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042 誕生日の余熱

 

 忘れ物なんてあったかなぁと首を傾げながらリビングに花音と入る。


「なぁ、花音の忘れ物があるって話だけど?杏奈見たか?」

「ううん、ここにはないよ?お兄ちゃんの部屋じゃないかな?」

「なんで俺の部屋に忘れ物があるんだよ?花音入ってないじゃねぇかよ」

「まぁ一応確認しに行ってみればわかるんじゃない?」


 何を言ってるんだとばかりに不思議に思って二階への階段を上がっていく。


「……なんでお前らも付いてくんだよ?俺の部屋を見に行くんだから俺だけでいいだろ?」

「別に私はいつも入っているじゃない」

「……じゃあ花音は何しに?」

「え?私の忘れ物だから私が見るのが一番早いでしょ?」


 それはそうだけど、絶対に花音の忘れ物などないと断言できる。これが、真吾が凜の何かしらを忘れたというのならわからなくもないのだが。

 もしかしたら真吾が凜から花音の何かを借りていて、それを俺の部屋に忘れて行ったのではないのかと、低いながらもあくまでもあるかもしれない可能性を模索しながら部屋の前に着く。


 しかし、部屋の前に着いてふと思った。


「(今から花音が俺の部屋に入るんだよな?いつもリビングまでだったけど、初めて俺の部屋に花音が……)」


 振り返り花音を見る。花音は潤にじっと見られたのでどうしたのだろうかと疑問符を浮かべた。


「あのさ、先に言っておくけど、部屋、散らかってるからな」

「知ってるよ?」

「お前に言ってんじゃねぇ!花音に言ってんだ!」

「……もしかして、エッチな本とかあったりする?」

「あー、それなら本棚の―――」

「だーーーーっ!あほかお前!!ってかそもそもなんで隠し場所知ってんだよ!」


 予防線の意味で部屋のことを前もって伝えようとしたのだが、杏奈の余計な横やりが入る。その上、恥ずかし気に花音が気にした思春期の男子なら多かれ少なかれ気にする羞恥心の塊であるブツの場所を杏奈に知られていたことに驚愕した。


 しかし、必死に恥ずかしがる潤とは対照的に、花音は微妙に俯いているのだが、その表情は笑顔が見られた。


「ふふっ、大丈夫よ。潤も男の子だもんね」

「そう、改まって言われてもどう返したらいいかわかんねぇよ。とにかくちゃっちゃと確認してくれよな」


 笑いかけられた花音から思わず照れて視線を逸らせながらついついぶっきらぼうに答えてしまう。



「いくぞ」

「どこに行くのよ?ここはどっかのダンジョンなの?奥には魔王でもいるの?討伐するの?」

「ぐっ!(だがしかし、隠しダンジョンの魔王ならいるけどな)」


 潤が覚悟を決めドアに手を掛けて声を掛けるのだが、杏奈はRPGよろしくの受け答えをしていた。


 杏奈の返答に自分でもあほなことを言ったと思い、緊張を自覚した。確かにな、と想像するとおかしく思う。


 そしてドアを開けてみる。

 多少雑誌やゲームで散らかっているがいつも通りの潤の部屋であり、特に目立った変化は見当たらない。


「ほら、どうだ?見たところなんもないじゃねぇか」


 敢えて言うなら、本棚の左下に隠しダンジョンの夜の魔王が住んでいるのだが、今ここには言及をすまい。


 ハンガーに掛けられた制服に皺が入ったベッドのシーツ、出しっぱなしのテレビゲームに漫画や参考書にラノベの書籍が入った本棚。いつも通りの潤の部屋。

 エアコンが点けっぱなしになっていることにここで初めて気付いて、母親がいないことに安堵しつつも開きっぱなしの遮光カーテンから夕陽が差し込んで来ていた。


「あるわよ忘れ物?」

「そんなもんどこにあるんだよ?」


 何がどこにあるんだと思い振り返り、杏奈と花音を見るのだが、二人の表情はにやにやとしており、視線は真っ直ぐに本棚に向いていた。

 そして花音がゆっくりと本棚に向かって歩いて行く。


 ちょっと、待て、本棚は真吾と光汰が漫画を出して読んだだけで絶対に花音の私物がそこにあるはずがない。そんなことなどあり得なかった。


 ―――まさかここで魔王の討伐をするのか!?まだ陽は沈み切っていないぞ!いくらなんでも冗談が過ぎるだろうと思い、声を掛けようとしたら、花音は手に持っていた鞄から何かを取り出して左下の魔王には触れずに中段にあるラノベの書籍を並べてあるところに鞄から取り出したものを差し込んだ。



「ほら、ね」

「へ?」


 本棚に何かを差し込んだ後、花音は潤に向かって振り返る。

 花音が差し込んだ先を目で追うと、ラノベの最新刊を入れるために開けていた隙間がしっかりと埋められていた。


「それ?」

「……潤、誕生日、おめでとう」


「あ……ありがとう」


 花音は沈みかける太陽の朱の光を頬に浴びながら潤に祝いの言葉を述べる。その屈託のない笑顔に惚れ惚れして呆けてしまうのだが、一瞬の空白を開けてなんとか一言だけお礼の言葉を返した。そう返すことで精一杯だった。


「へへーん、どう?びっくりした?私と花音先輩からのサプライズプレゼント!」

「ごめんね、杏奈ちゃんがどうしても潤をびっくりさせたいからって」


 潤の後ろでにへらと笑っている杏奈がサプライズプレゼントに花音に協力してもらったのだということを言った。


 そこでやっと一連の流れを理解して安堵する。なんちゅうサプライズプレゼントだよ、と。


「(そうだよな、杏奈は俺が花音のことが好きなことを知らないもんな)」


 必要以上に緊張してしまっていたのは、今ここにいる、自分の好きな女の子が初めて自分の部屋に足を踏み入れていたのだからだということは自覚している。このサプライズを真吾や光汰、それに凜がしたところで、嬉しいけどここまで安堵することはなかったはずだ。


「なんだ、てっきり魔王の封印を解くのかと思ったぜ」


 思わぬ角度から会心の一撃を喰らってしまったことで呟いたその独り言は小さく呟いただけなのだが、静寂の中で発せられたそれは声の小ささ以上にしっかりと杏奈と花音の耳に入る。

 二人して同時に本棚の左下を見た。


「魔王?あっ、そうそう、ここにね―――」

「だーーーーっ!!やめろっつの」


 そうして杏奈が思い出したかのように本棚に向かって歩いて行くのを寸でのところで制止することに成功した。

 花音は先程と同様に笑って潤と杏奈のやりとりを見ていた。


「本当に仲良いのね二人とも」

「えっ?あぁ、まぁ、たぶん世間的には仲良い方に入るだろうな」

「そうだね、いつもここでゲームしてるしね」

「へぇー、どんなゲーム?」

「えっとね、ここにあるこれとこれとこれ―――」


 じゃれあう兄と妹を見て声を掛ける花音に対して、動きを止めた潤と杏奈は仲の良さを否定はしない。周囲の友人から聞く兄妹間の不仲さとは無縁だった。


 話がゲームの話になって、魔王が住んでいる左下とは対角を成す右上のゲームについて杏奈が花音に説明を始める。花音は普段ゲームをしないのか、格闘ゲームやパズルゲームにレースゲームなど杏奈の説明を食い入るように聞いていた。

 そんな二人を潤はベッドに腰掛け見ている。


「ふーん、話に聞いてもいまいちよくわからないわね」

「あっ、じゃあ花音先輩、まだ時間はありますか?」

「えっ?そうね、家も割と近いし、まだ二~三時間ぐらいなら大丈夫だけど?」

「せっかくだから一緒にやりましょうよ!」


「えっ?」

「は?」


 杏奈からゲームの説明を受けても花音は想像出来ていない。普段からゲームをしなければ当然だろう。

 そんな花音に対して杏奈は現在の時間の確認をしてゲームを一緒にしようと提案した。


 黙って二人を見ていた潤も杏奈の提案を聞いて声が漏れる。それは花音の反応とほぼ同時であり、チラッと後ろを振り返る花音と目が合った。そこには確認する意図が込められているのはここが潤の部屋なのだからなのだろうかと思う。


「そ、そうだな、別に俺はかまわないぞ」

「じゃあ……せっかくだから少し遊ばせてもらおうかな」

「やった!決まりね!えっとぉ、どれからしようかなー」


 何も考えずに最初にするゲームを決める杏奈に対して、その間潤と花音はお互いそれぞれ無言になってしまう。


「(流れとはいえ、妹よ、グッジョブ!)」


 見事花音を居座らせることに成功した妹のファインプレーに潤は満足していた。


 そうして、誕生日会は思いがけない延長戦に入って行く。



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