030 海水浴
八月初旬、夏の日差しが肌に突き刺さる程の暑さの中、蝉の鳴き声がそこかしこで夏の訪れをこれでもかと伝える程に鳴いている。
本来なら項垂れてしまうほどの暑さなのだが、そうならないのは楽しみなことがこの先に待っているためである。
「ごめんね、こんな可愛げのない車で」
「いえ、大丈夫っすよ。むしろ連れて行ってもらえるだけでありがたいので。それにしても店長よく許可してくれましたね。車まで貸してくれるなんて」
「まーお父さんこういうイベントは若い内しかできないって理解あるからよっぽど無茶なお願いでもなければ割と融通利かせてくれるのよね」
雪の運転で高速道路を走り海水浴に向かっている一同だが、乗っている車は雪と凜の家の白のワンボックス。店の納品などにも使われる割と年季の入った車なのだった。
「それにしてもみんな無事に行けることになって良かったわね」
「ほんとよ、花音ちゃんがいなかったらと思うと」
「凜は私に甘え過ぎなのよ」
「ごめんね、花音ちゃん。不出来な妹を持って姉として恥ずかしいわ」
「い、いいえ、雪さん。そんなつもりで言ったわけじゃないんです」
運転しているのは雪なのはもちろんなのだが、助手席には凜が座っていた。三列シートの中列には花音と杏奈と瑠璃が座り、最後列に潤と真吾と光汰が座っている。
「おい、まだ着かないのか?」
「俺に言うなよ」
「さすがに男三人並んで長時間だと結構厳しいものがあるな」
最後列に座っている潤達はまだ海に着かないのかというのは持っている荷物も相まってかなり窮屈な思いをしていたのだった。
「ごめんね、もうすぐだから」
「いえ、大丈夫っす!雪さんの運転ならいくらでも乗っていられるっす!」
「(ほんとこいつは調子が良いよな)」
光汰は雪と今日初めて顔を合わすのだが、すぐに雪の美貌にやられたようで媚びへつらっていた。そんな光汰を見て面白く思っていないのはもちろん妹の杏奈だ。
潤からすれば、光汰は確かに良い奴だというのは間違いないのだが、どこがいいのかわからないというのは妹が光汰を好きだというせいなのはわかっている。そんな潤から見た杏奈は明らかに不満そうな顔をしていたのだから。
「あっ、ほら見て!海が見えたわ」
「「「おおーっ」」」
木々が織り成す山間部を抜けて眼前に広がるのは、太陽の光を反射している綺麗な海だった。砂浜には少しばかりのパラソルが開かれてある程度人がいることが窺えた。
「そういや、俺海来たのって初めてだな」
「そうなの?」
「うん、うちは家で出掛けるといってもアウトドアみたいなことほとんどしていないからねー。田舎も内陸だから山と川ですし」
「まぁでも見たことないってことはないけどな」
潤の感想に対して凜が返したのだが、それについては杏奈が答えた。
海自体は通り掛けに見る事はあったのだが、直接触れる機会は無かったので嬉しさ半分怖さ半分といった程度に感想を持つ。
そうして海に近付いて行く。
「さ、着いたわ。荷物は必要な物以外は置いていけばいいから」
雪が車を停めたのは浜辺から数百メートル離れた民宿。雪と凜の叔父がやっているとのことだった。昨年は別の海に真吾と凜を連れて行ったらしいのだが、今回は人数も多いので叔父のところにしたのだという。
雪と凜は民宿に入り、白髪交じりの黒髪短髪で袖を肩まで巻くっているガタイ良い男を連れて来る。
「おぅ、こいつらだな。いつも姪が世話になっている。俺のことは吾郎って呼んでくれてかまわん。で、どれがお前らの彼氏だ?」
「おっちゃん、これが私の彼氏の真ちゃん」
「おぅ、真ちゃん、凜を泣かせるなよ?」
「大丈夫です!任せて下さい吾郎さん!」
凜は真吾に腕組みして嬉しそうに伝え、凜の叔父は真吾に威圧的に声を掛けるのだが真吾は堂々と胸を張って叔父に返答する。
その様子を見ていた潤を始めとする一同はそんな真吾の受け答えを感心して見ていた。
「雪の方はどうなんだ?」
「私はこの子らの引率だし、今は彼氏いないわよ」
「お前もそろそろ良い男を捕まえろよ。ほら前に―――」
「余計なお世話よ!」
「(あれ?雪さん、今一瞬悲しそうな顔していたように見えたけど……?)」
話が雪の方に向かうのだが、雪は一瞬だけ表情を落とした後に叔父に向かって笑顔で受け答えしていた。
雪の表情の変化に他の人は気付かなかったのか特に不思議に思う様子を見せないでいた。光汰に至っては雪に彼氏がいない情報をゲットしたのが嬉しかったのか表情を明るくさせている。
「まぁ楽しんできな。疲れたらここでゆっくり休んでっていいからよ。じゃあ俺は仕事に戻るな」
「ありがとうございます」
「じゃあみんな案内するわね」
叔父の吾郎は先に民宿の中に入り、雪が一同を民宿の部屋に連れていく。
当然今から水着に着替えるので男子と女子は部屋が分かれるのだが、荷物を置いていけるのはありがたかった。
「それにしても日帰りなのにただで民宿を借りられるって助かるよな」
「ああ、余計な荷物を持ち歩きしなくてもいいしな」
「できることならこのまま泊まっていきたいけどなー」
「それはさすがに無理だろ。さて、じゃあ行くか」
テキパキと荷物を隅に寄せて着替えて玄関に向かうのだが、女子たちの姿はなかった。少し待つと玄関に向かって賑やかな声が聞こえ始める。
「ほんと瑠璃ちゃんって大きいよね。ついこの間まで中学生だったなんて信じられないわ」
「ちょ、ちょっと雪さん」
「でも花音ちゃんも負けていないわよね。なんてったってスタイル抜群だもんね」
「こら、凜!あんまり恥ずかしいこと言わないでよ!」
「それに比べて私は……」
「大丈夫よ、杏奈ちゃんはこれからよ。私の方がもう成長の余地がないんだからね」
「ほんとよね、お姉ちゃんはもう成長しきっているもんね」
「あら?凜はどっちかというとこっちよりよ?」
「知ってるよ!」
聞こえてくる内容をどこか恥ずかしく思い、視線を地面に向ける。これからそれを目にするのは理解しているのだが…………。
「どんな水着なんだろな?いやぁ、お前と親友やってて良かったぜ」
「あほかお前は」
光汰は潤の腕をこづいて微妙に嬉しそうにしているのを見て、そんな親友の姿に呆れてしまう。
「お待たせ、さすがに男子は早いね」
「おう、大丈夫、俺は凜ので充分満足だから」
「えっ?お兄ちゃん、聞こえてたの!?」
「ああ、次からはもうちょっと注意しといてくれよな(それもそうか、いくら海が近いからってここから水着でいくわけじゃないんだな)」
玄関で待っている潤達の前に水着姿の女子たちが姿を見せる。
ただ、想像していたのとは違い、水着の上にそれぞれTシャツやパーカーを着ていて直視できないことはなかったので助かった。
「(けど、これはこれでくるもんがあるぞ。こないだ見たのよりもなんかこう……)」
しかしそれでも下は水着を着ているので存分に生足を見せていて、潤の視線の先には少し内股にしていて恥ずかしそうにしている花音の姿があった。
白のTシャツに透けて見えるのはこの間ショッピングモールで一緒に選んだ水色の布地の多いパレオの付いたタイプの水着だったのだ。




