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003 カラオケでの出来事

 

「どうした?早く座れよ」

「……ああ」


 こんなところで浜崎花音と鉢合わせることになるとは想像もしていなかったところで思わず立ち止まっているところに、真吾が不思議そうに声を掛けて座る様に促してくる。


「じゃあお前そっちな。俺は当然凜の横に座るから」

「えっ、まっ――」


 待ってくれと言おうとするが、有無を言わさない感じで背中を押されて座らざるを得ないようになってしまう。

 直角に置かれたソファーにカラオケモニターから近い順に真吾、凜、花音、潤の順番に座る。潤と花音の間にはもう1人座れるぐらいの間があるので近過ぎるわけではないのは助かるのだが、この場をどうしたらいいのかわからなくなった。


 真吾が歌っていた曲は俺が部屋に入っている間に終わってしまい、次の曲も入れていなかったのでBGMだけが流れる。


 そこで凜が笑顔で潤に声を掛ける。


「ねぇ潤、びっくりした?」

「何がだよ?」

「えー?わかってるでしょ?この子よ、この子。浜崎花音ちゃん。知ってるでしょ?」

「……まぁ知ってるさ。隣のクラスだし、ある意味……有名?だし」


 凜は潤に浜崎花音を紹介するように話す。未だに浜崎花音とは最初に部屋に入った時以来目が合わない。

 凜と目を合わせつつ、隣に座る真吾に恨めしそうに視線を送ると、真吾は目が合うと親指をグッと立ててくる。だめだ、真吾には全く意図が通じていない。


 花音は学内で有名だった。その容姿端麗さでスポーツも万能、成績も学校自体はそれほど頭の良い学校ではないがその中でもトップだった。



 そして―――。


 潤と花音は中学が同じだった。


 潤の卒業した中学からは偶然潤と花音しか進学していない。学校までは自転車でもそれなりの時間がかかり、電車で行くには同じ程度の学力で他に近い高校があったのが理由としては大きいのだろう。


 そんな花音と潤は中学時代に実は一時期それなりに話したことがあるのだが、振り返ると少しばかり思い出したくない出来事があった。あまり口にしたくはない内容なのでわざわざ周りに話したことはないのだが。


 そんな浜崎花音と今同じカラオケルームにいるのは一体どういうわけなのか。



「そうよね、花音ちゃん凄く可愛いよね!」

「ちょっと凜、急に何を言ってるのよ」

「えー、最近はいつも言ってるじゃない?」

「そう……だけど」

「おいおい、潤が困ってるぞ?」


 潤が口にしたある意味有名だというのは、浜崎花音がモテるというところに加えて、告白した男子その全てを断って来たというところだった。その数は1年生の冬にして既に二桁に上るのだという。当然その話は学年中に噂として広がるのにそう時間はかからなかった。


 そして疑問とは、そんな彼女がどうしてここにいるのかということだった。

 いや、いくらかの推測は出来る。凜と浜崎花音は同じクラスで今これだけ仲の良い様子で下の名前で呼び合っている。その凜が浜崎花音をカラオケに誘ったということは状況を見て理解できた。

 だが、それでも浜崎花音がこの場にいることがどうしても不自然だったのだ。女子達だけでカラオケに行くことはあるだろうが、ここには俺以外に真吾がいる。凜の彼氏である真吾だけなら例え居ても来るかもしれないが、真吾が俺を誘った時の口ぶりだと真吾の他に男がいることを凜は知っていたはずだ。もしかしたら凜が浜崎花音に男は真吾だけだと言っていたのか、いやわざわざ嘘をつく必要もない。もしかしたらただ他に来ることを伝えていなかっただけなのかもしれない。



 ―――浜崎花音は俺が来ることを知っていたらきっと来なかった気がする。



 そして凜が潤に説明してきたのはその予想通りの内容そのままだった。

 浜崎花音とはクラスが一緒で最近、11月の文化祭をきっかけに仲良くなったのだと。それで学校の最後、時間に余裕があった今日カラオケに誘って今に至ると、ただそれだけだった。

 潤が来ることを伝えていたのか、潤と特定しなくても男をフリまくっている花音に真吾以外の男が来ることを話した上で誘ったのかなど、いくらか聞きたいことはあったのだがまともに聞ける気がしなかったのでその聞きたいことをグッと呑み込んだ。


 そしてその後は真吾と凜によってカラオケを再開したのだが、俺は少しばかり流行った曲を1人で歌うだけで凛と真吾は仲良くデュエットして歌うなどしている。


 花音はといえば、迷いながらも曲を選び、1人で歌う時もあれば凜に誘われて2人で歌う時もあった。

「(しかしまぁこの子の歌を初めて聴いたが、歌も上手いのな。それに見た目通り歌っている姿も可愛らしい)」そんなことを考えながら思わずじっと見てしまっていたのだが、凜とのデュエットが終わり歌い終わった花音とそこで目が合ってしまう。

 だが浜崎花音はぷいっとすぐに視線を外してしまった。


「(まぁそんな反応になっても仕方ないかもな)」


 しばらくすると、潤が歌っている最中に真吾と凜の2人が仲良く飲み物を入れに行ってしまう。

「(おいちょっと待て、俺の曲もうすぐ終わるぞ!)」と思うのだが、歌っていたらすぐに2人ともコップを持って部屋を出て行ってしまった。


「はぁー、ったくどうすんだ次の曲、俺知らねぇぞ」


 歌い終わるのだが、次に真吾が入れてあった曲の前奏が始まるのだが、流れた曲を俺は知らない。歌えないのでそのまま歌詞がないまま歌詞のない曲だけが垂れ流しになる。


 そして流れるのは歌詞のない曲だけではない。潤と花音の間に残された2人だけの気まずい時間も流れている。


 曲が終わるまで潤も花音も無言でじっとしており、花音は曲を選ぼうとしていたのにその手は曲を選ばずに止まってしまっていた。


 再びその部屋の中には待機中のBGMだけが流れる。


「(遅いなあいつら)」


 数分待っても真吾と凜が帰って来る様子が全く見られない。


 ふと横に座っている花音は曲を選ぼうとした手のまま動きが止まっているのでどうしているのかと思い顔の方に視線だけ向けると、丁度同じように動いた花音と三度目に目が合った。

 潤も花音もそこで同時に慌てて視線を外すのだが、より一層の気まずい空気が流れる。


 この空気に居た堪れなくなり、とうとう潤は口を開いたのだが、あまりにも無言の時間が長くその口の開き方はひどくぎこちなかった。


「よ、よぉ、ひ、久しぶり、だな。 いや、学校では顔を見るから、久しぶりというのも、なんか違うのか……?」


 花音の顔も見ずに話し掛けてしまった。すると、どういう表情か見られないでいると花音の声が聞こえてくる。


「そうね、こうして話すのが久しぶりだから久しぶりでいいと思うわ」


 聞こえてきたその口調が穏やかだったことから潤は思わず花音の顔を見ると、4度目に目が合って、次は視線を外されなかった。

 ほんの少しの沈黙の中、お互いの視線が交差し合う。


「その……浜崎は、元気だったか?」

「うん。深沢君も元気そうだよね?」

「まぁ、な。何が楽しいってわけでもないが、それなりに高校生活を楽しんでいるよ」

「……そっか」


 久しぶりに話し掛けた花音は普通に応えてくれた。疑問符をつけて質問を返されたので普通に返した次の言葉はある程度もうぎこちなさが抜けていたのだが、その返した言葉に対して花音の返事を少し重たく感じた。


 どうしたのかと思ったので、普通に話せたことを良いことに勢いで思わず次の言葉を発してしまった。


「いやぁ、それにしても凄いな浜崎は」

「えっ?」

「だってさ、噂いっぱい聞いてるぞ」

「噂って……それって――」

「そうだよな、それだけモテるんだからいくらでも付き合えるだろうにどうして誰とも付き合わないんだ?」


 話す話題がなかったので思わず口にしたのは噂に聞く浜崎花音がモテるということだけだった。他にも話すことはあったのだが、どうしてもこれを口にしてしまっていた。


「どういう意味? それって、深沢君は私が誰かと付き合った方が良いってこと?」

「いや、そういうわけじゃねぇけど、それだけモテるんならいくらでも相手を選べただろうってな」

「…………なにそれ?」


 花音の質問に対して知りたいことを思わず口にするのだが、話せば話すほど花音の口調が重たくなっていくのを感じた。


 そして最後の一言、少しの沈黙の後に発せられたその言葉、「なにそれ」と口にした時には明らかに怒気を孕んでいることを明確に感じ取れた。


 そのタイミングで部屋のドアが開かれて真吾と凜が戻って来たのだった。


「ごっめーん遅くなって」

「いやー、そこで他のクラスのやつに会って話し込んでたら遅くなっちまったわ」

「花音ちゃんごめんねー。ねぇ潤に変なことされなかったー?ってうそうそ、潤も怒っちゃダメだって―――」


 凜と真吾は遅れた理由を話しながら申し訳なさそうにしてソファーに座る。凜は空気を読まずに冗談に冗談を重ねてへらへらしていた。しかし部屋の中に視線を送るとそのへらへらしていた顔はすぐに疑問符を浮かべた。


 そこには浜崎花音が立ち上がり、手には鞄を持っている姿が凜の視界に入ってきていた。


「花音ちゃん?」

「ごめん、凜。私用事があるから先に帰るね。お金多めに置いておくからお釣りはまた新学期でいいよ」

「えっ?花音ちゃん?」


 浜崎花音はそこで机の上にお金を置いて1人先に帰って行ってしまった。


「おい、潤、お前本当に何かしたのか?」

「いや……何もしてない」

「じゃあ何か話していたの?」

「……ああ、それだけモテるのに彼氏を作らないんだなって」

「ええー!?花音ちゃんにそれを聞いたの!?どうして!?」

「いや、どうしてって……普通に、気になる話だろ?」


 慌てた真吾と凜に何かあったのか聞かれたのだが、あったことをそのまま伝えた。潤と浜崎が知り合いだったということ以外は。

 すると凜は何をしているのとばかりに驚いた顔をする。


「いやいや、なんとなく言いたいことはわかるけど、花音ちゃんに男の話をしたら絶対に怒るんだって!」

「えっ!?」

「あたしも前に聞いたことがあるんだけど、そん時は表情では笑っていたけど、目が明らかに笑っていなかったよ!」

「そう……なんか?」

「うん、だから花音ちゃんには男の話は絶対にしちゃダメなんだよ!あちゃー、先に言っておけば良かったけど、言うタイミングもなかったし、それに潤と花音ちゃんがそんな話をするなんて思ってなかったからさ」


 凜から浜崎が怒った理由を推測だろうけど聞かされたことで、潤は失敗したんだなっと思った。どこか既視感を覚えるその感情を抱いていた。

 凜は潤が花音にその質問をした理由を、凜自身が花音に対して以前同じ質問をしていたことで潤の興味本位だという見解を抱いていたのだが、潤がその質問をした本当の意図をきっと理解していない、いや理解できるはずがないと思っていた。


「(あぁー、俺はまた失敗したんだな)」


 潤がその質問をした本当の意図は、今浜崎花音に付き合っている男がいるのかどうなのか気になったのと、どうして付き合わないのかその理由を知りたくなったからなのだ。



「(俺が中学の時、浜崎花音のことが好きだった上に、今でも心の中で引き摺ってしまっているんだからな)」


 潤はカラオケルームで花音の背中の残像を見ていた。



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