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恋に不器用な俺と彼女のすれ違い  作者: 干支猫
巡って来た機会
17/112

017 新しい季節

 

 合格発表の日、潤は一人で家にいた。昼ご飯は待っているように言われていたのでお腹をすかせて待っていると、丁度お昼時になり母親と杏奈が帰って来る音が聞こえてきたのでリビングに降りる。


 結果は聞くまでもなかった。

 杏奈の表情は笑顔で、潤の顔を見るなり抱き付いてくる。よしよしと頭を撫でて母親の手に持っている寿司ですぐに結果を悟ったのだ。


「合格おめでとう」

「うん、やったよ!ありがとう!」

「けど、喜び過ぎじゃないか?」

「そんなこといったって不安だったんだからしょうがないじゃないの!」


 潤から離れて微妙に膨れっ面になる杏奈に対してごめんごめんと軽く言葉を掛ける。


「もう俺腹減ったよ」

「はいはい、すぐに用意するわ」

「潤にぃももうちょっと喜んでくれてもいいじゃない!」

「んなこといったってお前は俺の時そんなに喜んでくれたか?」

「あっ、いやぁ、そのぉ…………うん、ごめんなさい」

「うむ(今回は珍しく勝ったな)」


 テーブルの上に寿司を広げる母親を横目にしながらまだ文句を言ってくる杏奈に対して昨年の潤の入試の時の杏奈の反応について言及するとすぐに口を噤んで謝罪してきた。

 普段から何かあれば文句を言って、何を言っても言い返してくるのだが、今回に限っては杏奈の方が非を認める。

 それというのも、昨年、潤の入試発表の時、杏奈は我関せずとばかりにリビングのソファーに寝転がり潤の合格発表を聞いて「ふーん、そうなんだ。おめでとう」とだけしか言わなかったのだから。


「そういえば瑠璃ちゃんの方は?」

「えっ?もちろん合格に決まってるじゃない。じゃないと私だけ受かってても素直に喜べるわけないじゃないの」

「まぁそれもそうだな」


 瑠璃と話した時とその後の様子からみても問題なさそうだったのだが、念の為に確認すると杏奈はあっけらかんと言い放って机に座り母親が用意しているお寿司に目を向けてどれから食べようかと悩み始めていた。


「(まぁなんにせよ二人とも受かって良かった)」


 そうして「(これで二人ともまた後輩になるんだよな)」と思いながら椅子に座り、三人で祝いのお寿司を食べる。


 その夜、父親からは「どうして夜ご飯にしてくれないんだ」と不満を口にするのを母親がおちゃらけて誤魔化していた。



 ―――三週間後、入学式。


 潤は自分の部屋で着なれた制服に着替えていた。

 突然ドアが開かれ、目を向けると笑顔の杏奈が制服を靡かせながら立っている。


「へへぇーん。どう?」

「前に着たところ見ただろ」

「それはそれ!今日から一緒に通うんだから」

「まぁあの時はまだ中学生みたいなもんだからな。けど一緒にって言っても俺は普段チャリだぞ?今日だけだからな」

「わかってるって」


 杏奈は自慢げに制服を見せてくるのだが、潤からすれば普段からその制服は見慣れている。敢えて言うなら我が妹とはいえ、妙に可愛らしく見えてしまう。だがこれを口にすると調子に乗るのが目に見えているので口にする事はなかった。


 潤は今日だけは杏奈と母親と共に入学式に一緒に行く事にした。別に行かなくても良かったのだが、兄妹として見に行くのは杏奈と母親から「可愛い妹の晴れの舞台を見ないのね」と皮肉を言われたので仕方なく行くことにしたのだった。


 潤は自転車で学校に通っていたのだが、母親と杏奈に合わせて今日だけは電車で向かうことにしている。


 そうして準備を終えて家を出て駅に着くと瑠璃の姿があった。横には瑠璃の母親と思わしき人が立っている。


「瑠璃ちゃん!おはよう!!」

「杏奈ちゃん、おはよう」

「おはよう瑠璃ちゃん。入学おめでとう」

「おはようございます。ありがとうございます」


 瑠璃と一緒に行くことにしているのをバレンタインの時とは違い今回は前もって聞いていた。杏奈としても瑠璃も同じ学校に通うのはばれているのでわざわざ隠す必要がなかった。

 母親と瑠璃の母親が話しながら切符を買いに行っており、切符を手渡される。


 二世帯で電車に乗り向かうのだが、杏奈と瑠璃・母親同士で話していて潤は少しばかり手持ち無沙汰になってしまう。


 車両の中、潤が周囲に視線を配ると同じように少し大きめの制服を着ている新入生と思しき学生がちらほらと目に着いた。

 その中で思わず視線を奪われる人物も制服を着て同じ車両に乗っていたことに気付く。


「(浜崎……どうして? あっ、そうか)」


 入学式に関係でもしなければ今日学校に行く用事なんてないはずだろうと思うのだが、潤は花音が制服を着ている理由をすぐに思い出した。


「(そっか、浜崎は去年入試首席だったからな)」


 潤の学校の入学式は少し変わっているのか、前年度首席入学をした者が次年度の入学式で新入生に対して挨拶をするというものだった。

 つまり、昨年度、潤が入学した時に花音は登壇していたのだった。その時、花音の外見の可愛さはもちろんだが、潤の知る花音とは同姓同名の別人だとそんな偶然もあるのだと思っていたのだが、出身中学からすぐにそれが潤の知る花音と同一人物だということを知った。


「ねぇ、あの人、すっごい可愛いよね」

「うん、一人でいるからもしかして先輩かな?(でもあの人って確か……)」


 杏奈と瑠璃も花音に気付いた様子で2人してひそひそと話している。


「潤にぃ、あの人知ってる?」


 杏奈たちより一年多く高校に通っているので当然といえば当然だが、杏奈は花音のことを知っているのかと潤に確認する。


「ああ、去年の首席合格者だな。今日の入学式で新入生に挨拶するんだろ」

「へー、あれだけ可愛いのに頭もいいんだね」

「そうだね、すごいね」


 杏奈と瑠璃に花音のことを簡単に説明すると二人して感心して見ていた。しかし瑠璃は花音から目の前に立ち吊り革を掴んでいる潤に視線を向ける。潤は瑠璃と目が合うのだが言わなくても正月に会ったことだろうと何を思っているのかはなんとなく察した。


「でもさ、瑠璃ちゃん、人のこと言えるの?負けてないんじゃないかな?」

「ん?瑠璃ちゃんがどうかしたの?」

「ちょ、ちょっと杏奈ちゃん!」

「内緒♪」


 横に座る瑠璃に杏奈は視線を向けて意地悪く笑うのだが、その様子に心当たりのない潤は不思議に思い問いかける。

 慌てふためく瑠璃に対して杏奈は潤に対しても意地悪く笑った。一体何なんだと思うものの、潤は花音のことが気になって花音に視線を向ける。そこでいつの間にか花音も潤達の方を見ていたのだが振り向いた潤とは目が合わず、花音の視線の先を確認すると杏奈と瑠璃の方を見ていたことがわかった。再度花音の方に視線を戻すとそこで花音と目が合ったので思わずお互いに視線を逸らしてしまう。


「(もしかして、杏奈と瑠璃ちゃんを見ていた?なんでだ?俺が一緒にいるからか?それとも―――)」


 花音が杏奈たちの方に視線を向けていた理由が、単に初々しい新入生を見ていたのか、一応知り合い程度だが潤が一緒にいるのが誰なのか気になったのか。それとも正月に瑠璃と手を繋いでいるところを見られたことからなのか、いくつか推測することは出来るのだが直接確認する以外に確認する方法がなかった。当然直接確認など出来るはずがない。



 そのまま潤は胸の中にもやもやする感情を抱き電車を降りることになる。


 途中街路樹の桜が綺麗に咲き誇る小さな川の道端を歩いており、舞う花びらに心を落ち着かせてもらう。そうすることで考える事を桜のことや前を嬉しそうに歩きながら笑い合っている杏奈と瑠璃に向けられることができた。



 ほどなくして始まった入学式、潤は母親と並んで保護者席に座り、花音は当然保護者席とは別の席。教師たちの並びの端にある生徒会のさらに端に座っていた。


 花音の名前が呼ばれて、登壇して新入生に向かって挨拶するのだが、にわかに学生達がざわついた。

 それは花音が一際目を引く可愛さだったからなのは一目瞭然だった。


 余談だが、昨年度の首席合格者が次年度に登壇するのだが、花音は入学以降も学年トップの成績を維持し続けているのを潤はもちろん学年中が知っている。


 堂々とした挨拶をして新入生や保護者からは拍手が送られる。既に挨拶を終えている生徒会長と比べてもどっちが会長らしいのかわからないほどだ。


 次に名前を呼ばれたのは瑠璃だった。


「えっ?」


 思わず声が漏れる。横に座っていた母親からは軽く睨まれ周囲に軽く頭を下げ、潤も周囲から視線を集めていたのを恥ずかしく思い同じように頭を下げる。

 母親の横に座っていた瑠璃の母親は心配そうに瑠璃を見ていた。


「(そうか、電車の中で杏奈が言っていたのはこれのことだな)」


 瑠璃の母親の心配の通り、瑠璃は見て分かるほどの緊張のまま口を開いた。しかし会場を見渡し教師陣の方に視線を向け深呼吸してからは堂々とした様子で話し始める。


 瑠璃が舞台を降りると瑠璃の母親は安堵の息を吐く。潤もまたそんな瑠璃を見て立派なもんだなと感想を持っていた。


 固い雰囲気で入学式を終えるのはどこも入学式なんてこんなもんだろうという感想しかなかった。昨年潤も同じ経験をしている。


 会場を出る新入生達は一度教室に向かうのだが、杏奈と瑠璃は幸いにも同じクラスになることができたらしい。


「そういや俺も明日クラス発表だな」


 花音の姿を目にしたせいか、花音と同じクラスになるのかどうかに気が回ってしまっている。同じクラスになりたいと思う反面、なって欲しくないというのはそうなると距離感が量りづらいというせいもあるのだった。



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