるのか?)」


 ふと中学の時のことを思い出していたら目の前の杏奈を見て考えた。

 これだけ花音に懐いている杏奈が中学時代には花音のことを知らなかったことはわかる。高校で知り合ったのだから。

 別に中学の頃の花音とのギャップを杏奈が知ったところで幻滅などするはずがないということは断言できるほどに潤も杏奈の性格を知っている。むしろそれだけの劇変をしたのならその極意を教えて欲しいと言いかねない。


 しかし、潤と杏奈はそうは思っても花音がそれをどう思うのかはわからない。触らぬ神に祟りなしとばかりにわざわざ藪蛇をつつく必要もない。



 ―――だが、まるで心の中を読まれたかのように杏奈がその薮の中を見事に突いた。


「ねぇ花音先輩?」

「なぁに?」


 画面に視線を向けているのでお互い目を合わせることなく会話を始める。花音はゲームに少し慣れた様子でそれほどひどいミスをすることなく手を動かしながら会話をする余裕が多少はできている様子だった。


「家近いって言っていましたけど、この辺なんですか?」

「ええ、そうよ、ほら、あそこの田辺酒店ってあるでしょ?そこの裏よ」

「えっ?ほんとに近いじゃないですか!?じゃあ中学同じだったんですか?」

「ええ、そうよ。 潤から聞いてなかったの?」


 通常なら何気ない会話なのだが、いきなりの話の展開に潤も気が気でなかった。薮の中の蛇はまだ飛び出しては来ていない。むしろ花音も普通に受け答えをしている。


「うん、お兄ちゃん何も言ってなかったよね?ねぇお兄ちゃん?」

「ん?ああ、まぁな。わざわざ言う必要もないだろ」

「それもそっか」


 こっちに話を振るなよと思いながらもあくまでも平静を装う。そして興味のないフリをする。

 実際はそんなに余裕ではないのだが。


「全然気づかなかったなぁ、花音先輩みたいな綺麗な人がいれば覚えていても良いのに」

「まぁ気付かないでしょうね。私中学の時もっと地味だったから」

「えー!?そうだったんですね!じゃあ高校からなんですか?前に言っていた努力したのって?高校って割かし自由でいいですよねー」

「そうね」

「あのさ、杏奈?雨降ってきたから洗濯物取り込んできてくれないか?」


 聞いているだけで胃が痛くなる。

 話の展開がややこしくなりそうと思いながらふと外に目を向けると、丁度雨が降り出している。まだぽつぽつと降っている程度なのだが、恵みの雨と捉えた。


「えー!?お兄ちゃん暇してるじゃん。お兄ちゃん行って来てよ! それよりもさ、どうして高校でオシャレしようと思ったんですか?良かったら教えてもらってもいいですか?」

「……あー、それはね―――」


「よしっ、仕方ねぇな。じゃあちょっくら洗濯物取り込んでくらぁ」

「おねがーい」


 花音のゲームキャラクターがコントロールを失い敢え無く一機失くしてしまう。

 潤の危惧していた通り、花音が動揺している様子が見えたので聞くのが耐えられないと思って慌てて洗濯物を取り込みに部屋を出る。

 どういう理由があるにせよ、心情の変化によるものなのか、例え花音が杏奈に話したとしても俺に聞かれるよりはいいだろうと思う。




「けどまぁ勢いで出て来たけど、実際どうなんだろな?前に可愛くなったって話をした時はそんなに嫌そうにはしてなかったけど、それと彼氏がイコールにならないんだもんな」


 男が出来たから綺麗になったのではないとほぼほぼ確信が持てる推測が既に立っている。ならどうして誰とも付き合わないのか?まさかとは思う可能性が頭の中を過るのだが、その可能性を否定しきれないのは自分もそうだから。


「やっぱ、好きな男がいるから……か」


 まだぱらぱらと降る雨の中、洗濯物を取り込み終え話が終わったかなと二階を見上げて考えた。もう戻っても大丈夫かと自分の部屋に戻ろうとする。


 その頃には雨が本降りになっており、洗濯物の取り込みはぎりぎり間に合った。

 本来居心地の良い使い慣れた自分の部屋なのだが、今ここに至っては中の空気が読めないでいる。


 ドアノブに手を掛けると、潤が開くよりも先にドアが開かれた。

 驚いて一歩後ろに下がるのだが、目の前には杏奈が立っており、スマホを手にしている。


「あれ?どうしたんだ?」

「えっとね、今お母さんから連絡があって、傘を持っていないから駅まで持って来て欲しいって」

「あー、結構降ってるもんな」

「だからそれまで花音先輩の相手をお願いね!すぐに帰って来るから! よっ、ほっ!」

「ちょ!?おい!」


 母からの連絡を受けて杏奈は軽快な駆け足で階段を下りて行き、玄関に差してあった傘を二本持って出て行った。


「あいつ……」


 ほんと考えなしに行動するよなとは思うものの、そもそも杏奈からすれば潤に気を使う理由がわからないのだから。


 しかし、この状況は些かまずい。すぐに母親と杏奈が帰って来るとはいえ、今この家には俺と彼女の二人きり。雨の中自転車も使わないのだから帰って来るまで数十分はかかるだろう。


 まずいといっても潤からすれば僥倖である。

 杏奈に対する感謝と恨めしさを同居させ、比重で言うとどちらかというと感謝の方が上回っていた。


 杏奈が飛び出したままの開けっ放しの扉の中、自分の部屋の中を見るとそこには普段は絶対にそこにはいない美少女が座ってこちらを見ている。

 その表情は呆気に取られて目を丸くしていた。


「……なんかごめんな」

「……ううん、もしあれだったら私帰ろうか?」


 当然の帰結である。別に花音がこの場に居座る必要もない。遊ぶ機会は夏休みということも相まってまだまだある。


 しかし、ここでの答えは潤の中では決まっていた。


「いや、杏奈が楽しみにしているみたいだから花音が良かったら待ってやってもらってもいいかな?」

「えっ? それはもちろんいいけど?」


 杏奈を出汁にして花音を引き留める。本当ならもう暗くなり始めているのだから帰ってもらうことになって普通のことだ。

 だが帰したくなかった。好きな女の子が目の前にいるのだから。別にいやらしいことをしようとしているわけではない。ただただ少しでも長い間一緒にいたいだけだ。一分一秒でも長く。


 住み慣れた自分の空間が今はもう異空間かのようにまるで違う空気を感じる。

 テレビの前に女の子らしく座る花音の横にドカッと座り胡坐をかく。


「それで、杏奈には勝てたのか?」

「ううん、全然」

「よしっ、あいつが帰って来るまでにあいつの攻略法を教えてやろう!」

「えっ!?そんなのがあるの?」

「ああ、まぁ見てな」


 ゲームの戦績を確認すると一向に勝てないらしい。

 それは想定内である。今日初めてするゲームで事前情報もなく杏奈に勝てという方が無理だろう。

 しかし、兄妹ならでは知り尽くしていることもある。だからこそ攻略の仕方があった。



 そうして杏奈攻略の方法を簡単に教える。


「―――へぇ、なるほど、確かに。ちょっと練習させて」


 花音は潤から杏奈攻略の手解きを受けて、納得する様子を見せながら練習することに余念がない。

 一通り教えたのでこれ以上詰め込んでも器用貧乏みたいになってむしろ逆効果だろう。杏奈にはすぐに看破されるだろうがとりあえず最低でも一度勝てればいい。


 そう思いながらただただ二人きりの時間をゲームの練習に費やしたのだが、潤は後ろのベッドに腰掛けてゲームの練習に熱中する花音の背中をじっと見る。


「(攻略法か。 なぁ花音、お前の攻略法ってないのか……)」


 そうして、目の前にいる好きな女の子を振り向かせるためにはどうしたらいいのか考えてしまっていた。



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