026 買い物
体育祭も終わり、しばらく日常という名の穏やかな日々を過ごすのだが、潤は休日に家のベッドで仰向けになりスマホを持ち何も操作をしないままじっと眺める。
「連絡……来るはずないよなー…………」
花音と連絡先を交換して以来毎日眺めているのだが、まだ一度もやりとりをしていなかった。
「ったく、これじゃなんのために連絡先を交換したんだか」
「そんなにやりとりしたいんなら自分から連絡してみればいいんじゃねぇのか?」
「は?光汰お前何言ってんだよ!そんなことできるわけねぇじゃねぇか!」
「すまん、俺にはどうしてできないのか全く理解できないね」
テレビゲームをしているので潤に背を向けている光汰は、休日だからというので潤から呼ばれて来ている。しかし、話の内容を聞いても全く共感できないでいた。
「はぁ。結局お前は俺の意見をどれも拒否したじゃねぇか」
「だってお前が言うことどれもハードル高いじゃねぇか!」
溜め息を吐く光汰に対してベッドから身体を起こした潤はスマホに目をやりながら焦燥感に駆られている。
「なに言ってんだよ?ただ日常の様子を聞いたり伝えたりしながら遊びに誘うだけじゃねぇかよ。今何してんの?とかでいいじゃねぇか」
「……簡単に言うけどなお前」
あっけらかんと言い放つ光汰に対して尚も怖気づいている潤なのだが、こんなやりとりをもう何回もしていた。
「あぁ、もうこの分だと今日は何も出来ねぇだろ?」
「そうは言うけどなお前」
「こんな男二人で部屋に閉じこもっていても鬱屈とするだけだから出掛けるぞ!」
「はぁ、わあったよ。けど、出掛けるったってどこに?」
いい加減業を煮やした光汰はゲームの電源を切って立ち上がり、出掛けようとしたところで部屋のドアが開かれる。
「潤にぃ?光ちゃん?あのさ、ちょっといい? ってあれ?どっか行くの?」
「ん?どうしたの杏奈ちゃん」
部屋には杏奈が来たのだが、少しだけ部屋を覗いて潤と光汰が立っている姿を見たのでどこかに行くのだと察した。
「えっと、ちょっと買い物に付き合ってほしいと思ったんだけど、出掛けるなら無理そうだね…………」
「いや、いいよ。俺達も出掛けるのは出掛けるんだけど別に予定があって出掛けるつもりじゃなかったしさ。潤もいいよな?」
「ああ、別にいいよ」
「やったぁ!じゃあちょっと待ってて!すぐに準備して来るから!」
光汰は表情を綻ばせて出掛ける用意をしに自分の部屋に駆け込む杏奈の背中を見ながら「杏奈ちゃんって高校生になっても変わんないよな」と潤を見て笑っていた。
「あいつはまぁお前の前だといつも割と子供っぽいからな」
「ん?俺の前だけか?」
「ああ見えても高校じゃ割と人気あるみたいで告白してくるやつを結構きつめに振ってるらしいぞ」
「ふーん」
高校で聞く杏奈の噂といえば瑠璃とセットの美少女コンビなのだが、近付いて来る男を片っ端からきつい言葉を浴びせて追い払っているらしい。結果それが裏目に出たのか罵られたい一部の男子が寄って来るという負の連鎖を生んでいるとのこと。
「そっか、まぁ杏奈ちゃんほんと可愛くなったもんな。ちっさい頃から知ってると感慨深いもんがあるな」
「親かお前は」
杏奈の近況を聞いて光汰は深く頷いている。
「まぁ女子って環境で変わるみたいだよな。浜崎もそうだし」
「その点お前はいつまでも変わらずヘタレのままだけどな」
「ほっとけ!」
「おいおい、呼び出しときながらせっかく来た親友に対してなんて言い草なんだよ」
自分たちの出掛ける準備を手短に終え、玄関で杏奈の支度を待つ。
杏奈の見た目について話すのは、高校になって垢抜けてこれまで以上に杏奈はモテていたのだから。そんな杏奈のことを高校が違う光汰はあまり知らない。
「お待たせー」
支度を終えた杏奈はウキウキして階段を降りて来た。
日中は暖かいので潤も光汰も割とラフな薄着であるのに対して、杏奈は先程の会話よろしく、ロングスカートに襟付きシャツといったカジュアルな感じに仕上がっている。
「そんな待ってねぇけどな」
「それで、どこに行くの?」
「いやぁ、恥ずかしながら男子の意見を聞きたいと思いましてー」
「「?」」
どこに買い物に行くのだろうとかと思うのだが、男性の意見が欲しいとのことだった。
光汰もいるとはいえ、妹から男性としての意見が求められる内容の買い物などとは一体何を買うつもりなのかと思う。潤と光汰はお互い顔を見合わせるのだが、思い当たる様子はなかった。
そして―――。
「なるほどね、男子というより光汰の意見が欲しかったわけだ」
潤は大型ショッピングモールの水着売り場の店内に用意された椅子に腰掛け、少し離れたところで水着を選んでいる杏奈と光汰を見て納得した。
「しかしまぁ、こういうところに一人取り残されると些か居た堪れない気分になるんだけどな」
周囲を見渡しても男性の姿はない。時々杏奈が水着を持って潤にも意見を求めるので変質者が来ているという風に見られるわけではないのだが、それでも目のやり場に困ってしまう。
「もう!お兄ちゃんもちゃんと手伝ってよ!」
「とは言ってもお前、俺の意見なんて聞きやしねえじゃねえか」
「だって潤にぃの選ぶの全部つまらないんだもん」
「ってなわけでこうやってじっと座って暇してるんだけどな」
杏奈は少しばかり眉をひそめて潤に声を掛けるのだが、潤としては妹の水着を選んでも無難なところしか選ばなかった。何が悲しくて妹の水着選びを率先してしなければいけないのか。
「そんなこと言ってると後で困るからね!」
「どういうことだ?」
困るとは何を指しているのか理解出来なかったのだが、それはすぐに理解した。いや、理解というより、まさかこんなところで顔を合わすことになるとは思っていなかったので衝撃は数倍に膨れ上がる。
「―――杏奈ちゃん、お待たせ!ごめんね、遅くなって…………って、深沢君に塚原君?」
「あっ、花音先輩!」
「はぁ!?」
店内の角で杏奈の姿を確認した花音は声を掛けるのだが、杏奈と一緒にいる潤達に気付かなかったのか、存在を確認して驚きを隠せないでいる。そしてそれは潤も同じだった。
「おい、妹よ、どういうことだ?」
「えっ?元々花音先輩の提案なんだけど?」
「ちょっと待て、浜崎が水着を買いたかったってか?」
「ちょ、ちょっと杏奈ちゃん!」
杏奈にどういうことか問いただすのは、どうしてこの場に花音がいるのかということだ。
質問の意図を察した杏奈はすぐに答えるのだが、花音は慌てて杏奈を制止した。一体何がどうなっているのかと思うのだが、後ろで静かに様子を見ている光汰はにやにやと「(楽しそうなことが始まったな)」と思い見ていたのだった。
「―――つまり、浜崎が水着の新調するのにどういうものにしようかと悩んで、それで兄のいる杏奈だとある程度男目線も理解しているのではないかと思ったってわけだな」
「そ。それで私が又聞きするよりも直接潤にぃたちに意見もらった方が手っ取り早いって思ったの。花音先輩には潤にぃ達が居ること言い忘れてたんだけどね」
てへっと申し訳なさそうにはするものの、真面目に反省しているようには到底見えなかった。
花音が恥ずかしそうにしていたのは、まさか水着選びに男性が、潤達が居るとは思っていなかったってわけだと理解した。
「それにしても浜崎も男うけみたいなこと気にするんだな」
「ち、違うわよ!お、男の人の興味があるのを避けるために選ぶのよ!」
「(あー、なるほど、ただでさえ目立っているのに変に男うけする水着を選んじまうと余計にめんどくさくなるんだな)」
花音にも意外な一面があるもんだと思い呟くように声に出すのだが、花音は聞こえていたのか慌ててそれを否定して即座に理由を答えた。
潤は花音の言葉を受けてその理由に納得ができる。水着などというのは美人でスタイルの良い人間がいればそれだけで一際視線を集めてしまうのだからだと解釈した。
しかしそんな潤を複雑な表情で見ている花音がいたのだが、思案気に耽っている潤はその花音に気付かない。
「じゃあ、せっかくだから俺は杏奈ちゃんと一緒に見てるから潤は浜崎さんについていてやりな」
「あっ、確かに潤にぃのセンスだと花音先輩のニーズに合致するわね。じゃあお兄ちゃんあとはよろしく!」
一通り話し終えたあと、光汰の提案に杏奈は賛同して二人して足早に水着選びを再開してその場に潤と花音の二人が取り残されることになった。
「「えっ!?」」
潤と花音の声が重なる。
「えっ?」
「えっ?」
二人してお互い顔を見合わせて笑うのだが、苦笑いする潤に対して花音もまた潤からは心情はわからないがどこか硬い表情で笑っていた。




