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031 暑さと熱さ

 

「冷たーい!」

「ちょっと杏奈ちゃん!」


「こら、ちゃんと体操してから入れよな!」


「わかってるって、とりあえず水の感触を確かめたかっただけだから!」


 民宿から歩いて5分も経たないところに砂浜があった。杏奈は瑠璃の腕を引っ張ってさっそく海に足を入れている。

 基本中の基本である海に入る前にきっちりと準備体操をしていないと危ないのは杏奈も理解しているのだが、水に入りたい衝動を我慢できないでいた。


「それにしても本当に良いところね、人もそんなに多過ぎないし」

「そうだな、こういうの穴場スポットっていうんだよな」

「けど、叔父さんは嘆いているのよねー。なまじ穴場過ぎて観光客が寄り付かないって」

「そっか、この辺に住んでる人からしたらそういう問題もあるんだよな」

「まぁ私達がそんなことを考えても何か解決できるわけじゃないわ」


 潤は花音と真吾と凜で今回来た浜辺について話していた。


 既に離れたところでは杏奈は瑠璃と光汰を引き連れて三人で遊んでいる。雪はパラソルの下で運転の疲れを取って休んでいた。


 テレビで見るような人が大勢いて賑わっているような海水浴場ではなく、それよりも比較的小さな浜辺で人もそれほど多くはない。それでも見渡す限りでは数百人はいるのではないのかと思う程度に人がいるのはわかった。


「さて、俺達はどうする?」

「え?俺と凜は二人で遊ぶつもりだったけど?」

「は?」


 真吾は何を言ってるんだとばかりに潤に答える。凜と花音は少し離れた場所にいるので聞こえてはいなかったのだが、潤からすれば真吾の返事を聞いて焦りを覚えた。


 さらに追い打ちをかけるように―――。


「それに、瑠璃ちゃんと付き合ってないんだったら花音ちゃんとここで良い関係になればいいんじゃね?最近なんだか妙に雰囲気が良いみたいだしさ」

「なっ!?」


 小さく潤に話し掛けたのだが、驚き戸惑う。慌てて否定しようと思ったのだが、真吾は「まぁ仮にそうなったとして新学期どうするのか俺は知らんけどな」と言う。

 真吾が知らんと言う理由は瑠璃との噂の上に、学年一の美少女との関係を追及されることは目に見えている。

 その言葉を聞いてすぐに脳内でシュミレーションしてしまって焦燥と妄想が膨らんでいった。


「じゃあ凜、いくぞ!」

「うん!」

「花音ちゃん、潤のことよろしくな!雪さん休んでるしさ」


 真吾は凜に声を掛けて花音に潤のことを託していく。花音も花音で、今から四人でいるのかと思っていたのか、声にならない様子を驚きの表情を見せていたのだが、真吾と凜は足早に海に向かっていった。


 そうして浜辺に取り残される潤と花音。パラソルの影にいる雪に視線を送ると、雪は疲れからか既に小さな寝息を立てており、寝てしまっている。


 潤と花音はお互いに視線を交差させて苦笑いをするしかなかった。


「…………」

「…………」


 数秒の沈黙がその場に流れる。交差した視線は既にお互い外しており、視線の先には海ではしゃいでいる杏奈たちに送られていた。


「あ、あのさ!」

「な、なに!?」


 沈黙に耐え切れずに潤の方から花音に声を掛けた。


「お、俺達も光汰達に合流するか?」

「えっ?それって、杏奈ちゃん達と一緒に遊ぶってこと?」

「ああ、俺達二人でってのも、その、ちょ、ちょっとな」


 いきなり花音と二人きりにさせられても何をすればいいかわからず困ってしまうので視線の先に映っていた光汰達のところに行こうかと提案したのだが、花音は数秒考え込む様子を見せたあとに表情を落として答えた。


「……そうよね、私達二人だけだと特にすることもないしね。じゃあ行きましょうか」


 杏奈たちの下に向かって歩きはじめる花音の背中を見て、本当にこれで良かったのかと思う。


「(情けねぇな俺)――浜崎!」


「えっ?」


 本音ではせっかく巡って来た絶好のシチュエーションだ。中学の時の出来事の真相というには深くはないのだが、その話はまだしも、他にも聞きたい事は山ほどある。別に連絡先を手に入れた今となっては聞こうと思えばいつでも聞けるのだが、それを聞きだすための一歩が踏み出せないでいたのだった。


「ごめん、やっぱりちょっと教えてもらっていいか?」

「教えるってなにを?」

「いや、恥ずかしい話だけどさ、俺実は泳ぐのあんまり得意じゃないんだよな」

「そうだったの?」

「……まぁ、だから、もし良かったら浜崎さえ良ければ泳ぐの教えてもらえないか?ほら、二学期になったら水泳のテストもあるだろ?」


 引き止めるために振り絞った口実はこれしか思いつかなかった。考えれば別にもっと他にもあっただろうと思うのだが、結果的にはこれで良かったのかもしれない。


「そっか、それなら仕方ないわね。いいわ、手伝ってあげる!」


 可愛らしく意地悪そうにだが、それでもこれだけの笑顔を向けてくれたのなら。と、自分に向けられる花音の笑顔を見て満足してしまう。


「でも、男の子が女の子に泳ぎ方を教えてもらうのって周りの人から見てどう思うのかな?」

「まぁ俺は別に大丈夫だけど?」

「……普通、そこ少しは恥ずかしがるところよ?だから向こうのあんまり人のいないところに行きましょうか」

「いや、俺は別に―――」

「教えてもらう側がごちゃごちゃ言わないの!大人しくついてきなさい!」


「ったく、なんだよ」


 花音を引き留めることに成功したのだが、花音は周囲を見渡した後に人の少ない方向に向けて歩き出していた。その表情は潤から見えないのだが、花音は唇を噛みしめていたのだった。

 教えてもらうという事実には変わりはなかったので、花音の言う通りにしようとその後ろを少し離れて付いていくように歩く。




 ほんの数分も経たないうちに状況は一変した。


 少し前を歩いていた花音に対して肌の焼けた二人組の男が声を掛けてきたのだった。いかにもチャラついたナンパ男だという印象を受ける。


「お姉ちゃん一人?めちゃくちゃ可愛いね!」

「えっ?えっ?」

「友達いるんだったら呼んで俺達と一緒に遊ばない?」


 潤は花音の後ろを歩いていたので花音が一人だと思われたのだろう。花音は突然知らない男たちに声を掛けられた事で戸惑ってしまう。


「ったく、何をやってんだよ。 まぁ仕方ねぇか」


 こんな状況になることも想定内だった。花音の可愛さを考えれば一人にして声を掛けられる事も十分にあり得る。


 ぼりぼりと頭を掻きながら花音の横に立つと、男たちの視線は自然と潤の方に向いた。


「すいません、俺の彼女だからそれぐらいにしてくれませんか」

「えっ!?」


「こいつが彼氏ってか?」


 潤は堂々と花音の横に立ち、男たちに向かって人の女に対して手を出すなという旨の意思を示す。花音も男達同様に突然潤が彼氏宣言をしたことで驚いて潤を見る。


「お姉ちゃんは何も言わないけど…………」

「まぁ、そういうことならすまんかったな。わかった、他を当たるよ」


 潤から花音に視線を戻したナンパ男達は花音の様子を見て納得してその場を離れたのだった。


 ナンパ男達からすれば潤と花音の関係性の信憑性がわからないのだが、明らかに花音は照れている様子を見せているので全くの他人ではなくある種の感情を持っているという様子は見て取れたのだが、潤はその気持ちに全く気付いていない。



「ふぅ、良かった、強引なやつらじゃなくて。それにしても、思った以上に意外とあっさり引き下がったな。ったく、気をつけろよな、こういうのがいると思うと―――ん?」


 男たちが引き上げるのを確認するのだが、潤はもっといくらかのやりとりがいると思っていた様子で花音の方に視線を向けると花音は俯いて顔を赤らめていた。


「どうした?急に静かになって?」

「えっ!?いや、あの、深沢君が……彼氏って……言うから」

「あっ!もちろん冗談というか嘘だって!そう言った方が手っ取り早いと思ってさ!!」

「わ、わかってるわよ!瑠璃ちゃんの時と同じようにしたってことでしょ!?」


 何も声に出さない花音に対して声を掛けたのだが、返ってきた言葉でその理由を察した。花音の言う通り、潤も瑠璃の一件があったのでその時と同じようにしたのだった。


「あ、ああ。そうだな、あれがあったから今回は思っていた以上に自然にできたと思うんだけど、まぁここならさすがに妙な噂が学校で広がる事もないし、浜崎に迷惑をかけることもないと思うんだが―――どうしたんだ?」

「別にー。助けてくれてありがと」


 今の場面は乗り切れたのでまぁいいかと思っていると、花音は微妙に怒っている様子を見せていたのだった。


「なんで怒ってるんだよ、意味わかんねぇな」


 潤も自分でも自然に振る舞えたのではと自画自賛したくなる程度には満足するほどに彼氏面できたのだが、内心では花音をナンパしてきた男たちに対して腹立たしさも感じていたのだった。


 花音は一人で先に歩いて行こうとするのだが、潤は思わず花音の腕を掴んでしまう。腕を掴まれた花音は驚き振り返り潤の顔を見た。


「おい、一人で歩いていたらまたあんなのが近寄って来るだろうが!危ねぇって!!―――その、は、浜崎は……あの、か、可愛いからさ……」

「えっ!?」


 今日何度目の驚きだろうか。その言葉を受けて花音は目を丸くして潤を見る。

 潤も素直な気持ちなのだが、恥ずかしい言葉を口にした自覚があったので花音の顔を見れないでいた。


「(お、俺は何を言ってるんだ。こんなこと口にしてどう思われるか―――)」


 思いがけず本音を吐露してしまったので恥ずかしさが心配を上回り心臓が早く脈打つのを感じる。どうかしてしまいそうだった。花音はどう思ったのだろうかと思うのだが、尚も顔を見れない。


「―――ぷっ!」


「えっ?」


 花音が吹きだす声が聞こえたので、どういうことかと思いそこでやっとまともに花音の顔を見る事が出来た。


「ふふっ、ありがと。心配してくれていたのね。そういえば水着選びを手伝ってくれていた時もそんなこと言ってたわね」


 花音は穏やかな優しい笑みを潤に向けていた。


「けど本当に彼氏の振りをするなら、こう、もうちょっと腕を組んだり肩を抱き寄せたりした方が恋人らしく見えるんじゃないのかしら?」

「えっ!?」

「あっ、やっ、ちがっ!ちがうの!そんなつもりじゃなくて、私のせいだけど、もっとしつこい人がいることもあるからそういう人の時にはどうしたらいいかって考えただけで―――」

「わ、わかってるよ!俺もあいつら思った以上に素直に引き下がったけど、しつこいやつもいるだろうしな、けど……」


 ふと疑問符を浮かべる花音は考え込むように声にだしたのだが、その言葉を受けた潤はドキドキする鼓動を感じずにはいられなかった。慌てて言い訳する花音の言葉に被せるように潤も花音が言わんとしていることは理解している。


 しかし―――。


「……けど、本当にしつこいやつらが来た時に、その…………そんなことしてもいいのか?」

「えっ?」


 潤はじっと花音を見るのだが、視線の先は花音の全体を捉えている。服に覆われていないのは水着なので当然なのだが、肌が剥き出しになっている。その腕を組んだり肩を抱き寄せるということがどういうことを差しているのか想像するだけでいくらか興奮してしまいかねない。

 高まる衝動を抑えつつ、今後花音がもしそんな状況になればそういうことをしてもいいのか事前に確認を取る。花音も潤が言いたいことの全てが伝わったわけではないのだが、なんとなく理解する。想像して恥ずかしさで思わず俯いてしまった。


「あっ、い、嫌なら別にいいんだ、他に方法はあるだろうしさ」

「べ、別に嫌とかそういう問題じゃなくて、そういう人達に一番効果的なら、その、その方が後で余計なトラブルを招かないから……いいんじゃないの、かな?」

「お、おう、そうだな、め、めんどくさいことになっても困るもんな」


 花音の様子を見て潤も思わず俯いてしまう。お互い視線を交わさないまま会話だけが交差した。



「(―――次、からまれたら腕や肩を組んでいいのか)」


 微妙にからまれて欲しいと思う気持ちになってしまうのだが、その後花音が絡まれることはなかった…………。



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