022 すれ違い
「―――ったく、そういうことなら早く言えよ!」
「んなこといったって、周りが可愛い可愛いって噂しているのが自分の妹です、なんて自慢みたいなこと普通言えるか?」
「俺なら言えるぞ!」
「お前は、な」
そこから数分間、クラス中の視線を浴びながら説明を要することになった。
ただの事実を述べるだけなのだが、噂の美少女コンビが妹とその親友だということを話すと一気に空気が弛緩したのを感じた。
それまでは静寂に包まれたどこか穏やかならない空気が教室中に蔓延していて居心地がかなり悪かった。
「それよりも、杏奈は一体なんの用で来たんだ?」
「…………」
「花音ちゃん?」
「えっ?何??」
潤が花音に問いかけるが返事はなかった。凜も不思議に思い覗き込む様に声を掛けると花音は慌てて聞き返した。
「いや、だから杏奈は浜崎に何しに来たんかなーって」
「あ、ああ、なんかダンスをもっと教えて欲しいって」
「え?それだけ?」
「ええ、そうみたい。なんかね、一年生が三年生に相談しに行くのに気が引けるのと、私の教え方がわかりやすかったんだって」
「へー、でも確かに花音ちゃん勉強を教えるのもすごく上手だもんね。なんていうか個人毎の特徴を踏まえて教えてるって感じする!」
杏奈の要件は花音にダンスを教えて欲しいということだった。
「けどそれならおんなじように覚えてる潤にどうして来ないんだ?」
「あー、それはたぶん―――」
先日、杏奈は家で潤にダンスを教えて欲しいと言っていたのだが、潤は杏奈の覚えたい部分を全く覚えてなかった。花音に気を取られて頭に入っていなかったのだった。
杏奈はそんな潤に対して「もういいよ、それなら私にも考えがあるんだから」といって少しばかり不貞腐れていたのだった。
「(まさかそれが浜崎に教えを乞うということだったなんてな)」
予想外の出来事なのだが、花音に視線を向けると花音も少し悩んでいる様子を見せていた。
「ごめんな、妹が無理言ったみたいで」
「い、いいのいいのそれは!杏奈ちゃん可愛いし、妹みたいに懐いて来てくれるし。ただ……」
「ただ?」
「ううん、なんでもないわ。人に教えるなら今以上に頑張らないとね!けど深沢君もちゃんと覚えてよね!?私ばっかりが教えるんじゃないんだからね!」
花音に軽く謝るのだが、思うところは解消されないのか、申し訳なく思ってしまう。俺がダンスを覚えてなかったばっかりに負担を掛けてしまったかと考える。
「わかってるよ、ちゃんと覚えておくよ」
「それならいいわ」
申し訳なさからちゃんと覚えておこうと思い、声に出すと花音は儚げに潤に笑いかけた。
その日、家に帰って杏奈に対して少しばかりの小言を言うのだが、杏奈は杏奈で「花音先輩快く引き受けてくれたよ?」と少しばかり齟齬が生じているように思えた。
その感じた齟齬はさらに二日後、休み時間に花音と共に杏奈と瑠璃に振り付けを教える時に判明した。
潤はあれから三年生のところに行き、ダンスの振付の確認をして覚えておいたのだが、それが裏目に出てしまう。
「じゃあ、深沢君はそっちの子をお願いね」
「は?」
「ごめんなさい、やっぱり邪魔しているみたいですね」と小さな声で申し訳なさそうに謝るのは瑠璃だった。
潤が杏奈の知りたい振付を覚えているのを確認した花音は瑠璃を潤に預けて、自分は杏奈と練習を始めている。
その直前、花音は潤に耳打ちして「(彼女だってことは黙っておいてあげるから安心して)」と言ったのだった。
瑠璃もまさか杏奈の提案からこんなことになるとは思っていなかった様子を見せていた。まるで引き離すようなことをしているみたいではないかと。
「まぁいいよ。過ぎたことを言って悩んでも仕方ないしさ。とにかく練習しようか」
「……はい」
学校の踊り場の空間で個別にダンス練習をするのだが、潤は瑠璃に対してそれなりに熱心に教える。瑠璃もまた上手とは言い難いのだが一生懸命に取り組んでいた。
その様子を花音は杏奈に教えながらチラと少しばかりの視線を送っていたのだった。
教室に戻るとクラスメイトの男子からやっかみの言葉が聞こえて来た。
「くっそ、俺も体育委員になっておけば良かった!」
「ほんとだよな、浜崎さんどころか一年の美少女コンビと休み時間にダンス練習できるなんてなんて役得なんだよ」
「(んなこと言ったって俺も知らねぇよ)」
休み時間に杏奈と瑠璃にダンスを教えるのだが、一年の時から既に有名で二年になった今となっては更に知名度の上がっている花音だけではなく、一年で噂の美少女コンビを交えて男子が一人だけなのだから。
「おーおー、目立っちゃってまぁ」
「俺のせいじゃねぇよ」
「まぁそれも仕方ねえよな。あれだけの女子を一同に集めたんだからな」
杏奈が潤の妹だということは知られているところなのだが、それでも羨む声は収まらない。
「お前があいつらの立場ならどう思う?」
「……まぁ、そりゃあ多少は羨ましいだろうな」
「うむ、素直でよろしい」
逆の立場、花音を身近に感じる程に親しく話せる間柄になっている男がいたら…………考えただけで嫌気がする。
今その立場に自分がいるんだと思うといくらかの安堵も覚えた。
「はぁ、ったく。 わかったよ、じゃあこの立場に甘えて十分満喫させてもらうさ」
「おっ?珍しく開き直ったね、俺に凜ちゃんという彼女が既にいることに感謝するんだな。じゃないと友達やめてるぜ?」
「嘘つけ、お前はそんなんで友達やめるほど薄情じゃねぇって」
「ははっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
真吾の言ったことも事実であることに相違はないので、遠慮などする必要はない。ならいっそ今の立場を存分に利用するだけだと思う。
「(けど、そうなるとあの誤解だけはなんとかしておかないとな。瑠璃ちゃんを彼女だって思ってたのか……。まぁ正月早々から手を繋いで初詣になんて行ってたらそう思ってもしょうがねぇよな)」
花音に耳打ちされたことで、明らかに誤解しているのだと思うのだが、中々良いきっかけが見つけられないでいた。
―――そんな中、予期せぬ出来事が起きたのだった。




