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041 誕生日

 

 翌週の午後、十四時過ぎ。

 潤と光汰と真吾は三人で潤の部屋のゲームをしていた。特別盛り上がりがあるというよりも、たまにこうして集まってはなんとなく過ごすということが多くなってきている。


 色々なゲームをするのだが、人気サッカーゲームをする場合は負けた方が交代している。待っている者は漫画を読んだりスマホをいじったりしていて、それでも気を遣うことがない自由に過ごせる空間がとても居心地が良かった。時には三人でアクションゲームをしては「くっそ!」「てめぇやめろよな!」などといった風に話している。



 それでも今日はいつもと違うことがあった。


「潤、今日誕生日なんだよな」

「おう、そうだよ。なんかくれ」

「そうだよなぁ。去年の夏休みはこんなに遊んでなかったから知らなかったからなー」

「おう、だからなんかくれ」

「こうやって遊んでるのがプレゼントってことでどうだ?」

「おっ、それいいねー」

「お前らなー」


 光汰が確認する様に言うので、まだ何ももらっていないことから催促するのだが貰えるのは言葉だけ。呆れるように溜め息を吐くのだが、別に本気でプレゼントをねだっているわけではない。

 朝、既に杏奈からもらった誕生日プレゼントのラノベ『転生した異世界で色鉛筆無双』は本棚に入っている。その列の端にはもう一つ欲しいラノベ『駄天使が召喚した聖女は戦う聖女だった』の新刊が入る予定になっているので空けてある。今度自分で買いに行くつもりだ。


「そういやこうして遊んでるのは割といつものことだけど、下はどうなってるかな?」

「さぁ、女子同士で楽しくしてるんじゃないのか?」

「雪さんのお菓子かー。食べたいっ!」

「光汰はほんと雪姉好きだよな。凜の方が可愛いぞ?」

「人の女には興味ねぇよ」


 そうしてゲームをしながら話すのは下で女子達が雪に料理と菓子作りを教わっていたのだった。ついでに何故か母親も一緒になって教わっているのだが、二階に上がる前にリビングではこんなやりとりがあった。



「いやぁ私まで教えてもらえるなんて、料理教室に通わずに済むから助かるわぁ」

「いえ、そんな大したことないですよ」

「そんなことないわよ、あのル・ロマンの娘でしょ?良かったら潤のお嫁に来ない?」

「ぶっ!何言ってんだこのバカ親は!?」

「あら、じゃあ考えさせてもらいますね」

「雪さん!?」

「お兄ちゃんなに一人で焦ってんの?二人とも冗談じゃない。そんなこともわからないの?」

「ぐっ、いやそらそうだろうけど」


 と、そんな一幕があったのだった。

 焦るのにも理由がある。そこには好きな女子がいるのだから。


 二時間ぐらいはゲーム他諸々に興じていただろうか。ぼちぼち腹も減ってきたぐらいに部屋がノックされる。


「お待たせー。できたよー」

「おっ、じゃあ行こうか」

「あいよ」


 杏奈が呼びに来て潤と真吾と光汰の三人はリビングに向かう。


「おぉー!」

「すげぇな」

「さすがプロの指導!」

「ちょっとちょっと、まだセミプロ程度よ。あんまりおだてないでね」


 雪の指導の下開かれていた料理教室で出来上がったケーキやクッキーがテーブルの上に所狭しと並べられていた。


「いやいや、これでも十分凄いですって。 あれ、そういや母さんは?」

「お母さん『ありがとね、あとはおばちゃん邪魔だから出掛けて来るわ』とかなんとか言って出て行ったわ」

「なんか追い出したみたいで申し訳ないわね」

「いやいや、花音が気にすることないって。満足したからこれ見よがしに遊びに出かけただけだから絶対!」


 母親が不在の理由を確認するのと同時に断言出来た。潤と杏奈が手から離れ始めた最近は特に自由にしているのだからと。


「じゃあ始めましょうか」

「うーん、この歳で誕生日会なんてするとは思わなかったけどな」

「まぁ私たちがお菓子作りの練習するついでだから」

「そう言われるとそれはそれでどうなんだ?」

「細かいことは気にすんな。早く頂こうぜ」


 そしてそれからは潤の誕生日会と銘打った試食会が開かれた。

 少しして誕生会の主役である潤が真吾と光汰の提案の下どれを誰が作ったのか当てるゲームが開かれる。完全に悪ノリしているようにしか見えないのだが、意外と女子も乗り気なところが不思議だった。


 そうして潤の目の前に5枚のクッキーが並べられる。


「(くそ、これで外したらどうなるんだよ)」


 しょうもないゲームを思い付きやがってと思いながらも、絶対に花音が作ったのは当てようと心に誓う。


「(あれは絶対雪さんのだな。絶対一番上手なはずだ。こいつ、凜もそれに次ぐものだろう。ややこしいのは花音と瑠璃ちゃんか……。となると、まずは杏奈を除外することから始めるか)」


 目の前のクッキーをじっくりと眺める。花音と瑠璃を反対に選んでしまうと色々とややこし気配がしてならない。それを知ってるのは俺と瑠璃ちゃん、そしてにやにやこっちを見ているあいつら、光汰と真吾だけだ。


 まずは消去法だと思い、数多くあるクッキーの中から一際形の悪いものを選んで決心する。


「よしっ、この歪なクッキーは杏奈だな?どうして型抜きがあるのにこんだけ崩すことが出来るんだよ」

「ぶっぶー!お兄ちゃんは私をなんだと思ってるのよ!?」

「……ごめん、それ私」

「は?」


 どうしてこうなった?


 初っ端から外した。やってしまった。花音と瑠璃を間違えるどころか絶対杏奈だと踏んだクッキーが花音だったなんて。一分前に時を巻き戻してくれ。確かそんな漫画見たことあるぞ。あの能力俺にはないのか?あっ、そうかリセットボタンだ。どこにある?違う、これは現実だ。ゲームの世界と混同するなよ。何考えてんだ俺。


 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。


 心の声では何度も大きな警鐘を鳴らして反響する。まさかこんなところでせっかく積み上げて来た花音との関係を壊してしまうかもしれないと思うと恐ろしくなった。


 後ろにチラッと視線を向けると、真吾と光汰が笑うのを必死に我慢している姿が視界の端っこに映った。

 おい、微妙に声が漏れ出ているぞ。あいつら後で覚えていろよ。


「下手くそで…………ごめんね」

「えっ?いや、そんなことないぞ(あれ?てっきり怒られるかと思ったんだけどな)」


 微妙にもじもじと上目遣いで恥ずかしそうにしている花音を見て動揺してしまう。割と毒づいたのでもっと怒られることを覚悟していたのだが。


「ウソよ、さっき下手くそっていったもん」

「違う違う、確かに形は歪かもしてないけど、味はきっと―――」


 申し訳なさそうにする花音をこれ以上辱めるわけにはいかない。手に持っていたクッキーをひょいと口に入れてしっかりと咀嚼する。


「うん、やっぱり美味しいじゃないか」

「そ、そう?なら良かったわ」


 なんとか挽回したみたいだ。感想を聞いて安堵する花音を見て潤も安心して一息吐く。


「というよりも私が見ているんだから当たり前じゃない。ああは言ったけど、さすがにおんなじ材料を使ってるし味見もしているわよ」


 溜め息を吐くように雪は呆れていた。


 それからもクッキー当てゲームは続き、雪の作ったクッキーはもちろん当てられた。しかし凜だと思っていたクッキーが杏奈だったことは意外だった。褒めながら食べたので杏奈だということが発覚するとふんぞり返っていた。


 瑠璃のクッキーを当てると瑠璃は嬉しそうにしている。最後の凜のクッキーだが、凜曰く姉である雪とは違うことに得意分野があるからいいのとのことだった。


 そうしてそれからは全員でケーキを存分に堪能した。



「今日はありがとうな。美味しいケーキも食べられたし」

「夏休み中にまた遊ぼうね」


 夕方、玄関で全員を見送る。もうかれこれ半日も過ごしていたのだ。

 全員が玄関を出るところで、最後に出ようとした瑠璃が玄関に残り振り返り潤を見る。


「あの、これ」

「えっ?ありがとう」

「プレゼントはなくて良いってことだったんですけど、やっぱり渡したくて……」

「ううん、いいよ、ありがとう。開けても?」

「はい」

「あっ、これ」

「前に欲しいって言ってたので」

「ありがとう大事に使うよ」


 袋から取り出したのはパソコンのマウスだった。そろそろ買い替えようと言っていたことを覚えていたのだ。


「じゃあ、先輩。また今度」

「ああ、また今度ね(そっか、あの約束か)」


 そうして瑠璃も帰って行った。



 ―――十数分後。


 杏奈と二人リビングで最後の片付けをしているところでインターフォンが鳴る。


「お母さんじゃない?」

「あれ、俺鍵閉めたかな?」

「私が閉めちゃった」

「だとしても鍵持ってないのか?」

「忘れたんじゃないかな?」


 てへっと悪びれずに言う杏奈に対して、「何してんだよ」と少しの文句を言いながらも玄関に向かい鍵を開けてドアを開ける。


「母さん、鍵持って行ってなかったのか?―――えっ!?」

「……こんばんは」


 ドアの前には想定していなかった人物だった。

 花音が一人で立っていた。


「花音?どうしたんだ?忘れ物か?」

「うん、ちょっと忘れ物しちゃった。入っても、いいかな?」

「ああ、別にいいけど?」


 おかしいな、忘れ物なんてなかったけどなと思いながらも花音を家の中に通した。


 

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