004 帰り道
カラオケはその後、潤と真吾と凜の3人で時間一杯まで歌っていたのだが、潤はどこか心ここにあらずといった感じで考え事をしてしまっていた。
なるべく真吾と凜に気付かれないようにしていたので問題はないと思っている。むしろこの2人には「(俺がいない方がいいのじゃないか?)」とすら思ったので一度帰ろうとしたのだが、2人して寂しそうな顔して引き留めて来たので仕方なく最後まで一緒にいたのだった。
そしてカラオケ店を出る頃は17時を回っていた。
「じゃあ今日は付き合ってくれてありがとうな!」
「潤は自転車だからここでバイバイだね。なんかごめんね?」
「いや、いいよ。自転車の方が何かと寄り道すんのにも便利だから気にすんなって」
真吾と凜は彼氏彼女の間柄である自分達に付き合ってもらったことを少しばかり気にしていたのだが、真吾と凜が付き合いだした夏以降は買い物とか色々と付き合わされたことが割とよくあったので特に気にはならなかった。
それに自転車の方が何かと便利なのは本心であったし、電車通学にして小遣いを減らされるのも御免だ。
「そっか、じゃあ冬休み遊べる日が決まったら連絡するから!」
「ああ、俺はいつでも暇だから遠慮しなくていいぞ」
「ったく、寂しいやつだな。まぁわかった。じゃあまたな」
「またね!」
「ああ、またな」
陽が沈んだその時間に真吾と凜が仲良く駅の構内に入って行くのを見送りながら自転車に跨り漕ぎ始めた。
そうして家路に着くのだが、やっと1人になれたので考えてしまったのは浜崎花音のことだった。
どうしてあいつはあの時怒ったのだろうか。凜が言うには今日は時間があると言っていたとのこと。つまり俺との会話がきっかけで浜崎花音は帰ったということなのだろう。
考えても答えが見つからない。中学時代話したことがあるとはいえ、一時期話したことがあっただけだ。それも特別な仲だったわけではない。
だがその一時期の出来事があったから俺は浜崎花音が好きになったのだ。結局告白することなく中学を卒業したわけだが……。
そんなことを考えていたら脳裏に浮かんだ答えは凜も言っていた『どうして彼氏を作らないんだ?』これに結論がいった。
つまりその言葉、彼氏を作る作らないということが発端なのだろう。
ゆっくり自転車を漕いでいたらぽつりぽつりと雨が降り始めた。数分もしない内にその雨は大粒の雨粒となって全身を濡らした。
「(あぁ、そういえば杏奈が今日は雨が降ると言っていたな。傘……そうか学校に忘れてきてしまったか。まぁいいか、どうせ今日で学校も冬休みに入る。制服を乾かす時間は十分にある。頭を冷やそうと思っていたのだから丁度良かったな)」
潤は自転車を降りてその雨を浴びながら家までの残りの距離、もうあと数百メートルの距離、自転車を押して歩いた。
「俺はどうしてあの時あんなことを言ってしまったんだろう……」
独り言で呟いたその言葉には後悔が残った。
もしかしたら中学時代の出来事をやり直せたきっかけになったかもしれないのに、とそんなことを考えていたら時間を感じることなく家に着いた。
家の玄関のドアをゆっくりと開けて、濡れた靴を玄関が水浸しにならないようにそこで脱いでいたら杏奈が慌ててやって来た。
「ドアが開く音がしたのに中々入ってこないから見に来たけど、潤にぃどうしたの!?傘学校にあるって言っていたよね?」
「あぁ、傘は学校に忘れてしまったから結局濡れてしまったよ。ごめんな、せっかく教えてくれてたのに」
「もう!そんなことはいいから早くお風呂入って来たら!?丁度さっき沸いたところだし。片付けは私がやっておくから!」
「そうか?すまんな」
玄関でびちょびちょの潤を見た杏奈は心配するように声を掛けて風呂に入ることを促してきたので潤はそれに甘えて杏奈が渡してきたタオルで最低限床が濡れないようにある程度拭き取ってからそのまま風呂に入った。
浴槽に浸かりながらも考えることは花音のことだった。
「しかしまぁどうして夜ってこんな気分になるんだ?これが昼ならここまで考えることもなかったんだろうなー」
夜の闇の中に溶け込むといつも考え事に耽る時間が多くなるのは潤の癖なのだが、昼間は考え事をしていてもそれほど落ち込むことはない。それでもこれほど落ち込んだのは中学のあの時以来だった。
「やっぱりあいつは可愛いよな。元々可愛くなるとは思っていたけど、中学の時とは雰囲気がだいぶ変わったな。運動神経が良いのは元々だし、けど性格的な中身はたぶん変わってる様子はなかったかな」
湯船に入って考えていたのは花音の今と比べることになる中学の時の姿だ。
当然といえば当然なのだが、高校生になって一気に垢抜けたというか、眼鏡を掛けて黒髪で地味で見た目は特に目立たなかった彼女が、コンタクトにして髪の色を少し染めて今や学校一の美少女だっていうんだから。
「……中学の時の連中が聞いたらどう思うのかな」
そんな花音を中学の連中が聞いたらどう思うのかと思い、ふと思い立って立ち上がる。
「そうか、あいつならなんて言うかな?」
中学のことを思い返していたらふと連想した相手がいたので慌てて風呂から出た。
そこには丁度洗濯物をしていた杏奈がいたので思わず目を逸らされてしまう。
「ちょっと潤にぃ、いつも言ってるじゃない!お風呂から出る時は周りに気を付けてもらわないと!私もいつまでも子供じゃないんだよ!?」
「なーにを言ってるんだ、と言いたいところだがお前の言い分はもっともだな。次から気を付けるよ」
妹の杏奈の言葉を聞き流しながら潤は足早に体を拭き取り、二階の部屋に行くと急いで着替えた。杏奈は「今気を付けてよ!」と少し大きめの声で言っていたのだが、潤は意に介さず「あっ、鞄の中の小物はどうした?」と聞くと「財布とかスマホとか全部机の上に置いておいたよ」と言われたので「ん、ありがと」と言って机の上のスマホを手に取る。
スマホの電話帳をスクロールしながら名前を探す。
「うーん、出るかな?」
すぐさま電話をかけると着信音が鳴る。しばらくすると電話口に懐かしい声が聞こえた。
『よう、久しぶりだな。どうした突然電話なんかしてきて』
「ああ、光汰か。ちょっと聞きたいことがあったから電話したんだが今大丈夫か?」
『別に問題ないぞ?なんなら今から家来るか?お前んとこも明日から休みだろ?久しぶりに遊ぶか?』
「いや、俺今風呂入ったから雨の中外に行くのは嫌だ。だからお前が来てくれ」
『はぁ?急に電話して来たと思えば勝手な言い分だな。ったく、しょうがねぇから行ってやる』
「おう、サンキュ」
電話口に出たのは中学時代の親友、塚原光汰だった。お互い高校で出来た新しい友達、潤にとっては真吾や凜がそうなのだが長期の休みにはこうして連絡を取り合っていた。
光汰を待つ間少しばかり話すことを整理しようと思っていたらドアをコンコンとノックされる。
ドアが開くと顔を覗かせたのは母親だった。
「ちょっと、杏奈から聞いてたけど、あんた雨に濡れて帰って来たんだってね」
「うん、まぁそういう時もあるよ」
「何を分かった風に言ってるのよ。風邪ひかないようにしなさいよ!? あと、晩御飯は?」
「あっ、ごめん忘れてた。今から光汰が来ることになった」
「あら、光汰君?久しぶりね。なら光汰君も一緒に食べるかい?」
「あー、うん。光汰がまだ飯食ってなかったら聞いてみるよ」
「あいよ」
そういって母親はドアを閉めて下に降りていく。
潤も少ししたら一階のリビングに降りて5分ほどでインターホンの音が鳴った。
「あれ?光汰のやつ意外と早いな」
「えっ?光ちゃん来るの!?もう!それならどうして早く言っておいてくれないのかな!?」
杏奈は驚き顔を少し赤らめてインターホンに出て少し待ってもらえるように光汰に伝えた。
急いで洗面台に向かって前髪のチェックをして玄関のドアを笑顔で開ける。
そこには笑顔の似合う爽やかな背の高い少年が傘をさして立っていた。雨はまだそこそこに降っている。
「やっ、杏奈ちゃんこんばんは。いつ見ても可愛いね」
「光ちゃん、いらっしゃい。そんな、可愛いだなんて……。うん、ありがと! けどごめんねぇ雨の中潤にぃが呼び出してみたいで」
「(ったく、あいつのどこがそんなにいいのか俺にはわからないが、杏奈は光汰を好きなんだよな)」
直接杏奈に聞いたわけではないのだが潤も杏奈の様子を見ていればわかる。
杏奈に案内された光汰は潤がリビングで寛いでいたところに来た。食事の席には光汰がどうなのかを聞いてから食べるつもりだった。
「ん?ご飯時だったか?ならもうちょっと後で来れば良かったかな?」
「いや、母さんに光汰が来ることを言ったら、光汰がまだ食べてないなら一緒にどうかなって」
「あっ、うちはまだだからじゃあせっかくだから小乃美さんのご飯久しぶりに頂こうかなー」
「光汰君ぐらいよ、こんな私のことおばさんじゃなく小乃美さんって呼んでくれるの」
「いやいや、小乃美さんおばさんなんかに見えないっすよ。ほんとずっと綺麗っすよ。潤と杏奈ちゃんが整っているのってやっぱ遺伝なんだなーって思いますね」
光汰はリビングの机の様子を見て食事だと判断して遠慮がちになるのだが、母親が食事を一緒にどうなのかと声を掛けるとすぐさま先程の遠慮はどこにいったのかと思う程にリビングの机の席に着く。
「あら、光汰君高校生になってお世辞まで覚えたの?嬉しいから唐揚げ一杯食べて♪」
「ありがとうございます!じゃあ遠慮なく頂きます」
「あっ、じゃあ私ご飯よそって来るね!」
椅子に座りながら母親の容姿に触れるのだが、息子の潤から見ても母親の小乃美は年の割には綺麗だとは思う。潤も杏奈もその遺伝子を受け継いでいるのは少しばかりの自覚はあった。
それというのも、杏奈は学校でモテるらしいのは話によく聞いていたし、潤もモテなくはない。
ただ誰とも付き合ったことはなかったのだが、それは特に気にしたことはなかった。
そんなことを考えながら横目に見ていると杏奈は嬉しそうに光汰のご飯をよそっていた。そして自然と隣に座っているのを見て、実は杏奈は小悪魔ではないかと思ってしまう。
「おい、お前は俺と話をしに来たのかご飯を食べに来たのかどっちだ?」
「いやいや、むしろこの流れでご相伴に預かるのは自然な流れだろ?」
「ん……まぁな」
光汰が無遠慮に席に着く姿は中学時代によく見ていたのだが、変わらない光汰に小言を少しばかり言うのだが、一言で言い負かされてしまった。
「潤?何年たっても変わらない付き合いができる友達がいるのって凄く良いことなのよ?」
母親の言葉を右から左に流しながら、潤は浜崎花音のことが頭の中を過った。
何年たっても変わらない。確かに俺はあれから1年半経っても変わっていない。何も進展させられなかった。いや、当時の時点ではむしろ後退すらしてしまっていた。
光汰を交えた食事を終えて、光汰と共に二階の潤の部屋に行くのだが、杏奈も付いて来ようとしたので部屋の前で追い返した。
杏奈は不貞腐れていたのだが、ここから先の話を聞かせるつもりはない。
「それで?急に連絡して来たってことは、何かあったんだろ?」
「ああ、浜崎花音のことでちょっとな」
「浜崎……ああ、お前が中学の時に好きだった子だろ?確か高校はお前と一緒だったはずだよな?それがどうかしたか?」
光汰は浜崎花音が俺と同じ高校に通っていることを知っているので今日の出来事を話して聞かせた。