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028 夏の予定

 

 夏休みがもうそれほど遠くない程に近付いている頃、潤は凜の家のケーキ屋のバイトをしていた。


 瑠璃と付き合っているという噂が立ってからというもの、建前上時々瑠璃と電車通学をしているのだった。

 もちろん事情を知っている潤の妹で瑠璃の相方でもある杏奈も一緒にいるので必要以上に囃し立てられる事は時間の経過と共に見られなくなったのだが、同時に潤と瑠璃が付き合っているということは自然と周囲に認知されていったのだった。


 そんな中、少ない小遣いをやりくりしている潤としては必要な事とはいえ電車通学は出費としてはそれほど軽くは無い。むしろこれまで買っていた趣味のゲームや漫画本を我慢しなければならない事態に陥りかねていた。


 妙に恥ずかしい気分になるので親に事情を話せずにいるので、短期のバイトとはいえ以前から手伝っていた凜の家のケーキ屋のバイトを週に2~3日程度で雇ってもらえないかと話したところ、オーナーである親父さんから快く承諾されたのだった。



 ただし―――。


「前はこっちから願い出ていたことだから多少のことは多目に見ていたが、これからはそっちが願い出た事だ。前以上に厳しくするからな」


 と言われる始末だった。




 そして―――。


「本当に前は甘く見て貰っていたんだな」


 その言葉の通り、オーナーは明らかにギアを一段上げた様子で指導に熱が入った。


「ごめんね、お父さん無茶な要求ばかりしちゃって」

「雪さん。 お疲れ様です。いや、でも社会にでればこれぐらい厳しくされるのかと思うと良い予行演習になりますよ」


 閉店作業をしているところに、申し訳なさそうに声を掛けて来るのは凜の姉である雪だった。


「あっ、でもお父さんはあれでも色んな学生を見て来たからできないことはさせないわよ。だから潤君には色々と期待していると思うのよね」

「そうっすか。でも俺別にパティシエになりたいとかないっすよ?」

「ふふふ、そうよね。でもお父さんの気持ちもわかるわよ?教える度に色々と向上していくんだもん」

「それはまぁ、凜の家に縁故で雇ってもらったのだから他のバイトの人の手前使えないやつって思われるのも嫌だったんで……。あれ?他のバイトの人ってこんなに厳しくされてないんすか?」


 週に数えるほどとはいえ、バイトに顔を出すたびに要求される難易度が上がっていく。最近ではケーキの装飾の内容とか考えろと言われる始末だった。


「そうね、普通のバイトならここまでしないわね。けど周りを見て気付いてなかったの?」

「いや、俺は新人だからてっきり下っ端でも上の人の仕事内容を最低限把握しておくように指導されているもんだと思ってましたよ。だから周りを見る余裕なんてなかったすね」


 疑問がないわけではなかったのだが、それでなくても他のバイトの人達は先輩だらけだ。先輩は仕事内容を問題なくこなしており、潤がしていることは既に通ったものだと思っていた。


「だー、もうオーナーなに考えてやがんだよ!――って、すいません、雪さんのお父さんでしたね」

「いいわよ別に気にしなくて。何も知らなかったならそんな気持ちにもなるしね」


 知らされた事実に多少の苛立ちを覚えて文句を口にするのだが、すぐに目の前にいるのは文句を言った人の娘だと思い謝罪する。しかし雪はそんな潤の不満を意に介さない様子で笑って流した。


「そういえば潤君はあの彼女と仲良くしているの?ほら、前にお店に迎えに来た」

「えっ?彼女って?前に迎えに来た?」


 瑠璃が潤を迎えに来たことなど一度もなかった。そもそも付き合ってもいないので迎えに来る必要もないのだが、雪は覚えがある様子なので人違いではないだろうと思い聞き返す。


「えっ?あの時よ、バレンタインデーの時、窓の外にいた」

「あー、あれ妹ですね。ちょっと急ぎの用事があったから迎えに来ただけっすよ?」

「えっ!?あっ、そうなの!?私てっきりあの子が彼女だと思っていたわ!」

「いえ、俺彼女いないっすよ?」


 バレンタインデーと言われて杏奈が迎えに来たことを思い出す。用事は瑠璃からのチョコのプレゼントであり、現在瑠璃と表面上付き合っているということになっているが、別にここでわざわざそのことを言う必要もないと思いフリーだということを話した。


「ふーん、そうなんだ。告白とかはされないの?」

「あー、それはー……」

「ふふっ、されてるのね」


 口籠った様子を見て悟った雪は潤の返答を待たずして告白されたことがあることを理解する。


「まぁけど告白されても彼女がいないってことはそういうことだものね。大丈夫よ、私もそういう経験あるから」

「そうすか。雪さん美人だし絶対モテますよね?(いやー、実はちょっと複雑なんです。なんて言えないか。言ったらややこしそうだしな)」

「まぁモテないってわけじゃないけど、寄ってくる男に碌なのいないってのが悲しいところよね」


 一般的に見たらほとんどの男が雪のことを美人と評するだろうという見解を抱き、雪もまたそんなことを自分で言うのだがそこには嫌味が全く感じられなかったのは雪の人柄によるものだろう。

 だが、いくら人生経験が豊富だとしても、瑠璃との関係というか現状抱えている事情を経験したことがあるというにはあまり一般的ではないだろうと思い説明できないままだった。


「じゃあ夏休みの予定とかどうするつもりなの?彼女がいないんじゃ寂しいわよね?」

「はい、それをちょっとどうしようか考えてまして……」


 そうだ。花音が水着を着たところをみるためにプールなり川なり海なり何かしら考えなければならなかったのだが、良い案が浮かんでこなかった。単純に二人で出掛けようなどと声を掛ける勇気もない。かといって杏奈を誘って三人となれば杏奈のことだ、必ず瑠璃にも声を掛けるだろうということは容易に想像ができた。

 そんなところに花音がいることを想像するだけで心が苦しくなる。いや、花音は気にしないのだろうが潤が自分と瑠璃の二人に対して気遣われることを考えるだけで我慢できなかった。


 少し視線を落として考え込む。


「それなら私が連れていってあげようか?海に」

「えっ?それって?」


 そんな潤の様子を見て雪が提案した。どういうことなのかと思い、聞き返す。


「ああ、大したことじゃないわよ。去年も凜と真吾君を海に連れていったのよ、私の運転する車でね」

「えっ、雪さん免許持ってたんですか?」

「あっ、その顔は馬鹿にしてるわね?持ってるわよ!これでも運転は得意な方なんだからね!」

「馬鹿になんてしてませんって」


 その割にはその顔は年相応には見えないけどなと思うのは、潤の疑問に対して膨れっ面で可愛らしく憤慨している雪がそれほど年齢差を感じさせない程度に幼く見えたのだった。


「まぁいいわ、凜には話しておくから細かい話はまた連絡するわね」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」


 年上女性のギャップに可愛らしさを感じながらも夏休みの予定が少し立ったことが嬉しく思う。

 しかも都合の良いことに雪は凜の姉だ。花音を誘うことになったとしても凜は絶対に承諾するだろうと。上手くいけば潤から話さなくても凜から花音に話がいくんじゃないかとすら思っていた。



 しかし、そう全部が全部上手くいくわけなんてなかった。



 結論からいくと、雪の運転で海に行く事は決定した。雪が急用や急病にでもならない限りこれは覆らない。そして凜と真吾とも雪との話をしてむしろ喜んでいた。



 問題はここからだった。



 凜にはそれとなく花音も誘ったらどうかと提案したのだが、返って来た言葉は「えっ?それはもちろんいいんだけど、潤こないだ花音ちゃんの連絡先知ったよね?別に私が声を掛けてもいいんだけど、私には真ちゃんって彼氏がいるから嫌味っぽくなるじゃない?だから潤から声掛けてくれないかな?」と言われてしまった。


「いつもは浜崎にずけずけと不躾な質問しているくせにどうしてそこだけ常識的というか遠慮してんだよ」


 家でスマホの画面に映っている花音の名前を見て、既に打ち終わっている文章を眺めながらあとは送信ボタンをタップするだけだった。


「だって、花音ちゃんに彼氏がいるいらないとかの話すると花音ちゃん目が怖いんだもん」というのは前から言っている凜の談だった。微妙に腰をくねらせながらふざけて答えるのだが一理あると思ってしまう。



「ええい!俺も男だ!いけぇえええ!」


 送らなければ何も始まらない。勇気を振り絞って花音への連絡を送った。


 返事はすぐに返って来た。


 内容は『えっ?凜からもう聞いているわよ?けどわざわざ連絡してくれてありがと!初のやりとりだね。じゃあ当日はよろしく、楽しみにしているね』と笑った絵文字付きで返って来た。


「あいつマジふざけんなよぉぉぉ!」


 凜の行動に一人で怒鳴り声を上げてしまった。こんなやりとりが最初で、しかも内容が精査のしようがないほどの業務連絡になってしまったじゃないかと。




 そして翌日―――。


「潤にぃだけずるいよ!」

「妹よ、いきなり何を言ってるんだ?お前に怒られるいわれはないんだが?」

「私も一緒に海に行くからね!もちろん瑠璃ちゃんも一緒に!だから光ちゃんも誘っておいてよね!」


「は?」


 わけもわからないまま杏奈に怒られたのだが、それ以上にわけがわからないのは、潤の知らないところで話が進んでいたことだった。



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