018 クラス発表
「お兄ちゃん先に行ってるねー!」
「おお、じゃあまた学校で」
嬉しそうに家を出る杏奈は潤よりも先に学校に向かっていた。もっと遅くても十分に間に合うのだが早く学校に行きたいらしい。
潤が一緒に行かないのは電車通学よりも自転車で直に学校に向かう方が数十分早く着くためだった。
のんびりと準備をしながら家を出る。
去年と変わらず同じようにして学校に向かうのだが、去年と違うかもしれないとどこかそわそわわくわくするのは今日がクラス発表の日だからなのは明白だった。
「去年真吾と同じクラスだったから凜の家のケーキ屋でバイトすることになったんだよなー。それに―――」
意外と楽しかったなと思うと同時に、真吾と仲良くならなければ凜と知り合うこともなかったし、疎遠になってしまった花音と話すこともなかったかもしれない。
仮に花音と同じクラスなら話すことがあったかもしれないが、だとしても他人行儀なクラスメイトといった程度になるだろうか。そう思う程に潤の知っている花音と今の花音の外見における印象は大きく変わっていた。カラオケの時に話した感じでは中身はそれほど変わっていないのだろうと思うのだが、環境と心の在り方次第でいくらかは変わるかもしれないと思っている。
「とはいっても別に俺自身は変わってないけどな」
果たして花音と同じクラスになるのが願望なのか、それとも違うクラスの方が良いのか考えながらも「まぁより可能性があるのは同じクラスだよな」と結論付ける。
「さて、どのクラスかな?」
「おっ?来たな。 おい、潤!やったな!!」
「んだよ、何をやったんだよ?」
駐輪場に自転車を置いてクラス分けが張り出されている掲示板に向かって歩いていると、潤に先に気付いた真吾が声を掛けて来た。近付くと同時に肩を組まれるのだが何がどうなのかさっぱりわからないでいる。まさか真吾に知られているのかと思うがそんなわけがないとすぐにその可能性を否定した。
「俺達また同じクラスだぞ!」
「そっか、じゃあまた今年もよろしくな」
「おお」
「(まぁ真吾は浜崎と俺との関係を知らないしな)」
関係という程には複雑ではないとは思うのだが、真吾の言葉を受けて少しばかり胸の高鳴りを覚えてしまっているほどに花音と同じクラスになることに対して期待してしまっていることに気付いた。
「ちょっと!私も二組で同じクラスよ!?」
「おっ、そうか、今年は二組か。それに凜も一緒だったんだな。よろしくな」
「うん、よろしくね!」
真吾の後ろから来た凜が男同士で仲良くしていることに少しばかりの嫉妬の感情を匂わせながらも自分も同じクラスだと言う。潤が凜に向き直ると笑顔で挨拶された。
「さて、っと。クラスもわかったことだし、じゃあ行くか」
「なんだよ、淡泊だな」
真吾と凜によって掲示板を確認せずとも自分のクラスを知ることができたので教室に向かおうとしたのは、それ以上知る必要がないという態度を装いながらも実際には知りたくないというほどに自分の目で知ってしまう勇気がなかった。見ようが見まいが結果は変わらないのに我ながら情けないと思う。
「あれ?花音ちゃんは?」
「えっ!?」
「さぁ、さっきまでは一緒だったんだけどな。先に行ったか?」
教室の方に向かって歩き出したのだが、後ろの凜から不意に考えていた人物の名前が聞こえてきて思わず振り返る。
「もう、冷たいな、せっかく二年も一緒のクラスになれたっていうのに!」
「(は?)」
「トイレかもしれないだろ?」
「こらっ、女の子に対して失礼なこと考えないの!」
「ごめんごめん」
潤の後ろでキョロキョロと周囲を確認する様にして見ている凜は、花音の姿がないことを確認して真吾と一緒に並んで歩いて潤を通り過ぎた。
「なにしてんだよ、行くんじゃなかったのか?」
「何か忘れ物?」
「い、いや、なんでもない」
一瞬考えがまとまらなかった。
凜とは去年違うクラスで今年は同じクラスだと言われたので、それが指すことはつまり花音とも同じクラスだということだった。
慌てて少し離れた掲示板に目を向けると小さな字ではあるが目が良い潤にははっきりと見えた。
掲示板のクラス発表は男女別に五十音順で上から記されている。
そしてそこにははっきりと、二年二組の欄の中『深沢 潤』の名前と並ぶように真横に『浜崎 花音』の名前があったのだった。
ただ自分の名前の横に花音の名前が並んでいるだけなのにどこか高揚感を覚えて教室に向かうのは、やはり好きな女子が同じクラスだということを嬉しく思うのだが、教室に入ると覚えた高揚感は一瞬で焦燥感に変わった。
「(しまった、この可能性は考えてなかった)」
しかしそれは自然なことで潤にはどうしようもないことだった。クラス分けの名簿が隣同士なのだから当たり前といえば当たり前になる。
単に潤の考えがそこに及んでいないだけなのだが、教室に着いて黒板に張り出されていた座席表を見て一度目の衝撃を受け、席を見て二度目の衝撃を受ける。
自分の席に鞄を置くのだが隣に目を向けられないでいた。
この学校の最初の座席は五十音順だが前列を埋めるようにしたり入り口側からしたりと何故かわからないが色々と変化していた。
そして潤の席は窓際二列目である。
外の天気に目を向けることを自分に対する口実だと言い聞かせながら、窓の方をチラッと見ると隣には既に花音が座っているのは気のせいでもなんでもなかった。
まだ花音とは目が合わないのだが、同じクラスになって嬉しいはずが予想もしていない勢いで急速に物理的な距離が近付いたことに焦りを覚える。心理的距離が反比例する様に離れていくような錯覚に襲われた。
「あっ、花音ちゃんやっぱり先に来ていた!」
「ごめんごめん、声かけようとしたんだけど人が多かったから」
「あー、確かにあれだけいるとねー」
窓の外に向けていた視線を目の前に来た凜に視線を向けると同時に凜とは目が合った。
「それに隣も潤で良かったね!」
「はぁ?」
「べ、別に良かったとかはないわよ!」
「えっ?何で?潤とは中学一緒だし、カラオケにも行ったから知らない人が隣に来るよりは良かったでしょ?」
「そ、それは、まぁ、そうね」
凜があっけらかんと言い放つのを聞いて「(なんだ、そういうことか)」と即座に頭の中で過った可能性をすぐさま否定されて小さな溜め息を吐く。そこで自然と花音に視線を向けたのだが、花音は窓の外に顔を向けていてどんな感情なのかその表情が窺えなかった。
「おい、席につけ。二年にもなったんだ、細かい説明はいらんだろホームルームを始めるぞ」
「あっ、先生来たね。花音ちゃん、じゃあ後で!」
「うん、また後でね」
そこに教師が来るので凜は慌てて席に戻った。
そこから先は慣れたものだった。いつも通り始業式に向かい、新年度の予定や挨拶を聞く。去年の自分達がそうだったように初々しい新入生達の顔を眺めていた。
「おい!あの子等可愛くないか?」
真吾も同じように新入生を見ていたのだが、体育館を出る時に一年生から先に出る中に目を惹く女子が居ることを潤に話し掛けた。
「あー、そうだな」
「なんだよ、そんな気のない返事をして」
「いや、可愛いんじゃないか?」
そっけない返事をするのは真吾が言う新入生の女子が我が妹と瑠璃なので見慣れているせいだった。そして真吾以外にも多くの男子学生の視線を集めている様子を見せる。
「ん?あの子等二年に知り合いでもいるのか?」
「いるんじゃないか?」
杏奈と瑠璃と目が合ったら杏奈は潤に手を振り、瑠璃も小さく笑顔を向けていた。真吾が可愛いと形容する妹を自慢げに話すのもどうかと思い、同時に接点なんて学年が違えば部活でもしてなければほとんどないので気にしなかった。
しかし、初日の短い学校の日程を終えて家に帰って杏奈から質問されたことで1つだけ失念していたことを思い出した。
「ねぇお兄ちゃん?」
「ん?」
夜、確認するように学校のことをおさらいしていた杏奈は唐突に潤に話し掛ける。
「高校って体育祭6月にあるんだね」
「ああそうだな。三年は秋には受験を控えるから体育祭は年度の初めにもってくるみたいだな」
「それってさぁ、クラスの子が言ってたんだけど、縦割りの競技があるから私達も二組だからつまり潤にぃと同じってことだよね?」
「あっ……、確かにそうだな」
部活以外にも自学年以外との関りが早々にあることを思い出した。
「(真吾に先に言っておけば良かったかな?)」と思ったのだが、「(まぁほとんど関りはないのは事実だし、別にいいか)」と思い直していた。




