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恋に不器用な俺と彼女のすれ違い  作者: 干支猫
巡って来た機会
25/112

025 思わぬ収穫

 

「あのさ―――」

「ねぇ―――」


 同時に声を発してしまった。


 お互いがお互いの声を聞いて言葉を続けるのを躊躇する。

 少しの沈黙が流れるのだが、潤は先程まで感じていた寒さがどこか他人事の様に感じてしまう程に目の前に居る花音に集中していた。


「どうぞ」

「あ、ああ。じゃあ」


 沈黙の後、花音は手の平を差し出しながら潤に先に話してもらうように促してきたので潤もそれを受け入れて話し始める。


「ごめん、急に電話なんかして。実は凜が俺のスマホに浜崎の電話番号を入れたんだ」

「えっ?凜が?どうして?」

「いや、勝手な解釈なんだけど、見た限りだと浜崎が困ってるんじゃないかと思ってさ」

「私が困ってる?」


 花音の携帯に電話をした理由を話し始めるのだが花音からすれば要領を得ない。一体何がどうなってそうなったのかと。


「ああ、なんかさ、無理に周りに合わしていい加減疲れてきたんじゃないかなって……」

「それは凜が?」

「いや、俺がそう思っただけなんだけど…………」

「……へー、そう。深沢君がそう思ったんだ」

「え?」


 その発言の元が誰なのかを確認すると花音は俯きながら薄く口角を上げた。潤からすれば俯いたのでどういう感情なのか読み取りにくかったのだが、口角が上がったのを確認したので最低限怒ってはいないのだろうと判断した。


「うん!よくわかったわね!実はね結構困ってたんだよね!」


 花音は顔を上げて満面の笑みで潤に笑いかけた。


 突然笑顔を向けられたことで思わず心臓が跳ね上がったのを感じるのだが、これまでほとんど見たことのない笑顔を真正面で向かえたので目を離したくなかった。


「どうしたの?」

「いや、やっぱり浜崎って可愛いよなーって思ってさ」


 花音の顔に見惚れて潤はぼーっとしたまま思わず本音が漏れ出た。


「えっ!?」

「えっ!?今俺なんて言った?」


 不意を突いて可愛いと言われたことで思わず驚き一瞬にして笑顔から表情は移るのだが、それは潤も同じだった。

 ぼーっと花音の顔を見ていたのだが、一瞬にして血の気が引いていくのを感じる。


「いや、ちょっと待て!今のなし!!」

「えっ?今のなしって……、思ってもないことを口にしたってこと?」

「いや、思ってないってことはないんだが、言うつもりはなかったんだ」

「……何それ?」


「(あれ?もしかして、怒ってる?)」


 慌てて誤魔化そうとするのだが、咄嗟には良い言い訳が思いつかない。口をついて出るのは微妙な言葉選びしかできなくて誤魔化すことすらできていないのは自分でもわかっていた。

 その様子を見ていた花音は明らかにさらに表情を変え、眉をひそめて潤を見る。その口から発する言葉はどう見ても怒気を孕んでいた。


「いや、ごめん、正直に言うよ。中学の頃から知ってる俺としては、浜崎って高校生になっても、根本的な性格的な面ってたぶんあんまり変わってないのかなーって。でも、そのさ、やっぱり高校生になって、その、見た目が凄く可愛くなったなって。俺なんかに言われても嬉しくなんかないかもしれないけど…………もう散々言われてるから言われ慣れてるかもしれないけどさ」


 潤は花音を直視できずに視線を地面の方に向けて思っていたことをそのまま口にしたのだが、それでも上手く伝えられたとは思っていなかった。また怒らせてしまったんじゃないかと思い、なんでいつもこうなるんだよと思ってしまう。


「……何それ?」


「えっ?」


 再び繰り返された一言一句全く違わないフレーズ。

 先程は明らかに怒気を含んでいたのは容易に汲み取れたのだが、今耳に入って来た放たれた言葉は軽妙な様子に聞こえる。

 一体どうしたのだと思い、地面に向けていた視線を再び花音の顔に向ける。


 そこには口に手を当てて笑顔を向けている花音の姿があったのだった。



「あれ?(怒っていたわけじゃないのか?)」


 潤の思考が追い付かない速度で花音の表情が変化する。それに伴う感情の変化がわかりにくいのでどうしたのかと思うのだが、今の流れは悪くはないのは間違いないことだけは感じる。


「別に……可愛いって言われる事に対しては嬉しくないことないわよ?嬉しいか嬉しくないかっていうか、言うなら……そうね…………凄く嬉しいわね」


「そっか……なら、良かった」


 花音の笑顔が見られたことで安心する。それまで緊張混じりに言葉を選んでいたのだが、自然と良かったという言葉を口に出来た。

 一歩前に歩み寄れば触れることのできる距離なのにその一歩を踏み出すことの勇気がないことは誰よりも自分自身がわかっている。そのたった一歩の距離を近付けることのハードルがどれだけ高いのかを…………。



 それでも―――。



「俺達ってさ、中学の時から数えると、知り合って結構長いよな。けどお互い連絡先も知らなかったんだよな。なぁ、これ、この番号って登録させてもらっても?」

「もちろんいいわよ? それにそうよね、なんか改まって連絡先を交換するのってちょっと恥ずかしいしね。杏奈ちゃんのは知ってたんだけど」

「は?浜崎って杏奈の連絡先知ってるのか?」

「え?ええ。杏奈ちゃんから教えて欲しいって頼まれて。それに、時々やりとりしているわよ?」

「そうなのか(くっそ、杏奈のやついつの間に)」


 杏奈が花音とやりとりしていることなど全く知らなかったのだが、思い返せば「花音先輩って本当に良い人よね」と家の中でも時々花音のことを口にしていたのを思い出し、それらしいことが何度かあったなと思う。


「まぁ友達同士なら連絡先知ってても普通よね」

「そうだな【友達同士】なら普通のことだよな」

「じゃあこれをきっかけにしてってのはちょっと変な話だけど、これから改めてよろしくね」

「ああ、よろしくな」


 お互い自然と話を出来た上に、凜のせいという状況から凜のおかげという状況に変化して内心では感謝をしていた。しかし、少しばかり引っ掛かる言葉を口にされたのだが、とりあえず今日のところは物理的な距離を近付けることはできなかったがそれでも一歩前進として捉えた。


「そろそろ中に入らないと、こんなところで二人でいるところを見られたら彼女さんに申し訳ないしね」

「あっ……いや…………」

「どうしたの?先に入ってるわよ? あっ、それと、困ってたけど残り時間も短いし気を悪くしてもらうのもなんだから後は大丈夫よ」

「そっか、なんかごめんな」

「ううん、ありがと!」


 花音と電話番号を交換したことで浮かれてしまい忘れていた。そういえば根本的な問題が解決したわけではなかったのを思い出したので、思わず本当のことを伝えようとするのだが上手く口が回らなかった。


 店の中に戻ろうとする花音はどうしたのかと少しだけ不思議そうに首を傾げながらも潤が言葉を続けなかったのでそのまま店の中に入って行く。


「(まぁ焦っても仕方ないしな。また今度でいいか)」


 結局今回も瑠璃との偽恋人を伝えられないまま次の機会を待つことにした。



 そうして、店の中に戻ると花音はさっきと変わらずクラスメイトに囲まれている。


「どうだったの?」

「ん?いや、やっぱり困ってたってさ。けど、大丈夫だって」

「ふーん、よく気付いたね」

「まぁなんとなくだけどな」


 そうして体育祭の打ち上げを終え、それぞれ帰路に着く。潤もどこか浮かれた様子で自転車に跨り帰宅した。



 帰宅して、スマホの電話登録をじっと眺める。番号を見る度ににやけてしまい、潤の部屋を訪室した杏奈がにやにやしている兄を見て「なんか気持ち悪い……」と言われる始末なのだった。


 普段は言い返すところなのだが、今日に限ってはどうでも良かった。



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