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038 夏休みのひと時(前編)

 

 ―――夏休みもまだ半分は残っているという頃。




「ねぇ、ねぇってばー!お兄ちゃんってばー!」

「……なんだよ」


 潤の部屋でベッドにうつ伏せで寝転がり足をバタバタとさせており、潤はそんな杏奈に背を向けテレビに向き合ってゲームに熱中していた。


 杏奈が何をもって声を掛けて来ているのか承知なのだが必要以上には取り合わずに淡泊な返事を返すだけに留めている。


「もう!暇なんだって!」

「知ってるよ、もう何回も聞いているからな」


 夏休み、毎日が忙しいわけではない。

 クーラーの効いている居心地の良い空間でまったりと自分の時間という名の用事を作ってゲームをしているのを、暇している杏奈に何度となく邪魔されていた。


「瑠璃ちゃんでも誘って遊びに行けばいいじゃないか?」

「瑠璃ちゃん今日は勉強するんだってー」

「ほう、偉いものだな。ならばそこのお嬢様も勉強したらいいと兄は進言するが?」

「嫌よ!そもそもそれ何キャラよ!?」


 親友の瑠璃は今日勉強する日だとのこと。遊び相手がいないから潤にこれだけ構って来ているのはわかっていたのだが、それでも適当に返す。潤の態度に若干のイラつきを覚える杏奈はベッドから起き上がりゲームの電源を強制的にオフにした。


「おい!お前、なんてことするんだよ!?」

「別にいいでしょこれなら。RPGじゃないから切ったんだよ。セーブもないんだし」


 杏奈も普段から潤の部屋でゲームをしている。ゲーム好きからすれば強制的に切ることの不条理さを十分に理解していることの行動だということを堂々と示していた。


 そんな杏奈を横目に見ながら諦めて溜め息を吐く。


「……わかったよ、じゃあどこか出かけようか」

「やった!話がわかるー!」

「わかってやってるわけじゃねぇよ。仕方なくわかってやっただけだっつの」


 潤が立ち上がり出掛ける用意を始めるのを見て杏奈は目を輝かせた。その様子を見て呆れるのだが、杏奈もそれは理解している。


「ちょっと待ってて!用意して来るから!」

「んなもん、適当でいいだろ?」

「ダメだよ!女の子はいつだって可愛くいなきゃ!そんな考えをしているからいつまでも彼女ができないんだよ!いい加減瑠璃ちゃんと付き合えばいいのに!」


 慌てて自分の部屋に戻ろうとする杏奈に声を掛けるのだが、潤の部屋を出るところで杏奈は顔だけ振り返り真顔で言う。次いで兄のダメだしをしただけでは飽き足らず瑠璃との曖昧な関係を指摘して部屋を出て行った。


「とんだ捨て台詞だな。 わかってるよ、そんなこと」


 杏奈の背中を見送った後、考える。けしてキープにしているわけではない。瑠璃にははっきりと気持ちを伝えてある。好意を向けてくれることは正直にありがたいし、嬉しい話だ。

 しかし自分の気持ちも捨てきれない。こんな中途半端なまま瑠璃と付き合うわけにもいかないと思っている。


 部屋に一人取り残されたことで暗い気持ちになって考え込む。


「くっそ、あいつ余計なこと言いやがって!こうなったら俺も発散してやる!」


 今から出掛ける外出で暗い気持ちを振り払うことにした。



 そうして簡単な動き易い綿パンとTシャツに着替えてシャツを羽織り玄関で待つ。それから十分ほど待つと杏奈の準備が整う。

 杏奈は高校生になって中学生の頃より少しばかりオシャレを進化させている。周囲の声がそれを既に証明していたが、それでも身内のひいき目があるにしても杏奈は一般的には可愛い部類に入ることは間違いないと断言出来た。


 杏奈の髪型はいつも学校に行く時にしているポニーテールではなく髪を下ろし、水色と白のストライプ柄のシャツを着て裾を腰回りで前巻きに結んでいる。下はショートパンツでミュールを履いていた。


「(あとは家の中と外での落差をなくさないと彼氏が出来て素を見られた時どうなるんだ?)」


 心配になるのはその女子力の高さが外にいる時には存分に発揮されるのだが、家の中にいる時の干物娘っぷりであった。


「(まぁなるようになるか。こいつもいつまでも子供じゃないしな。それに光汰だとそんな心配も……って、なに考えてんだ俺)」


「ん?どうしたの?」

「いや、なんもねぇよ」

「んー?」


 杏奈は靴を履きながら視線を感じたので潤に問い掛けるのだが明確な返答が帰って来なかったので首を傾げ不思議そうにする。




「ねぇ、どこに行く?」

「そうだな、暑いから外には居たくないな」

「ほんと引きこもり体質よね」

「ばっか、夏の暑さを舐めんな!夏に外で活動するのは高校球児だけなんだよ!」

「うわー、すごい偏見。ってか元々お兄ちゃん野球もサッカーもしてたよね」

「そんな昔の話を持ち出すなよ。時代が違うよ時代が」


 外に出たものの、特に行き先を考えていたわけではなかった。とりあえず出ただけで、行き先の候補を挙げようとするのだが、この暑さの中では根本的に屋外など考えられない。


「じゃあどこがあるの?」

「そうだな、無難にショッピングモールや映画とかゲームセンターとか他にはちょっと変わったとこだとネットカフェとか、あー、カフェ繋がりだと猫カフェとかあるよな」


 室内になるであろう候補を指折り数えていく。


「んー、その中だと猫カフェも捨てがたいけど遠いしなー」

「そういや動物好きだったよな」

「うん、動物って見てるだけですっごい和むじゃない」

「そうか?俺にはよくわからん感覚だけどな。で?結局どうする?」

「どうしよっかなぁ…………。うーん、じゃあ今日のところはゲーセンかな?」

「よし、わかったゲーセンな」


 ネットカフェでそういや猫カフェなんてあったなと思う。しばし悩む様子をみせるのだが、最終的にゲームセンターに決める。


「もちろん乗せてってくれるんだよね?」

「はぁ?自分のチャリに乗って行けよ」

「いやよ、暑いじゃない」

「マジで言ってんのかお前?俺は暑いから外に出たくないって言ったんだぞ?」

「可愛い妹のお願いじゃない! おねがい、お・に・い・ちゃ・ん!」

「全っ然可愛くないけどな!」


 なんで家の前で妹と押し問答をしなければならないのかと思うのだが、意見がまとまらないので結局じゃんけんで決めることになった。




「はぁ~、涼しい」

「(くっそ、こいつなんでこんなにじゃんけん強いんだよ)」


 昔から兄妹間で意見が分かれた場合はいつもじゃんけんの結果に委ねていた。そのほとんどで杏奈が勝っているのは潤が勝負弱いのか杏奈が勝負強いのか。


「(あれ?勢いでじゃんけんしたけど、今回俺が勝ったところでメリットなくねぇか?)」


 潤がじゃんけんに勝ったところで杏奈が自分の自転車でゲームセンターに向かうだけ。後ろで風を感じながら涼し気にしている杏奈を背に今更そのことに気付いたのだが、もうどうでも良くなっていた。


「(こいつ、ゲーセンで俺の金を当てにしていないだろうな?)」


 いくらなんでもそれは出してやらんぞと思う。



 そうして20分程かけてボーリングやカラオケが入った複合施設のゲームセンターに着いた。



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